第28話 フィリピン航空戦⑤

1941年11月22日


 第1航空艦隊司令長官南雲忠一中将は旗艦「赤城」の艦橋で、被弾炎上した「蒼龍」、そして、至近弾によって小火災が発生した「翔鶴」を交互に見つめていた。


 爆弾3発、魚雷2本が命中した「蒼龍」は現在の所完全に動きを停止させ、艦内各所から盛大に黒煙を噴き出していた。


 「蒼龍」の柳本艦長は「火災極めて盛んなれど。他艦の協力により鎮火の見込み」との報告を「赤城」に送ってきていたが、自力航行に不安がある以上全く予断を許さなかった。


 「翔鶴」は至近弾2発によって高角砲1基、機銃座2基を損傷したが、こちらは艦上で発生した火災が極めて小規模であったため、既に鎮火していた。


 第2次攻撃隊ぼ帰還機が1航艦の上空に姿を現し始めた。


 多くは、所属する母艦や中隊毎に帰還してきていたが、小隊単位や単機で帰還してくる機体もある。


 南雲は半ば予想を立てていたが、帰還機の機数は決して多いとは言えなかった。出撃167機に対し、帰還してきたのは130機には届かないくらいだろう。


 長谷川艦長が航海室に「風に立て!」と下令し、「赤城」の巨体が風上に向かって突進を開始した。


 収容作業を始めたのは「赤城」だけではない――「加賀」「飛龍」「翔鶴」「瑞鶴」の4空母も艦載機を一刻も早く収容すべく既に転舵に移っていた。


 「蒼龍」が明らかに発着艦不能の状態になっている事はパイロット達にも伝わっているようであり、「蒼龍」の所属機は収容能力に余裕のある「加賀」や翔鶴型空母に機首を向けていた。


 零戦、99艦爆、97艦攻が次々に飛行甲板に滑り込んできた。南雲の見た限り、被弾の跡がくっきりと残されている機体が5割を超えていた。中には着艦と同時に片翼がへし折れたり、エンジン部から黒煙を噴き出し始める機体すらある有様であった。


 97艦攻の後部座席から負傷者が運び出されてくる。機銃弾の破片が体のどこかをかすったのか顔から生気が引いており、蒼白そのものであった。


 母艦に着艦する直前で力尽き、海面に突入する機体も少ない数ではない。着水した機体から搭乗員が命からがら脱出し、救助活動を担当している駆逐艦が海面にロープを垂らし、搭乗員を引き上げる。


「南雲長官。第3次攻撃隊はどうしましょうか?」


 参謀長草鹿龍之介少将の声が聞こえてきた。


「第1次、第2次の攻撃目標に定めたクラークフィールド飛行場に対する攻撃成果はどうなっている?」


 南雲は第3次攻撃隊を発進させるかどうかを直ぐには決定せず、現状把握に努めた。


「第2次攻撃隊隊長の嶋崎少佐からは『被撃墜機多数なれど、クラークフィールド飛行場の完全破壊成功。同飛行場に再攻撃の必要無し』との報告が上がってきています」


 南雲の質問に答えたのは、1航艦随一の航空機通と言われている航空甲参謀の源田実中佐だった。


「長官。第3次攻撃隊を発進させるべきです! 我ら1航艦がフィリピンの制海権・制空権を奪取出来なければ、後からくる陸軍の安全を担保することが出来ません!」


 源田がそう言い、まさしくそれは正論であった。このフィリピン攻略戦は南方作戦の緒戦であり、ここで躓きを見せるわけにはいかなかった。


 だが・・・


「残る米軍の主要飛行場は2つ(マバラカット飛行場、バンバン飛行場)だが、第3次攻撃隊の出撃可能機数はどれくらいになるかね?」


「第2次攻撃隊の帰還機の中で第3次攻撃隊に回せる機数がはっきりとしていない以上、正確な数は分かりません。しかし、第1次攻撃隊参加機の中で、直ぐさま使用可能な機数が183機中81機だということを鑑みると、第3次攻撃隊に投入可能な機数は150機から160機の間だと予測できます」


 源田の説明だと第3次攻撃隊の参加機数は多くても160機。2カ所の敵飛行場を潰すのには明らかに機数が少なかった。


「少ないな・・・。クラークフィールド飛行場1カ所潰すのに第1次、第2次合わせて300機以上の機数を費やしたんだ。160機では厳しいぞ」


 草鹿も南雲と同じ感想を持ったのだろう。そう呟いた。


「第3次攻撃隊160機だけでは厳しいのならば、他部隊の助力を借りてはいかがでしょうか。第3次攻撃隊の発進を明日にまで延期し、明日台南空と共同戦線を構築してはいかがでしょうか!」


 これまで沈黙を貫いていた1航艦首席参謀大石保中佐が名案を閃いたと言わんばかりに大声で発言した。


「首席参謀のご意見に賛成です。航空戦は何といっても数が物を言う以上、11航艦所属の零戦、1式陸攻と第3次攻撃隊を力を結集させて、ルソン島に残る2つの飛行場に当たるべきです」


 源田が大石の意見に即座に同調し、それによって航空戦には疎い南雲の腹も決まった。


「よし、台南空の樋口大佐に航空支援を要請しよう。首席参謀の意見を採用すれば敵の戦闘機隊の目標も分散され、母艦航空隊の被害も減らすことが出来るはずだ」


 そう締めた南雲は具体的な作戦案の立案を草鹿、大石、源田の3名に命じたのだった。













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