第33話 英独停戦②

1942年1月10日


 ランバート陸軍大佐があらかた質問を終えた後、海軍代表として出席していたジョセフ・ブラント大佐が質問を開始した。


「条件7についてお聞きします。戦艦「ビスマルク」「ティルピッツ」、巡洋戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」、Uボートといった艦は、当たり前ですがドイツで設計・建造された艦であり、あらゆる勝手がイギリスの戦艦、巡戦、潜水艦とは違います。慣熟訓練の際にはドイツ海軍のバックアップがあると考えて宜しいでしょうか?」


「それについては私がお答えしましょう。結論から言うと、戦艦「ビスマルク」「ティルピッツ」、巡洋戦艦「シャルンホルスト」「グナイゼナウ」、ポケット戦艦、Uボートの慣熟訓練はドイツ国内で出来るように既に受け入れ準備が始まっています。レーダー元帥(エーリヒ・ヨーハン・アルベルト・レーダー:ドイツ海軍総司令官)が快諾してくれました」


 リッベントロップが答え、更に一言付け加えた。


「もし、我が国から引き渡す戦艦に取り付けられているドイツ製兵器を、貴国の兵器に換装したい場合は、キールかブレーマーハーフェンの工廠で対応が可能です」


「ほう」


 リッベントロップの言葉に、ブラントは小さく呟いた。破格の好条件だと感じたのだろう。


「どうでしょうか、外相閣下?」


 リッベントロップが身を乗り出してきた。ドイツ側が提示した条件がイギリス側の3人の出席者の心を大きく揺さぶっていることを明敏に悟ったのだろう。


「一つ根本的な懸念がありますな。そもそもこの条件を双方が呑んだとして、それがちゃんと履行される保証はどこにあるのですか? 失礼ながら貴国のヒトラー首相は信義則にもとる人物のように見えますが?」


 失礼を承知でイーデンは挑戦的な質問をぶつけた。場合によってはリッベントロップとシュペアーの2人が即座に席を蹴ってもおかしくはなかったが、大英帝国の外交を預かる者としてこれだけは確認しておかなければならなかった。


「まあ、我がドイツのトップがである以上、我が国が貴国に信用して貰うなど、例え貴国に利がある話でも不可能でしょうな」


「――!?」


 ヒトラーから絶大な信を置かれ、外務大臣を任されているはずの男が、他でもないヒトラーを呼び捨てにしたという事実にイーデンの頭は急速に混乱し始め、他の2人も唖然とし、口をあんぐりと開けていた。


 奇妙なことに、シュペアーがリッベントロップを諫める様子もなかった。


「・・・近い内に、ドイツでが起こると貴方は言っているのですか? ミスター・リッベントロップ?」


「左様」


 散らかる思考を、頭の中でなんとかまとめたイーデンは「政変」という結論を導き出した。


「そう言うことか――!? 条件9です、外相閣下!!!」


 ランバートがあることに気づき、イーデンは視線を再び書類に落とした。


条件9 ドイツはユダヤ人その他の人種に対する強制収容・差別を即刻中止し、希望者に対しては英国へ亡命させること


「この条件は、到底あのヒトラー首相が呑むような条件ではありません!!!」


「――!!!」


 イーデンは目を見開き、シュペアーが事の顛末を話し始めた。


「そもそも、ドイツ中枢で英独停戦の話が持ち上がったのは、今から遡ること半年前の話でした。私やリッベントロップ外相、海軍のレーダー元帥、そして国家元帥のヘルマン・ゲーリング閣下の4人の中で英独戦を即座に停戦、できれば終戦にまで持ち込み、独ソ戦に注力するのがベストであるとの意思統一がなされ、4人でヒトラーに献策しに行きました。」


「ですが、あの男は英独の同時打倒に固執しており、我々がいくら言葉を尽くして説得しても首を縦に振らなかったのです!!!」


 ここまでシュペアーは一息で言い切り、右手で机を思いっきり叩いた。ヒトラーを説得したときの徒労感、そして怒りが一気に噴き出してきたのかもしれなかった。


「その後、ヒトラーの説得を諦めた4人は、ヒトラーを外して4人だけで話しを進めたという訳ですか・・・」


 とんでもない話を聞いてしまったぞ――イーデンは天を仰いだ。


「私たちにそんな事を話しても宜しかったのですか? 誰かがこの話を口外した瞬間、お二人の立場、いや、命は非常に危険な状況に置かれると思いますが」


「貴国がこの条件を必ず呑むだろうという確信を持って、私と軍需相はヒトラーに嘘をついてまで、貴国に乗り込んできたのです。条件9と私たちの覚悟を担保としてこの停戦の条件を検討してくれませんか」


 そう言ったリッベントロップは、思いっきり顔をイーデンに近づけてきた。


 見事なものだな――イーデンの中でリッベントロップとシュペアーという2人の男の評価が変わりつつあった。最初はナチスの片棒を担ぐ悪魔に魂を売った男達という印象しかなかったが、この2人は「ドイツ」という国の事を日々懸命に考えているいっぱしの「国士」なのかもしれなかった。


「この条件は、前向きに考えていきたいと思います」


 イーデンは会議の締めくくりにそう言い、今度は自分から2人に対し握手を求めたのだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――英独停戦の部分は個人的に頑張って執筆した部分なので、ここまで読まれた読者様はフォロー、★★★をやってくれると嬉しいです。


霊凰より







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