第26話 フィリピン航空戦③

1941年11月22日


 アメリカ陸軍機が第1航空艦隊の上空に殺到してきたのは、空母6隻が第1次攻撃隊の収容を完了した20分後であった。


「敵大編隊接近中! 機数50機以上!」


 見張り長からの報告が飛び込み、防空指揮所に陣を張っていた「加賀」艦長岡田次作大佐は反射的に上空を睨み付けた。


 1航艦の直衛に就いている零戦隊とP40「ウォーフォーク」が渡り合っている後方から多数の機影が見えてきた。機体が双発であることからアメリカ陸軍の双発爆撃機B25「ミッチェル」かA20「ハボック」でまず間違いないだろう。


「対空戦闘用意!」


 岡田は大音声で艦内各所に命じ、直前までどこか弛緩していた「加賀」艦内の雰囲気が一瞬にして引き締まった。


 高角砲員、機銃座員が次々に持ち場に就き、分隊長の命令と分隊員の復唱が各所から聞こえてくる。


「零戦敵編隊に取り付きました! 1機撃墜! また1機撃墜!」


 見張り員が零戦隊の勇姿を報告するたびに、手空きの乗員は拳を突き上げ、それに答えるかのように零戦隊は更に3機の敵双発機を撃墜して見せた。


「敵2隊に分離しました! 本艦と『赤城』が狙われている模様です!」


「本艦と『赤城』か!」


 岡田は叫んだ。「赤城」「加賀」は米国の「レキシントン」「サラトガ」と合わせて「世界のビッグ4」と呼ばれるほどの大物であり、敵機の興味もそれだけ他の空母よりも引きつけやすかったのだろう。


 最初に発砲したのは第3戦隊の戦艦「比叡」だった。4基8門の36センチ主砲から褐色の砲煙が立ちのぼり、巨弾が敵編隊の直中へと飛翔していった。


「3式弾の初お披露目か」


 「比叡」の様子を見ていた岡田は呟いた。このフィリピン攻略戦の直前、第3戦隊の戦艦2隻は「3式弾」と呼ばれる対空・対地用の砲弾を受領していた事は岡田も知るところであり、その3式弾がたった今、実践で使われたのだ。


 30秒ほどが経過したとき、敵編隊を包み込むように8カ所から巨大な爆炎が湧き出した。


 その内1発は敵編隊の近くで炸裂したのだろう、1機のA20が瞬時に完全消滅し、2機のB25が翼を叩き折られて高度を落としていった。


 3式弾の威力に驚いたのか、敵編隊の機体間隔が急速に広がり始めた。こうなっては3式弾の効力は期待できず、「比叡」「霧島」の主砲は沈黙し、その代わりに高角砲群が一斉に射撃を開始した。


 高角砲弾が次々に炸裂する中、A20が徐々に高度を落としてきた。B25が爆撃を担当し、A20が雷撃を担当することによって「赤城」「加賀」を挟み撃ちにしてやろうという魂胆であろう。


「『赤城』取り舵!」


 新たな報告が上がってきた。


 「赤城」艦長長谷川喜一大佐は零戦隊と対空砲火のみでは敵機の完全阻止は不可能と考え、岡田よりも早めに転舵を命じたのだろう。


 30ノットの速力で驀進していた「赤城」の巨体が左に振られ、その飛行甲板両縁から火箭が噴き伸びる。


 多数の高角砲、機銃座から放たれた砲弾、機銃弾がA20に殺到し、全機撃墜も可能ではないかと思わせるような光景であったが、帝国海軍諸艦艇から放たれる対空砲火は悲しい程までに当たらなかった。


 爆風によってよろめく機体はあっても、墜落する機体はなく、A20は見る見る内に「赤城」との距離を詰めつつあった。


「A20、『赤城』に投雷!」


「かわせぇ――!!!」


 艦橋内の誰かが叫び、その願いは神様に通じたようだった。


 白い雷跡が「赤城」に迫り、前後左右を通過していったが、「赤城」の舷側に魚雷命中時に立ちのぼる水柱が奔騰することはなかった。「赤城」の対空砲火は敵機を撃墜することはできなくとも、敵機の照準を狂わせる効果はあったのだろう。


 次は「加賀」の番だった。遙か高空からB25が500ポンドクラスと思われる爆弾をばらまき、A20が低空から「加賀」に接近してきていた。


「艦長より砲術。砲撃始め!」


「砲撃始め、宜候!」


 岡田は砲術長に下令し、復唱が返ってくるやいなや、けたたましい音と共に、「加賀」に装備されている12.7センチ連装高角砲8基16門、25ミリ連装機銃11基22丁が一斉に射撃を開始する。


 「加賀」の対空射撃には有効弾が生じたようであり、1機のA20が被弾し海面に叩きつけられたが、残りのB25、A20は全機が投弾、投雷していった。


「航海、面舵!」


 岡田は転舵を命じ、数十秒後、「加賀」の艦首が右に振られた。


「魚雷は当たらん!」


 岡田は確信した。「加賀」の転舵によって、投下された魚雷の大半は明後日の方向に突き進むこととなり、残りの魚雷も「加賀」から距離があり、とても命中しそうになかった。


「雷跡、全て消失しました!」


 岡田は息を吐き出し安堵した。「赤城」と「加賀」は襲いかかってきたB25、A20から放たれた爆弾、魚雷を全て回避することに成功したのだ。


 だが、この時、第2航空戦隊旗艦「蒼龍」に新たな脅威が迫ってきていたことに気づいていた者は岡田を含めて誰もいなかったのだった・・・







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