第2話 あなたって卑怯者ね
「吉田君、どうして田中君と喧嘩したの」
昼休みにクラスメートの進藤から言われた。
進藤は俺の数少ない友人の一人だ。
いや、厳密に言うと友人ではない。
同じ"趣味"を持っているだけで、特別仲が良いわけではない。
しかし、俺の中では、ときどき話をする女子というだけで、特別な人間であることは間違いなかった。
「あいつといるとイライラするから」
俺は短く返した。
俺が翔太に絶縁を告げた次の日、それはクラスの中ではちょっとした話題になった。
毎日一緒にいた俺と翔太が突然喧嘩をし、次の日から全く話をしなくなったからだ。
尤も、俺も翔太もクラスの中でのヒエラルキーは低く、みんな大して関心はないはずなので、一週間後にはどうでもよくなっているはずだ。
ただみんな、暇だから、野次馬的な話に食いついているだけに違いなかった。
「ふーん。けど意外ね。仲良さそうだったのに」
進藤は頬杖をついた。
意外だった。
進藤は俺と翔太のことなんてどうでも良いと思ってると思っていた。
進藤は俺と同じ夢を持っている女子だ。
つまり、彼女は漫画家を目指している。
「仲なんてよくない。俺はもうずっとうんざりしていたんだ。ずっとずっと嫌だったんだ。あいつが毎日話しかけてくることに」
「なにがそんなに嫌だったの」
「何もかもだ」
「何もかも?」
「そうだ。翔太には何もないんだ。あいつはただ毎日ゲームをしてネットを見て飯くって学校に来てるだけ。そのルーティンを、何も考えずに繰り返しているだけ。なんにも考えてない。だから話をしていても無駄なんだ」
「そう」
進藤は少し目を細めた。
それからちょっとだけ笑って、「けどさ」と言った。
「けどさ、それってみんな同じじゃないの? ほとんどの高校生ってそうじゃん」
「そんなことはどうでも良い。他のやつのことは知らない。とにかく俺は、翔太と話をしているとイライラするんだ」
「それって、時間を無駄にしてる気がするってこと?」
「多分、そうだ。あいつのおしゃべりを聞いてるのはすげー不毛なんだよ。時間を捨ててるようなもんだ。俺には、あいつは邪魔なんだ」
「へえ」
進藤は、今度は可笑しそうにケラケラと笑った。
「なんだ。何が可笑しい」
「いや、あなたって、卑怯者だなって」
「なんだと」
俺は眉をひそめた。
「なんだよ、それ。俺のどこが卑怯なんだ」
「だって吉田君、時間を惜しむほど漫画描いてないじゃん」
進藤はそう言うと立ち上がった。
「自分の怠けグセを、田中君のせいにしてるだけじゃん。ううん、それだけじゃないね。もしかしたら自分には才能がないんじゃないのか。努力もできないし漫画家になんてなれないんじゃないのか。そんな不安を、田中君のせいにしてるだけじゃん。それって、なんか卑怯じゃない?」
進藤は言いたいだけ言って、自分の席に戻って行った。
俺は手にじわりと汗をかいた。
そして、顔が赤くなるのを感じた。
図星かもしれなかった。
翔太がウザいのは確かだ。
しかし、それと俺が漫画を描いていないことに因果関係はそんなに、ない。
仮に俺が漫画に夢中になっていたなら。
夢に向かって必死に努力を続けていたら。
翔太は、話しかけて来ないはずだ。
あいつは死ぬほどつまんねーやつだが、人の努力を邪魔するような人間じゃない。
だから俺は、言い返せなかった。
しかし同時に、ムカついてもいた。
進藤のやつ。
ちょっと絵が上手いからって偉そうに言いやがって。
お前だって絵が描けるだけで中身はいつもスカスカで、ストーリーはいつも無いも同然じゃねえか。
どっかで見たイケメンの恋物語描いてるだけじゃねーか。
いつもいつも同じ展開のもの描いて、いつもいつも同じ構図の、いつもいつも同じコマ割りの、コピーみてーなネームしか作ってねーじゃねーか。
そんなものが努力と呼べるのかよ。
そんなもので夢に向かってると言えるのかよ。
俺の努力が足りない?
それを翔太のせいにしてる?
余計なお世話だ。
お前には関係ねーだろ。
偉そうに説教してんじゃねーよ。
俺のこと、何にも知らねえくせに。
俺は唇を噛んだ。
ちらと翔太の席を見た。
あいつは飯を食い終わり、机に突っ伏していた。
俺は立ち上がり、教室を出た。
一刻も早く、教室から離れたくなった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます