第10話 ボーファイター猛然③

1941年11月20日


 この時、TF3随一の対空火力を持つ新型軽巡「アトランタ」は対空戦闘にたけなわになっていた。


「『サラトガ』被雷! 火災発生!」


「ボーファイター来ます! 右30度、機数10機以上!」


 この2つの報告が「アトランタ」の艦橋に上がり、ダニエル・J・キャラハン艦長は「サラトガ」の被雷に一切の関心を示さず、新たな敵機に全神経を集中していた。


「『ルイビル』射撃開始! 第39駆逐隊続けて射撃開始!」


 輪形陣の外郭を固めているノーザプトン級重巡「ルイビル」、シムス級駆逐艦が真っ先に対空射撃を開始した。


 輪形陣の頭上に褐色の砲煙が次々に沸き立ち、ボーファイターの周囲に多数の弾片がばらまかれる。


 ボーファイター1機の胴体後部が吹き飛ばされ、エンジン部に被弾したボーファイターが空中をのたうつ。


 「サラトガ」を援護していた軽巡「バーミングハム」「セーラム」も新たな敵機に狙いを切り替える。5インチ砲弾が流星の勢いで炸裂し、更に1機のボーファイターがコックピットを粉砕され、力尽きたように海面に滑り込んだ。


「艦長より砲術長。射撃開始!」


「アイアイサー! 射撃開始!」


 頃合い良し――そう思ったキャラハンは砲術長に射撃開始を命じ、射撃指揮所から即座に復唱が返ってきた。


 直後、天を切り裂かんばかりの砲声が「アトランタ」の艦橋に響き、何人かが反射的に体をびりつかせた。


 「アトランタ」に装備されている5インチ砲連装8基16門の内、1番砲8門が第1射を放ったのだ。


 全長165.1メートル、全幅16.2メートル、基準排水量6000トンの艦体が砲撃の反動で揺さぶられ、それが収まる前に「アトランタ」は第2射を放った。


 「アトランタ」の対空射撃が1機撃墜の戦果を挙げたのと、「アトランタ」が第4射を放ったのがほぼ同時であった。


 キャラハンは空中を見渡した。ボーファイターの数は順調に減りつつあり、TF3の護衛艦の対空射撃は一層盛んになっていた。


「ボーファイター本艦に来ます!」


 「アトランタ」の対空砲火の激しさを脅威と感じたボーファイターが「アトランタ」を叩くべく、機首を「アトランタ」に向けてきた。


 恐らく雷撃機型のボーファイターではなく、先程2隻の駆逐艦を無力化した戦闘機型のボーファイターであろう。


 砲術長が機銃群に射撃開始を命じたのだろう。28ミリ機銃、エリコン20ミリ機銃座から火箭が噴き上がり始めた。


 ボーファイター1機に数条の火箭が吸い込まれ、ぐらつく。


 キャラハンは撃墜を期待したが、ボーファイターは墜落せず、「アトランタ」との距離を目一杯詰めてきた。


「甲板上の人員は伏せろ!」


 キャラハンは艦内放送用のマイクで叫び、自らもそのヘルメットをかぶり、その場に伏せた。


 ボーファイターの機首、両翼に火箭が閃き、2種類の機銃弾が「アトランタ」に殺到してきた。


 5インチ砲弾の防楯に命中した20ミリ弾は、それを難なく刺し貫き、砲員の体をズタズタに引き裂く。


 20ミリ機銃座に命中した7.7ミリ弾は、機銃座を薙ぎ払い、機銃弾が次々に誘爆し始めた。

 

 「アトランタ」の対空砲火が減衰し始め、その直後、「レンジャー」が艦首を左に振った。


 「レンジャー」艦長アレキサンダー・ブラウ大佐は護衛の巡洋艦、駆逐艦の対空砲火だけでは全てのボーファイターを防ぎきる事が出来ぬと見て、早めの転舵を命じたのだろう。


 「レンジャー」の舷側にも発射炎が閃き、ボーファイターの行く手を阻まんとするが、「レンジャー」の対空砲火は貧弱だったため、これは無効となり、最初のボーファイターが投雷し離脱していった。


 キャラハンは「レンジャー」を凝視した。


 早めの転舵を行った「レンジャー」ではあったが、全ての魚雷を回避しきることはできなかった。


 最初の水柱は「レンジャー」の艦首付近に突き上がり、速力が急減したところで右舷後部に2本目の水柱が奔騰した。


 基準排水量14576トンの艦体が熱病の発作を起こしたように痙攣し、その場でうなだれたように停止した。


 被雷はその2本のみであったが、「レンジャー」の運命が旦夕に迫っていることは明らかであった。


 艦首に発生した火災は凄まじい勢いで中央部、そして後部を侵しつつあり、艦自体の喫水も徐々にではあるが、沈み込み始めた。


 右舷側の傾斜が激しくなりはじめ、バランスが取れなくなった「レンジャー」の乗員が次々に艦外に放り投げられる様が確認できる。


「終わったな・・・」


 キャラハンは脱力した様子で呟いた。防空軽巡として設計・建造された「アトランタ」の対空火力を持ってすればボーファイターなど1機残らず撃墜できると思っていたが、どうやらそれは思い違いであったようである。


「『レンジャー』総員退艦が命じられたようです!」


 見張り員からの報告が入ってきた。予想通り「レンジャー」は沈没確実の損害を被っているようであった。アレキサンダー艦長は復旧作業は無益と悟り、早めに艦に見切りを付ける事によって、1人でも多くの乗員を助ける方針に切り替えたのだろう。


 いつの間にかボーファイターはTF3の上空から飛び去っており、約1時間後、「レンジャー」は右舷側に倒れたのだった。





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