第30話 フィリピン航空戦⑦

1941年11月23日


 母艦から発進した攻撃隊と、台南空の攻撃隊がマバラカット飛行場、バンバン飛行場に投弾し、離脱しようとしていた時、1航艦は対空戦闘の真っ最中であった。


 昨日よりも1航艦の戦力は減少している。「赤城」の1航艦司令部は昨日の航空戦で被弾・被雷した「蒼龍」を後送させ、その護衛に駆逐艦2隻を付けたためであった。


 そのため、現在の1航艦の戦力は空母5隻、戦艦2隻、重巡2隻、軽巡1隻、駆逐艦7隻となっている。


「零戦隊、発艦開始!」


 空母5隻の内1隻――「瑞鶴」の発着指揮所に、飛行長の命令が轟いた。


 昨日の直衛戦闘を生き残った7機の零戦が、1番機から順に輪止めを払われ、飛行甲板上をスルスルと滑り出し、飛行甲板の縁を蹴って発艦していった。


 直衛機を発艦させているのは「瑞鶴」だけではない。同じ第5航空戦隊の僚艦「翔鶴」、第1航空戦隊の「赤城」「加賀」、第2航空戦隊の「飛龍」も出せる限りの零戦を発艦させていた。


 発艦した零戦は計37機。1航艦に配属されている戦艦、巡洋艦、駆逐艦の対空砲火が心許ない事を考慮すると、この37機の零戦と37人のパイロットに1航艦の運命が託されたと言っても過言ではなかった。


 程なくして「瑞鶴」艦上からも敵機の大群が見えてきた。戦闘機が30機前後、爆撃機が60機前後といった編成であり、敵編隊の姿を認めた零戦が一斉に散開し、突撃を開始していた。


 空中の数カ所で爆発が起こり、被弾墜落した航空機の残骸が海面に叩きつけられる。


 F4F、P40の妨害を潜り抜け、B25、A20に20ミリ弾、7.7ミリ弾を浴びせることに成功した零戦もいた。爆撃機4機が立て続けに火を噴き、3機が機首を翻して1航艦から離れていった。


「B25よりも雷撃を仕掛けてくるA20の方が脅威だな」


 「瑞鶴」の防空指揮所で横川市平艦長は、上空の戦場を見つめながら呟いた。


 零戦隊が離脱し、それと入れ替わるようにして第3戦隊の戦艦2隻――「比叡」「霧島」の主砲の砲口に、巨大な発射炎が閃き、重量700キロ越えの36センチ砲弾16発が敵編隊向けて放たれた。


 放たれた3式弾16発の内、2発が有効弾となり、10機前後のB25、A20が無力化された。


「艦長より航海長。取り舵!」


 横川は伝声管を用いて、「瑞鶴」航海長草川淳中佐に命じた。


 即座に草川から復唱が返され、数十秒後、全長257.50メートル、全幅29.0メートル、基準排水量25675トンの巨躯を誇る「瑞鶴」の艦体が左に左にと転舵し始めた。


 「比叡」「霧島」の主砲が火を噴いたのは一度きりであり、高角砲弾、機銃弾の爆発煙がB25、A20の周囲で炸裂する。


「敵2隊に分かれました!」


「1隊が本艦に接近中!」


 見張り員から立て続けに報告が上げられ、まず「瑞鶴」を肉迫にしてきたのはB25の第1グループであった。


「艦長より砲術長。射撃開始!」


 横川は張り裂けんばかりの怒声で、射撃指揮所に詰めている砲術長に対空射撃の開始を命じた。


 「瑞鶴」の飛行甲板両舷に据え付けられている40口径12.7センチ連装高角砲8基16門が待ちくたびれたぞ、やっと出番が来たかと言わんばかりに一斉に火を噴いた。


 「赤城」「加賀」「飛龍」「翔鶴」の4隻の舷側にも高角砲発射の炎が閃く。


 1機のB25に12.7センチ砲弾が直撃した――その直後、そのB25は内側から閃光を発し、胴体が真っ二つにななった。


「1機撃墜!」


 見張り員が戦果を報告する中、「瑞鶴」を守る最後の盾である25ミリ3連装機銃12基36門から火箭が噴き伸びる。


 「瑞鶴」の対空砲火が新たな戦果を挙げる事はなく、10機前後のB25が爆弾倉を開き、500ポンド爆弾をばらまきながら「瑞鶴」の前方から後方に抜けていった。


 数秒後、「瑞鶴」の周囲に水柱が奔騰し、艦体が揺さぶられた。


 高高度から投下された爆弾は、「瑞鶴」を捉える事はなかった。全弾が空振りに終わり、至近弾炸裂の爆圧が「瑞鶴」の艦底部を痛めつけるのみであった。


 B25が無念そうに「瑞鶴」から離れてゆき、A20が「瑞鶴」に昨日の「蒼龍」同様、魚雷を下腹に叩き込むべく肉迫にしてきた。


 「瑞鶴」より先に「霧島」が動いた。


 4基8門の36センチ主砲が海面に向かって放たれ、突撃するA20の眼前に海水の壁が出現した。


 突然の出来事に仰天したのだろう、A20群の動きに大幅に乱れが生じ、3機のA20が海面に滑り込んだ。


「舵戻せ!」


 A20の動きをつぶさに確認していた横川は航海長に命じた。


 生き残ったA20が次々に投雷してゆき、数条の白い雷跡が「瑞鶴」に迫ってきていたが、命中コースに入っていたのは3本であり、実際に「瑞鶴」に命中した魚雷は1本のみだった。


 横川は機関室に「両舷停止」を命じ、応急指揮官を務める副長が復旧作業の指揮を執り始めた。


 B25、A20は大半が投弾、投雷を終えたのだろう、1航艦上空から離脱しつつあり、静寂が戻ってきたのだった。






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