第30話 短く煌めく
笑って答える隆一郎のテーブルには小さな子供みたいにあちこち食べ物が飛び散っている。でも他愛なく微笑む隆一郎の笑顔が大好き。他の人には見せたくない。いつもいつまでも独り占めしたい。
「テーブルの上いっぱいだよ。子どもみたいなんだから」
不思議な男である。あるときはひとりの女としてまたあるときは母として姉として妹として、女性が有するすべての好ましい感情を満たしてくれる隆一郎。
夢子はけっして美人ではない。スタイルがけっして良いわけでもないし、ファッショナブルな訳でもない。身長も高い方ではないし頭が良い訳でもない。でもしかし子どもの頃から男の子には人気があった。
いや男の子だけではなく女の子にも好かれていた。近所のおじさんやおばさん。学校の先生。同じ歳の仲間たちにもである。
ポッチャリして笑顔が可愛くて天然で、よく気がついて優しい女の子。ごく平凡などこにでもいるまったく普通の女の子である。
隆一郎の家は資産家である。父親は国内に2000を越える営業所や生産工場を有する最大手の自動車メーカーの社長である。
母親は大病院の理事長であり隆一郎がこの世に生を受けてから現在までお金で不自由はしたことがない。
小学1年生の時に同級の友だちが自動車のオモチャを得意気に見せびらかした話をした翌日に、父親は隆一郎の下校時間までに高級外車を自宅に届けさせた。
もちろん隆一郎名義のものである。小学校に着ていく服はイギリス製の高級生地のオーダーであり靴も同様高級メーカーの特注革靴であった。
隆一郎は当然父親の会社に就職し将来あとを次ぐものと母親をはじめとする周りの誰もが信じて疑わなかった。
しかし両親の強い反対を押しきって地方公務員を選択し今の地方税の事務所でガンバっているが、それも39歳までの期限つきでありその後は父の会社に入ることを約束させられていた。
「まず入社時の40歳は工場長。1年後には支社の部長さらに1年後には本社に戻して部長を経験させたい」
「お願いしますね。少なくても隆一郎が45歳になる前にはあなたが会長職に退き隆一郎が社長職に着けるようにしてくださいね」
「大丈夫だよ。あと15年近くはある。今の役人の仕事も39歳までと約束したから許したのはお前も知ってる通りだ」
「せめて39歳までは隆一郎の自由にさせてやろうじゃないか。その後は親の言うことを聴いて幸せになってもらわなければ困る」
隆一郎は独りっ子であり両親の期待も大きい。当然その期待を十分に満たし得る能力を有した青年でもある。
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