第14話 イギリス艦隊急襲④
1941年11月20日
「サラトガ」は破局を迎えようとしていた。
突如としてTF3の面前に出現したイギリス艦隊に対し、護衛の巡洋艦、駆逐艦が阻止を試みたがあっさり蹴散らされた。
既に何隻かの敵艦は砲撃の照準を「サラトガ」に定めているようであり、周囲に水柱が奔騰し始めていた。
「サラトガ」は懸命の逃走を試みていたが、ボーファイターの雷撃によって魚雷2本を撃ち込まれた艦体は3000トン以上の海水を飲み込んでしまっており、出し得る速力は19ノットが精一杯であった。
「不味い、不味い、不味い、不味い・・・」
「サラトガ」の第7機銃座に配置されていたグラント・オーエンス3等兵曹は敵艦から断続的に砲弾を撃ち込まれているこの状況に、精神がおかしくなりそうになっていた。
砲弾の飛翔音が再び轟き始め、それが極大まで増幅したとき、長大な水柱が「サラトガ」の左舷側に噴き上がった。
「戦艦だ・・・」
オーエンスは呟いた。今の水柱はこれまでのそれとは高さ、太さ共に別次元であり、オーエンスの故郷であるニューヨーク州のナイアガラ瀑布さもありなんのように感じられた。
「サラトガ」の艦首が左に振られた。
ずっと直進していては仕方がないということで、チャールズ・キルマー艦長が転舵を命じていたのだろう。
上官が振り落とされないように指示を飛ばしていたが、言われるまでもなくオーエンスは振り回されないように機銃座にしがみついていた。
「TF1は来てくれないのか!」
誰かが叫んだ。TF1は戦艦6隻を中核としている部隊であり、今の「サラトガ」の窮地を救うことができるのは確かにこの部隊しかなかった。
「サラトガ」の転舵によって照準を狂わされたのか、敵艦が一斉に沈黙するが、ほどなくして砲撃が再開される。
「無理だ・・・」
オーエンスが絶望の呻きを発した直後、最初の直撃弾が「サラトガ」を襲った。
飛行甲板のど真ん中――空母としては一番当たって欲しくない場所に爆炎が躍り、多量の黒煙が濛々と噴き上がり始めた。
命中した砲弾は5インチ砲弾らしく、格納庫にまで被害を及ぼすことがなかったが、続けざまに4発の5インチ砲弾が「サラトガ」に命中した。
命中弾が出る度に艦体が揺さぶられ、再び照準を狂わせるべく「サラトガ」は転舵しようとしたが、その前に巡洋艦から放たれた砲弾が1発「サラトガ」に命中した。
砲弾は狙い澄ましたように「サラトガ」の艦底部スレスレの舷側に命中し、缶室内で炸裂した。艦の動力を生み出している缶の内、2基が一瞬にして停止し、応急処置によってくい止めていた浸水が再び始まった。
この瞬間、オーエンスは確信した。「サラトガ」は助からないのだと。「レキシントン」、帝国海軍の「アカギ」「カガ」と並んで世界のビッグ4に数えられた栄光の空母は僅か1戦を持って沈められる運命なのだと。
オーエンスが腰を上げ飛行甲板を見渡してみると、他の機銃座や高角砲座から次々に人が出てきていた。彼らもオーエンス同様「サラトガ」が持たないと感じ、直ぐにでも艦から退避できるように準備を始めているのだろう。
艦内放送で、「総員退艦準備」が発令された。チャールズ艦長も艦に見切りを付けようとしているのだった。
上官の指示で、オーエンスは機銃座から飛び出し、ライフジャケットを着込んだ。
艦内からも続々と人が出てくる。腕や足に傷を負っている者は決して少ない数ではなく、大量の煙を吸ってしまったのか、飛行甲板に出てくるなりその場で倒れてしまう者すらいる始末であった。
こうしている間にも「サラトガ」は被弾し続け、飛行甲板の前4分の1が軋むような音を立て海面へと落下した。
だが、次の強烈な飛翔音が聞こえてきた瞬間、オーエンスは違和感を感じた。
飛翔音が後方からではなく、「サラトガ」が逃走している方向、即ち前方から聞こえてきたのだ。
「来た――――!?」
オーエンスが何とも間抜けな声を上げ、他にも異変を感じた者がいたのだろう、絶望に覆い尽くされていた「サラトガ」の飛行甲板各所で歓声が大爆発した。
オーエンスの目におびただしい数の艦影が飛び込んできた。
塔状のすっきりとした艦橋を持つ新鋭戦艦、長く合衆国海軍の象徴として国民に親しまれてきたコロラド級戦艦。
イギリス軍も異変を察知したのだろう、駆逐艦、巡洋艦が次々に転舵し「サラトガ」から急速に距離を取り始める。
その駆逐艦、巡洋艦に追い打ちをかけるようにして巨弾が飛翔し、直撃弾を受けた駆逐艦1隻が閃光を発し轟沈した。
「助かったようだな」
オーエンスは笑いながら呟いた。先程まで「サラトガ」は沈没するものとばかり思っていたが、最後の最後でこの艦にはツキが残っていたようだった。
TF1の艦艇が次々に「サラトガ」を横切ってくる。
「艦長より全乗員! 総員退艦の必要なし! TF1が救援に駆けつけてくれたぞ!」
チャールズ艦長の歓声混じりの声が艦内放送によって届けられ、緊張の糸が切れたオーエンスはその場にへたり込んだのだった。
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