お前つまんねーから

山田 マイク

第1話 お前、つまんねーから


「もう俺に話しかけるのやめてくれねーか」


 ある日の放課後、クラスメートの吉田からそう言われた。

 吉田は親友だ。

 小学校の頃からずっと友達だった。

 今の学校で一番付き合いが古く、一番気の合う友人だと言えた。

 その吉田から言われた。

 もう話したくない、縁を切ろうと。


「は? んだよ、それ。なんでそうなんだよ」


 俺は動揺を隠し、笑いながら言った。

 心当たりはまるで無かった。

 マジで、一つもない。

 喧嘩もしてないし不愉快なことも言ってない。

 陰口も言ってないし吉田が俺を嫌いになるようなことは一切言っていない。

 だから最初はジョークだと思った。

 或いは、ドッキリかなにかだと思った。

 けど、吉田はそんなくだらないことをするやつではない。

 そんな不愉快なイタズラをする人間じゃない。

 吉田は、良いやつだから。


「なんでもクソもない。もう、お前とは話をしたくないんだ。LINEもブロックしたから。接触してくるな」


 吉田は短く言ってその場を去ろうとした。

 俺は追いかけた。

 

「お、おい、説明しろよ。なんだよ。俺がお前に何したってんだ」

「何もしてない」

「じゃあなんで」

「だからなんでも何もねーって。俺は、お前と話したくないんだ」

「そんなんで納得できるかよ。理由をハッキリ言ってくれよ」

「理由は」


 吉田は立ち止まった。

 そして俺の目を見ながら言った。


「理由は、お前といてもつまらないからだ」

「は?」

「お前の話がつまんねーからだよ」

「誤魔化すなよ。そんなわけねーだろ。これまで何年も話をしてきたのに」

「そうだ。これまでずっと、俺は我慢してきたんだ。けど、これから高校でもお前のそのつまらない話を聞かされるのはごめんなんだ」

「い、いや、けどよ」

「いいか。俺は、ずっと、我慢してきたんだ」


 吉田は噛んで含めるように言い、そしてそこから、ダムが決壊したかのように一気に捲し立てた。


「翔太。お前はつまんねーんだ。お前の話はつまんねーんだよ。昨日どういうゲームをした。そのゲームにはどんなキャラがいた。どんなモンスターがいた。なんの脈絡もない、俺がやったこともない、興味も持ってない、そんな話を延々と何時間もする。その前の日は、ネットで知り合った人間の話をしていた。俺の知らないやつだ。そいつがどんな性格で、どんな趣味を持っているか、際限なく話し続けていた。お前は万事がそんな感じなんだ。流行りの話をしても女の話をしても実態がないんだ。生産性がないんだ。建設的じゃないんだ。つまり、つまらねーんだ」


 心臓がどくどく言っていた。

 吉田がそんな風に思っていたなんて、全く気付いていなかった。

 しかし、吉田の話には心当たりがあった。

 俺の話を聞いてくれるのは吉田が一番多かった。

 俺には吉田が一番話し相手としてマッチしていた。

 しかしそれは、吉田が我慢していただけなのかもしれないと思った。

 つまり、吉田以外のやつは、俺の話がつまらないから、なんとなく話を切り上げていたのだ。

 だから必然的に、俺は吉田のところによく行った。

 だから必然的に、俺と吉田は親友みたいになっていた。

 もしかすると、そういうことなのかもしれないと思った。


「な、なんだよ、それ」


 俺は狼狽えながらもなんとか言い返した。


「そんなの、俺だけじゃねーだろ。みんなそうだ。話なんてつまらないものだろ。つまらないのが普通だ」

「そうかもしれない。確かにつまらないのはお前だけじゃないかもしれない。けど、お前もつまらないんだ」

「じゃあ、お前はこれから、誰ともつるまないのか」

「知らねえよ。けど、お前とはもうつるまない。だからもう、俺に話しかけるのはやめろ」


 吉田は教室を出て行った。

 周りを見ると、残っていたクラスメート全員が俺を見ていた。 

 

 俺は居たたまれなくなり、廊下に出た。

 そして、吉田の出て行った方向とは逆に走った。

 涙が出そうになった。

 同時に怒りも沸いていた。

 吉田のやつ。

 何様のつもりだ。

 あいつだってつまんねーやつじゃねーか。

 漫画家になりてーとか言ってるくせに大して努力もしてねーし。

 だから絵の練習をいくらしてても上手くなってねーし。

 いつもいつも夢物語みたいなこと言うだけで行動には移さねーし。

 お前だってくだらねーじゃねえか。

 人のこと言えんかよ。

 ちきしょう。

 俺は、お前しか友達いねえのに。


 気付いたら街の真ん中にある橋の上まで来ていた。

 川の水面に夕陽が反射して眩しかった。

 そしてそこで、俺はLINEをアカウントごと削除した。

 

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