第39話 ラバウルのレーダー網
1942年3月30日
帝国海軍第31航空戦隊司令官後藤英次少将と、陸軍第3飛行師団長下山琢磨中将は、目の前で展開されている光景にただただ唖然としていた。
「これをどう考えますか・・・。下山さん?」
「レーダーがラバウルの遙か手前で敵機を捕捉し、正確な位置、針路、速度、高度を把握する。それらの『情報』に基づき迎撃戦闘機に迎撃任務を割り当てる。我が軍も参考にすべきシステムであり、これを見れただけでも英国と同盟を結んだ意義があるというものです」
後藤はそう言い、さっきから戦闘指揮所の中央に置かれている地図盤に熱視線を送っていた。
戦闘は終わりつつあるようであり、戦闘指揮所に被害の詳細が次々に飛び込んできた。
「『E飛行場』の滑走路に爆弾10発以上命中。使用不能」
「『E飛行場』の兵舎半壊、高射砲座、機銃座に若干の被害が生じたようです」
「流れ弾が市街地にも着弾したようです。被害の詳細は不明」
来襲した150機のB17はラバウル5カ所ある飛行場の内、「E飛行場」に狙いを定め、ここを攻撃しただけで引き上げたようであった。
「戦果はどれくらいかな?」
「来襲したB17の内、確実に撃墜したのは26機です。撃破した機体も含めれば戦果は40機以上に拡大するでしょう」
後藤の質問に答えたのは、2人に付けられていた士官であるミック・マノック少佐だった。
「戦果の把握も早いですな」
後藤は関心したように呟き、マノックが補足の説明を始めた。
「レーダーはラバウルの周辺に10カ所以上が設置されており、米軍機の攻撃によって1基、2基が破壊された程度ではこの戦闘指揮所が機能を喪失することはありません」
「レーダーでは敵機の機種の情報までは分かりませんが、そこは海軍に依頼して、ラバウル近海に遊弋している軽巡、駆逐艦、哨戒艇の見張り員から情報が送られてきます」
聞けば聞くほど完璧な英空軍の防空網に後藤も下山も日本との差を感じずにはいられなかった。
日本では最重要の横須賀飛行場にすら電探は1基も装備されておらず、敵機の発見・報告は特設監視艇(民間から徴用した漁船)に乗っている軍属の肉眼に頼っているという有様だ。
これでは本土近海に米空母が接近し、攻撃隊を帝都に差し向けてきたとしても到底防ぎきれるものではなかった。
「我が31航戦と下山さんの3飛師もこれからは英軍の指揮下に入り、このシステムの中で戦っていくという認識で宜しいですな?」
「既に貴国の『ショウキ』には英国製の無線電話機を搭載していますが、これから『ゼロセン』『ハヤブサ』にも英国製の無線電話機を順次設置してゆく予定です。無線電話機の設置によって戦闘機パイロットは地上からの誘導を受けることができ、迎撃戦闘をより効率化することができます」
「地上からの誘導は誰がやるのですか? イギリス人と日本人では言語の壁が存在していると考えますが?」
「ラバウルの戦闘指揮所には貴軍の方からも士官・下士官を派遣してもらおうと考えています。やはり日本軍パイロットの誘導は日本軍の上官にやって貰った方が、指揮系統的に相応しいですから」
「我が軍の戦闘機パイロットは血気盛んな連中で100パーセント締められているので、『地上からの誘導などいらん! 空中戦で必要なのは己の腕のみだ!』と叫び出す奴がいそうですな」
後藤が笑いながら言い、確かにそんな話はありそうだなと感じた下山も相づちを打った。
「その手の話なら我が空軍にもあります。このシステムが英国で運用された最初期には、無線電話機をドーバー海峡にポイ捨てする輩がいたくらいですから」
少し昔の話を思い出したマノックは笑った。
「・・・ですが、イギリス上空でドイツ戦闘機、爆撃機を相手取っている内にそのような声は消滅しました。我が軍のパイロットは実戦を通して無線電話機から得られる情報の重要性を知ったのです」
「そこは何とかなるでしょう。問題は我が軍の戦闘機の武装です」
下山が問題点を指摘した。3飛師の膝下戦隊の装備機は隼と鍾馗であり、前者は12.7ミリ機関砲2門のみ、後者は12.7ミリ機関砲2門、7.7ミリ機銃2丁といった武装であり、重装甲のB17を相手取るには明らかに火力が不足気味であった。
「状況は海軍も同じですな。零戦は20ミリ機銃を装備していますが、弾道に問題があり、命中率が低いとの情報がパイロット達から上がってきています」
「そう言えば、陸軍には『屠龍』という機体がありましたな。屠龍は20ミリ機関砲を装備していませんでしたか?」
後藤が言及した機体は2式複座戦闘機「屠龍」。
屠龍は20ミリ機関砲、12.7ミリ機関砲各2門、7.7ミリ機銃も1丁を装備しており、後藤の記憶にある限りでは帝国陸海軍の中で最も重武装な機体だったはずだ。
「『屠龍』の出番は夜間戦闘を想定しています。夜間戦闘は目視になるため、いかに重武装の機体でも、何処まで活躍できるかは未知数な所がありますが・・・」
「『トリュウ』は極めて有効な機体です、ミスター・シモヤマ。トリュウの運用に関して打ち合わせをしたいのですが、後でお時間いただけますか?」
立ち去り際に、マノックは下山に対し、そう言ったのだった。
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