第38話 3段構えの堅陣③

1942年3月30日


「あらあら、やっちまったな」


 帝国陸軍飛行第50戦隊第1中隊に属している佐々木勇曹長は既にラバウルの飛行場目がけて爆弾をばらまき、離脱しようとしているB17を眼下に捉えていた。


 現在空に上がっている帝国陸軍の機体は、50戦隊の2式戦闘機「鍾馗」が33機、56戦隊の1式戦闘機「隼」が49機であり、2つの戦隊はいずれも第3飛行師団の膝下戦隊であった。


 当初この2つの戦隊は、ラバウルの迎撃の第3陣を担当する予定になっていたが、何分陸軍飛行隊は航空戦になれていないということもあって出撃が遅れに遅れてしまった。


 それが災いし、佐々木が愛機を高度7000メートルにまで持ってきた時には、既に大半のB17が投弾を終え、ラバウルから遠ざかりつつあったのだ。


 これは迎撃を担当する部隊として紛れもない大失態であり、この恥をそそぐには、これからでも1機でも多くのB17を叩き落とすしかなかった。


 56戦隊の隼が、真っ先に動いた。


 隼の火力は12.7ミリ機関砲2門のみと、B17のような重爆相手にはいささか威力不足であったが、そんな事は関係ないと言わんばかりに速力を上げた隼はB17群の真っ正面から突進した。


 56戦隊が狙いを定めたのはまだ投弾を終えていないB17であり、狙われている事に気づいたB17数機が機体各所から発射炎を閃かせ、青白い曳痕が空中にばらまかれた。


 弾幕の密度は高く、単座戦闘機など一瞬で木っ端微塵になってしまうのではないかと感じられるような光景であったが、墜落する隼は1機も存在しなかった。


 水平旋回、上昇、急降下といったテクニックで敵弾を回避した隼は、B17を肉迫にし、両翼から紅い灼熱の火箭がほとばしった。


 火箭がヤモリの舌のようにB17の胴体に絡めつき、1機のB17が高度を落とし、機首を反転させた。


「戦隊長より全機へ。目標は極力投弾前のB17に絞れ! 突撃開始!」


 このラバウル派遣に伴って、50戦隊の鍾馗全機に装備された英国製の機上無線機から、50戦隊の戦隊長を務めている尾崎中和少佐の声が聞こえてきた。


 佐々木はスロットルを開き、小隊長が駆る鍾馗の動きに追随した。


 小隊長もやはりまだ投弾の終えていないB17に狙いを定めたようであり、彼我の距離が一気に縮まり、B17の巨体が凄まじい勢いで迫ってくる。


 小隊長機の両翼4カ所から機銃弾が放たれるのと、B17の旋回機銃が火を噴いたのはほとんど同時であり、直後小隊長機の機首から黒煙が噴き出した。


「――!!!」


 佐々木は即座に事態を察した。小隊長機が放った12.7ミリ機関砲弾、7.7ミリ機銃弾はB17を捉える事はなく、逆にB17の射撃が小隊長機に命中し、火を噴かせたのだ。


 小隊長機が高度を落とし、小隊長が機体から脱出するのが確認できた。ここはほぼラバウルの上空であり、順当にいけばイギリス海軍の駆逐艦、哨戒艇に拾って貰えるだろう。


 2番機が小隊の指揮を引き継ぎ、B17に今度は後ろ上方から接近した。


 そのB17は鍾馗の接近に気づいていなかったのだろう、胴体のどこからも反撃の射弾が閃く事はなく、B17の機影が膨れ上がる。


 頃合い良し――そう思った佐々木は発射把柄を握り、鍾馗の両翼から12.7ミリ弾の火箭が放たれ、B17に吸い込まれた。


 佐々木は3連射し、小隊の他の鍾馗も多数の12.7ミリ弾を命中させたのだろう。B17は中央部から後部にかけて黒煙を噴き出し、やがて墜落していった。


 ここで小隊がバラバラになり、佐々木は単機でB17に立ち向かうことになった。


 編隊の後方グループにいたB17も次々に投弾を開始し、投弾が終わるやいなや、機首を上向かせ、高度を稼ぎ始めた。


 鍾馗に限った話ではないが、帝国陸海軍で運用される戦闘機は単座・複座を問わず高高度性能が不足している。その弱点を突こうという魂胆であろう。


 佐々木も鍾馗の操縦桿を手前に引きつけ、高度計の針が6000メートル、6500メートル、7000メートルと回る。


「空気が薄いなぁ! そして寒い!」


 佐々木は高高度の環境の過酷さを喘いだが、難とかB17の上方を占位することには成功した。


 佐々木は既に損傷し、2基のエンジンから黒煙をなびかせているB17に狙いを定めた。


 B17が射弾を撃ち上げてくるが、エンジンが損傷し、足場が安定していない中では佐々木が巧みに操る鍾馗に命中弾を得られる道理はなく、佐々木は発射把柄を握った。


 新たな1連射が、鍾馗の両翼から噴き伸び、B17のコックピットの上部から襲いかかった。


 佐々木はB17の撃墜を確信し、案の定、コックピットを粉砕され、搭乗員を失ったB17はうなだれたようにラバウルの礁湖に消えていった。


 この撃墜を持って戦闘は急速に収束しつつあった。


 ほぼ全てのB17が投弾を終え、弾切れに陥ったスピットファイア、零戦、隼、鍾馗が次々に健全なラバウルの飛行場の滑走路に着陸し始めていた。


 佐々木も5分後にラバウルの「C飛行場」に着陸し、今日の戦いを終えたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――フォロー、★★★お願いします。


霊凰より
















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る