第37話 3段構えの堅陣②

1942年3月30日


 第51、52爆撃飛行隊はスピットファイアの迎撃によって10機以上のB17を失ったが、緊密な編隊そのものは崩れる事がなかった。


 このラバウルの面前で編隊を崩そうものなら、孤立したB17から順繰りに撃墜されてしまうのが火を見るよりも明らかであり、爆撃の精度も荒くなってしまう。ラバウルの飛行場に投弾し、安全空域に離脱するまで緊密な編隊形を崩す訳にはいかなかった。


「正面に零戦ジーク多数! 50機以上!」


 1機のB17が立ち塞がる新たな敵機を発見し、B17全機に通報した。


「ジークか。スピットファイアよりは格落ちの機体だな」


 B17の機長であるマリオン・カール大尉は僚機からの報告にいくらか安堵した。ジークの速力は500キロちょっとであり、防御力に致命的なまでの欠点がある機体との認識がカールの頭にはあった。


 50機以上のジークが一斉に散開し、第51、52爆撃飛行隊を包み込むようにして接近してきた。


 編隊の外側を固めているB17が射撃を開始し、被弾したジークが1機、また1機火を噴き、視界から消えていった。


 これを見る限り、ジークの防御力はスピットファイアのそれよりも圧倒的に下であったが、機体を操る搭乗員の闘志は凄まじいものがあり、数機のジークがB17に取り付き、20ミリ弾、7、7ミリ弾を撃ち込んできた。


「中隊長機が――!!!」


 被弾したB17を見たカールは目を見開き、叫び声を上げた。被弾したB17の内、1機がカール機が所属する中隊の隊長機だったからである。


 中隊長機は燃料タンクに被弾したようであり、凄まじい勢いで火災が機体を包み込みつつあった。


 中隊長には、カール自身も新兵の頃世話になっており、カールはその死を悼んだ。


 B17から反撃の放火が乱れ飛ぶ。12.7ミリ弾の火箭が鞭のようにしなり、またしても1機のジークがコックピットを粉砕され、墜落していった。


「本機にも来ます!」


 機銃員からの報告を聞き、カールは反射的に身構えた。


 ジークの1個小隊3機が縦ではなく、横1列になってカール機に急接近してきた。


「撃て! 撃て! 撃て! ジャップを叩き落とせ!」


 カールは叫び、機体各所から発射音が聞こえてきた。


 機銃弾が1機のジークに命中したが、墜落することはなく、3機のジークはカール機の頭上を通り過ぎていった。


 カール機が僅かに振動し、外気が機内に侵入してきた。ジークから放たれた機銃弾はカール機を捉え、小さいながらも穴を穿ったのだろう。


 手空き要員が修理作業を即座に開始し、穴自体は即座に塞がれたのだが、カール機の窮地が過ぎ去った訳ではなかった。


 ジークが反転し、今度は後部から突き上げるようにして迫ってきた。


 カールは操縦桿を右に倒し、次いで左に倒した。


 B17の機体を不規則に動かすことによってジークの射弾を空振りにしようという考えであった。


 カールの狙いは図に当たり、今度はカール機が被弾することはなかった。


「B17、2機被弾!」


 見張り員から僚機の被弾が伝えられたが、カールにはそれに関わっている余裕はなかった。


 カール機は、前方に向かって3条の火箭を放ち、ジークを撃退しようと努めるが、成果は上がらず、新たなジークがカール機目がけて1直線で突っ込んできた。


「各機銃座は狙いを1機に集中しろ!」


 カールは伝声管越しに命令を送り、ジークの1番機に火箭が集中された。


 ジークは泡を食ったように機体を翻して離脱しようとしたが間に合わず、右翼に12.7ミリ弾が命中し、命中箇所に大穴を穿った。


 カール機がジークと死闘を演じている頃、戦闘はたけなわとなっていた。


 空中に数十条もの飛行機雲が絡み合い、時折被弾したB17やジークが海面に向かって墜落してゆく。


 墜落してゆく機体にも特徴があり、全般的にB17は原形を保っていたが、ジークはバラバラになって墜落していく機体が多かった。


 そして、ここで編隊が僅かではあるが徐々に間延びしてきた。


 ジークの射弾を回避しようと、速度を調整するB17が多発しており、必然的に編隊の足並みが徐々に崩れてきているのだ。


 カールもそれに気づいており、近くのB17と距離を縮めようと試みたが、多くのB17が機体を左右に振っており、とても近づけたものではなかった。


 ジークの攻撃はまだまだ続き、遮二無二突っ込んできたジークがあろうことか1機のB17に激突し、互いに離れることなくカールの視界から消えていった。


「・・・!!!」


 余りの出来事にカールは絶句し、その瞬間、カール機に隙が生まれた。


 カール機の前上方、右側側面、後ろ上方からジークが同時に接近し、旋回機銃の火箭をくぐり抜け、近距離で機銃弾をぶちまけてきた。


 カール機が再び揺さぶられ、恐らく20ミリ弾も相当数が命中したのだろう、何かが引きちぎれる音がカールの耳にも聞こえてきた。


「復旧作業い・・・」


 カールは「復旧作業急げ」と命令しようとしたが、声を発する事が出来なかった。


 B17の機首がガグリとうなだれ、機内が急坂と化したのだ。


 程なくしてカールは機外へと吹き飛ばされ、そこでカールの意識は永遠に消滅したのだった。









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