第2話 生との別離

 暗い夜空に3度目の月が登った。全てが寝静まり乾いた風だけが町を走る。風に流された夜が吹き溜まり澱む空間がいつの間にか濃い闇に変わっている。


 時さえ止まる静けさの中あの囁きが流れた。


 『皆、揃ったようだな』


 闇の中、無数の影が一斉に蠢き無言で頷く。


 『影4219、前に出でよ。長老の次男は先程死んだ。闇の許しを得ぬままに。闇の掟は破られた。影4219、罰を与えねばならん』


 闇合が始まる3時間ほど前である。


 暗い夜空に溺れそうな細い月が浮かんでいる。弱い月明かりに豪荘な屋敷が浮かぶ。町外れの深く静かな森に囲まれた、まるで古城のような大きな建物である。


 代々この地域の有力者の住まいであったこの屋敷の現在の主はこの町の前町長である。齢80に手が届くがまだまだ壮健のようだ。


 主の長男はこの町を離れて久しく屋敷には40を越えたばかりの次男と、年老いた召使いの3人が暮らしている。年老いた召使いが古い木製の階段を大きく踏み鳴らした。


 「ご、ご主人さま、大変でございます。お、お坊っちゃまが・・・・・」


 2階の20畳はある次男の部屋、南側に大きな窓がある。大きな両開きの窓を外に解放すると目の前に大きな桜の木がある。


 春には真っ白な花を咲かせ心を和ませる。窓のすぐ横にある大きなベッドに横たわり、外を眺めるのが次男の楽しみのひとつであった。


 1階の古く豪華な応接セットで屋敷の主は紅茶を楽しみながら紫煙を燻らせていた。


 召使いが主と紅茶を楽しまれるよう、2階の次男の部屋に訪れたときには既に呼吸は絶えていた。お気に入りのベッドの上でまるで眠るように・・・・・


 影4219は次男の生との別離を決意していた。死はいつか必ず訪れるものである、誰の前にも様々に形を変えて。


 生は肉と感情を有し光に生きる。影は魂として生に宿り闇に生きる。生と影は同体に繋がる。


 生と影の互いの右手人指し指が黒き糸で繋がっているが、もちろん生には不可視である。生がこの世に生まれ落ちるとき選ばれし影が繋がり魂として宿る。生が死す時に黒き糸は切れ生と影は別れる。


 人の生死の目的や意味など知るものはいない。生と影が織りなす人生は不可解であり、そして影がどこで産まれ何を成すのかは不明である。


 影はただ闇が定め囁く必然の中で闇に産まれ闇の中に存在するのみである。

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