第40話 夜の防人①

1942年4月1日 夜



「目標の現在位置。ラバウルよりの方位100度、70海里。間もなく敵と会敵すつ予定」


 英国製の無線電話機のレシーバーに、戦闘指揮所に詰めている第233航空隊飛行長小野田吉宗中佐の声が響いた。


 第233航空隊は1式陸攻36機が配備されている部隊であり、この日の夜は、あることを目的として8機が出撃していた。


「鳥居1番了解。これより作戦行動を開始する」


 第3小隊長鳥居裕太大尉は落ち着いた声で返答し、視線をドイツ製の機上レーダー装置――「FuG202リヒテンシュタイン」に落とした。


 このレーダー(略称FuG)は英独停戦によってドイツから英国に供与された兵器の1つであり、それが巡り回って日本にも供与されたのだ。


 今の所、レーダーには異常がない。波長は1本線を描いており、変化する素振りすらなかった。


「このレーダー壊れているんじゃないですか?」


「流石にドイツ製の機上レーダーと言えども、陸に設置するレーダー程の探知距離はないのだろう。そんなに焦らなくても5分かそこらで反応が現れてくるはずだ」


 レーダーの性能に対し、疑問を呈した操縦員の桐山貫太郎飛行上等兵曹に対し、鳥居は自信ありげに答えた。鳥居はこの出撃に前もってFuGの性能に触れる機会があり、それが根拠となっていた。


「少し機体を上昇させろ。B17は高高度からラバウルに侵入してくる可能性大だ」


 鳥居は命令し、程なくして1式陸攻の全長19.97メートル、全幅24.88メートル、総重量7トンの機体が上昇し始めた。


 風防の向こう側からうっすらと機影が見えた。膝下の1式陸攻の機長も鳥居と同じ事を考え、機体を上昇させているのだろう。


 やがて・・・


「来た! 来たぞ!」


 鳥居は叫び声を上げた。FuGの管面に異変が生じ、それがみるみるうちに激しくなってきた。


「鳥居1番より全機! 本機搭載のレーダーに反応あり! 各機どうなっている!」


「鳥居2番より鳥居1番。電探感3! 反応あります!」


「鳥居3番より鳥居1番。本機のレーダーも反応してます!」


 僚機のレーダーの続々反応しているようであり、満を持して無線電話機のマイクに叫んだ。


「鳥居1番より飛行第53戦隊! 敵機発見、機数30機以上。突っ込め!」



 鳥居が報告を送った部隊――2式複座戦闘機「屠龍」48機で構成された飛行第53戦隊は直ぐさま行動を開始した。


 第2中隊長を務めている木戸伸也大尉は、操縦桿を右に僅かに倒し、誘導に徹している1式陸攻の誘導に従った。


「中隊の連中ははぐれずに付いてきているか?」


「全機後続中。落伍機無しです!」


 木戸の問いに偵察員が即答し、闇夜にうっすらと浮かび上がるB17の機影が木戸の目に映った。


 敵機を自らの目で発見した瞬間、木戸の闘志は最高点にまで達したが、B17の針路は思ったよりも南よりであり、針路を微調整する必要があった。


「ちょい右」


「行き過ぎです。ちょい左」


 偵察員が指示を送り、木戸がその通りに機体を操る。


 そして、会敵の瞬間がやってきた。


「木戸1番より中隊全機へ。B17は真っ正面だ。全機突撃せよ!」


 木戸はマイクに叫び、第2中隊に所属している8機の屠龍が一斉に加速した。


 B17に突っ込んでいくのは、木戸が指揮する第2中隊だけではない。戦隊長が直率する第1中隊や他の第3、第4といった中隊も敵機を発見次第、順次突撃を開始していた。


 「屠龍」に装備されている2基のエンジン――ハ102エンジンが高らかに咆哮し、B17を一気に肉迫にする。


 おとといの昼間の迎撃戦で多数の零戦、鍾馗を撃墜したB17の旋回機銃が火を噴く様子はない。射手が屠龍の姿を捉え切れていないか、それとも屠龍の接近そのものに気がついていないのかもしれなかった。


 照準環の中に移っているB17の姿が急拡大し、機首や尾部がはみ出る。


 やっとこの時がやって来た――そう思った木戸は12.7ミリ機関砲の発射ボタンを力強く押し込んだ。


 屠龍の機体が揺さぶられ、2条の火箭が噴き伸びた。連射音がコックピット内を満たし、各種計器が壊れてしまうのではないかというほど揺さぶられた。


 12.7ミリ機関砲弾は見事にB17に命中し、装甲を喰い千切ったが、屠龍の真髄はここからであった。


 屠龍がB17の上を通り過ぎようとした瞬間、木戸は今度は20ミリ斜め機関砲を発射ボタンを押した。


 12.7ミリのそれよりも遙かに太く、逞しい曳痕が槍さもありなんの鋭さで直進し、B17の機体に突き刺さった。


 木戸が撃ち込んだ射弾だけでは、B17を撃墜にまで追い込む事は出来なかったが、中隊8機の屠龍が射撃を終えたとき、そのB17は右翼を根元から完全に引きちぎられ、回転しながら墜落していった。


 味方機の突然の被弾、墜落に驚愕し、混乱したのだろう、B17が組んでいた緊密な編隊形が一瞬にして崩壊した。


 同時に空中数カ所に閃光が閃き、青白い曳痕が屠龍隊にも向かって来た。


 木戸は屠龍の機体を巧みに操り敵弾を回避し、次のB17に狙いを定め、エンジンをフル・スロットルまで開いたのだった・・・


(第41話に続く)


















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