第27話 フィリピン航空戦④

1941年11月22日


 敵の第2波は全機が「蒼龍」に向かってきた。


 第2波の機数は第1波よりもやや多い60機といった所であり、生き残っている直衛の零戦が数的不利にも関わらず、果敢に挑みかかっていった。


「味方戦闘機、敵機を攻撃中!」


 艦橋見張り員から報告が入り、柳本柳作「蒼龍」艦長は双眼鏡を右に向けた。


 緊密な編隊形を組んでいるB25、A20に、20機前後の零戦が四方八方から仕掛けている。


 時折、空中に爆炎が湧き出し、黒煙の筋が海面に向かって伸びてゆく。


 1番最初に砲門を開いたのはまたしても「比叡」「霧島」の2艦だった。2艦合計8基16門の36センチ主砲が吠え猛り、1航艦の空母を犯さんとする不埒者に天誅を与えるべく3式弾を発射した。


 3式弾によって撃墜または撃退できた機体は丁度10機であった。残りの機体は一斉に散開し、そのほとんどが「蒼龍」に機首を向けていた。


 「比叡」「霧島」の主砲が沈黙し、入れ替わりに第8戦隊「利根」「筑摩」、第1水雷戦隊「阿武隈」、駆逐艦9隻が一斉に砲門を開いた。


 「蒼龍」も高角砲を振りかざし応戦する。飛行甲板両縁に装備されている12.7センチ連装高角砲6基12門が砲弾を吐き出し始め、砲声が艦橋にも聞こえてきた。


 上空から轟音が聞こえてきた。B25が「蒼龍」に500ポンド爆弾を叩きつけるべく絶好の投下点を占位しようとしているのだろう。


 高角砲弾の炸裂によって1機のB25がバランスを崩し落伍した直後、柳本は航海室に「取り舵」を命じた。


 約30秒後、「蒼龍」の艦首が左に振られるのと、B25から爆弾が投下されたタイミングはほぼ同時であった。


 急速転回する「蒼龍」の姿は艦名の由来となった「蒼い龍」そのものであり、その「蒼い龍」の右舷側に最初の1発が着弾した。


 巨大な水柱が奔騰し、大量の土を含んだ海水が「蒼龍」の飛行甲板に叩きつけられた。


 仰天した乗員が数名海水にさらわれてしまったが、彼らを助ける術など存在するはずもなく、500ポンド爆弾の着弾は続いた。


 「蒼龍」の前方、左舷側、後方、もっとも際どい所だと艦尾スレスレに着弾し、水中爆発の衝撃が「蒼龍」の艦底部を痛めつけ、そこから浸水が始まった。


「機関長より艦長。艦内各所より軽微な浸水発生! 早急に対処します!」


「了解!」


 「蒼龍」機関長山口翔也中佐が報告し、柳本は短く返答した。


 柳本は気が休まるタイミングがなかった。最初のB25群の投弾は直撃弾0で凌ぎきる事が出来たが、まだ投弾を終えていないB25が大半なのだ。


 少し遅れて「蒼龍」の上空にやってきたB25が次々の投弾して離脱してゆく。


 B25などが行う艦船を目標とした高空からの水平爆撃は、命中率が極めて低く、「まさか」といった確率でしか命中しないものであったが、この瞬間に限ってはその「まさか」が起こってしまった。


 「蒼龍」の飛行甲板前部に黒い塊が吸い込まれた――柳本がそう認識した直後、飛行甲板が風船のように盛り上がり、そして弾けた。


 爆弾は格納庫内で炸裂したらしく、艦内から濛々たる黒煙が噴き出してきた。


 そして、「蒼龍」の被弾は1発だけではなかった。


 艦橋直下、飛行甲板後部にも1発ずつが命中し、飛行甲板に計3つの大穴が穿たれた。


 ここでやっとB25は全機が投弾を終えたらしく「蒼龍」から遠ざかりつつあったが、「蒼龍」の下腹に魚雷を叩き込むべく20機前後のA20「ハボック」が「蒼龍」を肉迫にしてきていた。


「舵、そのまま!」


 再度の転舵は間に合わぬと感じた柳本は、航海室に転舵を命じることはなく、高角砲の砲撃音だけではなく、機銃の連射音も聞こえてきた。


 2機のA20のコックピットに立て続けに25ミリ弾が命中した。砕けた風防ガラスが空中にばらまかれ、操縦者を失った機体が海面へと滑り込み、荒波に飲み込まれていった。


 A20の胴体下から次々に細長い塊が投下され、投雷を終えたA20は一目散に離脱していった。


「雷跡7、左舷より向かって来ます!」


「雷跡9、右舷より向かって来ます!」


 報告が相次いで上がり、白い雷跡が「蒼龍」を挟撃するように迫ってきた。


 25ミリ連装機銃が海面への掃射を開始する。機銃弾を魚雷の弾頭に命中させて誘爆させてしまおうという考えであった。


 水中から3本の水柱が噴き上がり、3本の魚雷の破壊に成功したが、残る魚雷の内、まず1本が「蒼龍」を捉えた。


「当たった――!!!」


 艦橋内にいた誰かが世紀末を思わせる絶叫を発した直後、白い雷跡が「蒼龍」の下腹に潜り込み、突き上げるような衝撃が襲ってきた。


 柳本は床に叩きつけられ、金属的な破壊音が聞こえてきた。


 柳本とは違い辛うじて転倒を回避した者もいたようであったが、続く2本目の魚雷命中時の衝撃によってその者達も全員が壁か床のどちらかに叩きつけられた。


 それ以上の被雷はなく、応急指揮官を務めている副長が既に復旧作業の指示を艦内各所に飛ばしていた。


 爆弾3発、魚雷2本を喰らった「蒼龍」がフィリピン近海から離脱し、内地に帰還できるかどうかはまだ分からなかった。






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