第36話 3段構えの堅陣①

1942年3月30日


 ハルゼーとブローニングの懸念は杞憂に終わり、予定通り3週間後にはB17のガダルカナル進出が始まり、ラバウルに対する最初の空襲が行われたのは3月30日の事であった。


「レーダーサイトより『エレファント』チーム。方位105度より敵重爆大編隊接近中、会敵時刻は今から10分後」


 第44飛行隊sqnに所属するスピットファイア全機にレシーバー越しに情報が報され、シリル・ローワー少尉は目を凝らして前方の空域を睨み付けた。


 ローワーの目に多数の黒点が写り、それが近づくにつれ徐々に形がはっきりしてくる。


 B17――「フライング・フォートレス」の愛称で呼ばれている、ボーイング社が開発した大型4発重爆が150機程度、エンジン音を轟々と轟かせながらラバウルに迫ってきたのだ。


「スピットファイアも最新型に変わっているからな」


 ローワーは呟き、操縦桿を軽く叩いた。


 昨年11月20日のラバウル航空戦では、スピットファイアのVb型がF4F、ドーントレス、アベンジャーといった米空母艦載機を相手に回し、100機以上の撃墜・撃破を記録したが、現在の44sqnの装備機は最新型のIX E型に置き換わっていた。


 時速は605キロから650キロに45キロ強化され、武装も7.7ミリ機銃が廃され、20ミリ機関砲2門、12.7ミリ機銃各2丁に強化されている。


「隊長より全機へ。B17は防御力が優れている。一撃離脱戦法に徹するように」


 44sqnを率いているロアルド・ダ-ル少佐の声が、レシーバーに響く。盟邦日本からの情報提供によると、B17は非常に火を噴きにくく、エンジンの1基や2基を潰されたとしても容易に火を噴かないとのことであった。しかも、機体には多数の旋回機銃が取り付けられているというオマケつきであった。


「隊長機より全機。レッツゴー!!!」


 ダールの号令一下、39機の最新型スピットファイアが一斉に散開した。


 小隊長のローワーは膝下3機のスピットファイアを引き連れ、1機のB17に狙いを定め、最大速力で突進した。


 B17の機影がみるみるうちに拡大する。


 B17の機体数カ所から閃光が煌めき、12.7ミリ弾が槍のような鋭さを持って迫ってきた。


 B17の搭乗員も、こんなところで撃墜されては確実に戦死すると分かっていて必死なのだろう。


 この火箭がローワー機を始めとする小隊4機のスピットファイアを捉える事はなく、ローワー機の照準環がB17を捉え、絶好機がやってきた。


「ソロモン諸島のどこから来たのか分からんが、長旅ご苦労様でした!!!」


 そう叫んだローワーは20ミリ機関砲、12.7ミリ機銃の発射ボタンを同時に押し込んだ。


 スピットファイアの両翼から大小2種類の火箭が噴き伸び、狙い過たずB17の第1エンジンに吸い込まれた。


 速力を落とすことなくローワー機はB17とすれ違い、2番機、3番機、4番機も順次、B17に機銃弾を叩き込んだ。


「よし!」


 機体を上昇させた時、ローワーは拳を握りしめた。


 ローワー小隊が攻撃を仕掛けたB17は2つのエンジンと、胴体2カ所から盛大に黒煙を噴き出し、編隊から落伍していったのだ。


 僚機の被弾・墜落を見ても他のB17が編隊を崩すことは無く、ローワーにはそれが痛みを感じない巨大肉食動物であるように感じられた。


「まだまだ!」


 ローワーは操縦桿を手前に引き、エンジン・スロットルを開いた。


 スピットファイアの機首が上向き、失った高度が回復してゆく。IX E型のスピットファイアに装備されているロールス・ロイスマーリン66エンジンは整備性に難があるエンジンと聞いていたが、整備員達はそのエンジンを完璧に整備し、スピットファイアを迎撃戦に送り出してくれたようであった。


 その整備員達の働きに答えるためにも、ラバウルの飛行場をB17に蹂躙される訳にはいかなかった。


 ローワーは小隊をB17編隊の後方に誘導し、編隊のケツに位置するB17に狙いを定めた。


 スピットファイアの1個小隊に狙われている事に気づいたそのB17は尾部と側面の旋回機銃を用いて、火箭を飛ばしてきたが、ローワー機はそれを蹴散らすようにB17を肉迫にし、機銃弾を浴びせた。


 12.7ミリ機銃弾は空ぶったが、威力の大きい20ミリ機関砲弾はB17のコックピット後部に命中し、火花を散らせた。


 黒い塵のようなものが空中に飛び散り、2番機以降のスピットファイアから放たれた機銃弾が殺到する。


 ローワーは2機目のB17の撃墜を確信したが、そうはならなかった。


 B17には多数の機銃弾が命中したように見えたが、致命傷になるようなものは1発もなかったらしく、そのB17は僅かにふらつきながらも編隊から落伍することはなかった。


「厳しいな」


 ローワーは離れてゆくB17の編隊を見つめながら舌打ちした。


 最初150機程度いたB17は、スピットファイアの迎撃によって1割程度撃ち減らされていたが、9割以上は今だ健在であり、機首をラバウルの飛行場へと向けていた。


――だが、この日迎撃戦に上がっているのは、


 それを知ってか、ローワーは有らん限りの大声で叫んだ。


「後は任せたぜ! サムライ!」











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