第3話 あんた見てらんない


「吉田、休んだわね」


 放課後。

 人気のない図書室でキャラデザのラフ画を描いていると声をかけられた。

 目を上げると藤田ユイがいた。

 彼女はクラスメートで時々話をする仲だが、友人というわけではない。

 私は「何の話」と言って再び目を落とした。


「吉田、今日学校来なかったねって話」

「そうね。だからそれが何か」

「私、見てたんだけど」

「何を」

「進藤さん、吉田に何か言ったでしょ」

「何かって?」

「知らないわよ。けど、進藤さんと話をしたあと、吉田すぐに教室から出てって、それきり戻って来なかったじゃん」

「そうね」

「ねえ。進藤さん、吉田に、何を言ったの?」


 ユイは私を見つめた。

 私はハッキリ言って、彼女のことがあまり好きでは無かった。

 ユイはクラスのパリピ連中とオタク連中、両方と仲が良かった。

 要するにどちらにもいい顔をするコウモリ女だ。

 誰とでも話すし、誰とでも仲良くする。

 私が1番苦手なタイプ。

 サブカルが好きなのは間違いなさそうだけど、それでも生理的に受け付けない人種だ。


「別に大したことは言ってないけど」


 私はペンを置いて、大きく息を吐いた。


「ただ、吉田君って漫画家を目指してる割に、あんまり漫画に真剣じゃないよねって話をしただけ」

「なにそれ。マジ辛辣じゃん」

「本当のことを言っただけだけど」

「なに? 進藤さんって、吉田のこと嫌いなの」

「そんなんじゃない。好きでも嫌いでもない」

「じゃあなんでそんな酷いこと言ったの」


 私はイライラしてきた。

 話が噛み合わない。

 本当のことを言っただけで、何故酷いことになるのだろうか。

 彼は漫画に真剣じゃない。

 それなのに真剣なフリをしてる。

 外面と内面が矛盾してるから指摘しただけだ。

 そのことの何が"酷いこと"なのか。

 刹那、そのように反論しかけたが、私は口を噤んだ。

 こんな女と論争したって仕方が無い。


「私は別に酷いことだと思ってないから。本当のことを言っただけ」

「あっそう」


 ユイは少し顎を上げて、私を見た。

 目線に棘を感じた。


「じゃあさ、私も本当のことを言ってあげる」

「本当のこと?」

「ええ。あんたさ、正直、見てらんないのよね」

「……何の話よ」

「あんた、吉田の才能に嫉妬してんでしょ。だから昨日、わざわざ吉田を貶めること言ったんでしょ」

「何よそれ。馬鹿らしい」

「あのさ。バレてないと思ってんの? あんたが吉田にライバル心バリバリなの」

「馬鹿なこと言わないで」

「私はさ、あんたの漫画も吉田の漫画も読んだけど、申し訳ないけど、吉田の方が圧倒的に才能あるわよ。漫画って、絵だけじゃないんだから。お話とかコマ割りとかキャラとか、そういうの、全部必要なんだから。絵の上手さなんて、あくまで漫画の1要素。あなたは、画力以外、てんで才能ないわ」

「あらそう。あなたがそう感じるならそれでいいんじゃないの」

「またそうやってクールぶって。そういうところが白々しくて見てらんないのよ。心の中では嫉妬に狂ってるくせにさ」

「嫉妬なんてしてないわよ!」


 私は思わず大きな声を出した。

 図書室にいた数人が、驚いた様子で私たちを見た。


「……もういいかしら」


 私はようようそう言って、俯いた。

 彼女の言うとおりだった。

 私は吉田の才能にムカついていた。

 あの男が、私より遙かに才能があることは明らかだった。

 私はありきたりなことしか思いつかない。

 どんなに勉強しても、どんなに練習しても、駄目なのだ。

 それなのに、吉田は特に努力なんかしてないのに、私よりも面白くて読みやすくて、楽しいものを創り出す。

 そのことに納得がいかなかった。

 だからあんな風に意地悪なことを言った。

 自分でもよく分かってなかったけれど、きっとそういうことなのだ。

 ユイはしばらく黙って窓の外を見ていた。

 しかしやがて、無言で図書室を出て行った。

 私は鉛筆を握り、ラフ画のデザインに戻った。

 自分の絵は滲んでいて、よく見えなかった。


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