第29話 フィリピン航空戦⑥
1941年11月23日
翌日、1航艦から出撃した第3次攻撃隊158機は、台南空が発進させた攻撃隊137機とフィリピン200海里地点で合流した。
「ほう、壮観そのものだな。総数300機近いとは」
西沢広義は零戦のコックピットから蒼空の彼方にまで広がる堂々たる大編隊を見つめながら呟いた。
出撃前に聞いた飛行長からの話によると、母艦航空隊はマバラカット飛行場の攻撃に、台南空はバンバン飛行場の攻撃を行う手筈となっていた。
約1時間後、多数の敵機が姿を現した。大半が米海軍の主力戦闘機F4Fであったが、僅かに陸軍機のF40「ウォーフォーク」も混ざっているようであった。
台南空飛行隊長新郷英城大尉が操る零戦がバンクし、それを確認した西沢はエンジン・スロットルをフルに開いた。
中島「栄」12型――中島飛行機が開発・製造した航空機用空冷星型エンジンが猛々しい咆哮を上げ、零戦の機体に推進力を与える。
10機以上のF4Fが台南空の零戦隊に向かってくる。太い胴を持つ機体が零戦以上の迫力を醸し出していた。
西沢はF4Fの1機に狙いを定め、機体を突っ込ませた。
F4F数機が両翼に発射炎を閃かせ、十数条の火箭が噴き伸びてくるが、それが殺到したときには、撃墜王・西沢の機体はそこにはいない。
西沢は零戦を自分の手足のように操り、機体を右に翻している。
「喰らえ!」
西沢は叫び、7.7ミリ機銃の発射把柄を握った。細長い火箭が狙い過たずF4Fの胴体に突き刺さり、引きちぎられた部材が空中に飛び散った。
西沢は急旋回をかけ、手傷を負わせたF4Fにとどめを刺そうとする。
僚機はそうはさせじと立ち塞がるが、西沢の敵ではなかった。
ブローニング機銃から放たれた12.7ミリ弾は西沢機の下腹を通り過ぎてゆくが、肝心の西沢機を捉えるには至らず、虚空へと消えていった。
西沢は20ミリ機銃の発射把柄を握り、F4Fに狙いを定め、目一杯距離を詰めたところで機銃弾を撃ち込んだ。
機銃弾がF4Fの機体に吸い込まれた瞬間、そのF4Fは大きくグラつき、そして高度を落としていった。
1機撃墜の戦果を挙げ、西沢が機体を水平に戻したとき、風防ガラスが真っ赤に染まった。
振り向いた西沢の目に、木っ端微塵になった零戦の姿が飛び込んできた。台南空の戦闘機パイロットの練度は卓越しているものがあるが、それでも多数の戦闘機が飛び交う戦場では被撃墜機が出てしまうのだろう。
西沢をベテランパイロットと認めたのか、西沢機1機に対し、1個小隊4機のF4Fが挑みかかってきた。
西沢は躊躇することなく、1番機目がけて20ミリ弾を放った。20ミリ機銃弾はまたしても命中し、被弾したF4Fはみるみるうちに黒煙に包まれていった。西沢機が放った20ミリ弾は、F4Fの内部に埋め込まれている油送管を傷つけたのかもしれなかった。
すれ違い様にF4F2番機にも西沢は機銃弾を撃ち込んだ。今度は7.7ミリ弾がF4Fのコックピットの風防ガラスを粉砕し、コックピット内を血の泥濘に変えた。
残るF4F2機は機体を降下させ離脱していったが、今度は西沢も深追いはしなかった。
何故なら、守るべき対象の1式陸攻がF4F、P40の攻撃を受けつつあったからである。
1式陸攻が装備されている20ミリ旋回機銃1丁、7.7ミリ旋回機銃4丁を用い、弾幕を張るが、それがF4Fを捉える事はなかった。
逆に格好の射点に取り付くことに成功したF4Fが、次々に両翼から機銃弾を発射する。
1式陸攻の頭上からおびたたしい数の12.7ミリ弾が降り注ぎ、3機の1式陸攻が立て続けに火を噴いた。
燃料タンクに直撃を受けた1式陸攻は即座に誘爆爆散し、主翼の片方を失った1式陸攻は錐もみしながら墜落してゆく。
敵機の襲撃を受けながらも母艦航空隊と台南空の攻撃隊は、それぞれの攻撃目標に向かうべく、2隊に分離した。
F4F、P40の迎撃が激しくなってきた。敵戦闘機のパイロット達も残りの2つの飛行場が使用不能になった場合、着陸する場所を失い、不時着陸を余儀なくされるため必死なのだろう。
西沢は機体を1式陸攻とつかず離れずの位置に付けた。その後は撃墜ではなく、敵戦闘機の撃退に徹し、そうしている内に攻撃目標のバンバン飛行場が見えてきた。
1式陸攻隊が一気に速力を上げる。
F4F、P40の迎撃止み、対空陣地から放たれた火箭が爆撃隊を迎える。
1式陸攻2機が対空砲火に搦め捕られ、墜落してゆくが、残りの1式陸攻は爆弾倉を開き、台南の飛行場からわざわざ運んできた250キログラム爆弾4発を2秒間隔で投弾してゆく。
最初の1発は滑走路中央部に命中し、そこに巨大な破孔を穿ち、次々に着弾する爆弾は掩体壕、兵舎、駐機されている機体、設営用の設備などを見境無く粉砕していった。
バンバン飛行場の至る所から盛大に黒煙が湧き出し始め、1式陸攻の投弾中、上空警戒に当たっていた西沢は作戦の成功を確信したのだった。
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霊凰より
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