第9話 ボーファイター猛然②

1941年11月20日


 「レキシントン」「シカゴ」のレーダーが捉えたのは、ラバウル航空軍に所属する唯一の攻撃部隊である第40sqnのボーファイターであった。


 編成は偵察機型のボーファイターMk.XICが3機、戦闘機型のボーファイターMk.Vが24機、雷撃機型のボーファイターTFMk.Xが49機。


「あれが『スペード(イギリス航空軍が定めたTF3の符丁)』だ! 『ロキ』は離脱し、『トール』は『オーディン』の前方に展開せよ!」


 第40sqnの指揮官、ロアルド・ダール少佐は「ロキ」こと偵察隊と、「トール」こと戦闘機隊に命令を発した。


 艦隊上空の直衛についていたF4Fが接近してくる。突然のイギリス機の出現に混乱しているのか、数は少なかったが、戦闘機程俊敏に動けないボーファイターにとっては、少数機であっても強敵であった。


 「トール」のボーファイターが、一斉にエンジン・スロットルをフルに開いた。


 双発機のボーファイターは単発の戦闘機に比べて加速性能が劣るが、それでも搭乗しているパイロットは手練れ揃いであり、真っ正面から突っ込んでいった。


 彼我の距離が急速に詰まり、火箭が交錯した。


 F4F1機、ボーファイター2機が火を噴いた。


「『オーディン・リーダー』より全機へ。回避運動開始!」


 「トール」のボーファイターではF4Fを防ぎきれぬ――そう察したダールは「オーディン」のボーファイターにそう命令した。


 時速500キロで敵機動部隊に接近していたボーファイターの、太くずっしりとした機体が左右に振られ、F4Fから放たれた火箭が防弾ガラスすれすれを通過していった。


 機体の後方から小気味よい連射音が聞こえてくる。


 後方に座っている搭乗員が、胴体後部に取り付けられている7.7ミリ旋回機銃で懸命の反撃を行っているのだろう。


 ダール機に再びF4Fが迫ってきたが、それを辛うじて回避し、更に4機のボーファイターが撃墜されたところで何筋もの航跡がダールの視界に映った。


 20隻以上の巡洋艦、駆逐艦で輪形陣を構成し、その中心に4隻の空母が配置されている陣形だ。


 レキシントン級の空母1隻と、米海軍最古参空母の1隻「レンジャー」が手前を航行しているため、この2隻を集中攻撃するのが得策のようであった。


「『オーディン・リーダー』より全機へ。第1中隊、第2中隊、第3中隊目標『レキシントン級空母』、第4中隊、第5中隊目標『レンジャー』!」


 ダールは攻撃目標を素早く振り分け、その直後、海面から多数の発射炎が閃いた。


 黒煙が次々に湧きだし始め、ボーファイターの機体が爆風によって激しく揺さぶられる。


「『トール』も来ます!」


 ダールは命令していなかったが、F4Fと交戦することがなく、手持ち無沙汰になっていた一部の戦闘機型のボーファイターも輪形陣内部に目がけて突撃していた。


 機首に装備されている20ミリ機関砲4門、両翼に装備されている多数の7.7ミリ機銃を持って、敵の護衛艦の対空火力を封殺しようとしているのだろう。


 「トール」のボーファイターが「オーディン」のボーファイターを追い抜き、敵駆逐艦に殺到する。


 対空射撃によって2機のボーファイターが機首を潰され、海面に叩きつけられたが、残りのボーファイターが放った射弾は、輪形陣の入り口を塞いでいた2隻の駆逐艦に狙い過たず吸い込まれた。


 ボーファイターが1連射、2連射、3連射と機銃弾を撃ち込み、敵駆逐艦1隻は黒煙を噴き出しながら沈黙し、もう1隻も対空射撃の精度が著しく低下していた。


 ダールは出現した輪形陣の風穴に、僚機を誘導し、輪形陣の内部へと侵入した。


 被弾した駆逐艦2隻分の穴を埋めようと、他の巡洋艦、駆逐艦の対空砲火が一層激しくなり、ダールが直率している第1中隊のボーファイターが次々に被弾してゆく。


「頑張れ!」


 ダールはレシーバー越しに叫んだ。対空射撃という物理的な壁の前に、励ましの言葉などほとんど無意味ではあったが、ダールは叫ばずにはいられなかった。


「マルセル機墜落!」


「ジョナサン機墜落!」


 味方機の被弾・墜落報告が次々に飛び込んでくるが、ダールが率いる第1中隊はレキシントン級空母を肉迫にしていた。


 レキシントン級空母の特徴である艦橋と煙突が一体となった艦影が急拡大し、レキシントン級はボーファイターの雷撃を回避すべく、転舵を開始した。


 ダールは操縦桿を巧みに動かし、射点を調整した。


発射ゴー!!!」


 ダールは魚雷の投下レバーを引き、第1中隊の残存機も次々に投雷していった。


 第1中隊は犠牲を出しながらも投雷に成功したが、対空射撃が止むことはなく、四方八方から敵弾が飛んでくる。


 護衛艦艇がボーファイターを逃がさんと言わんばかりに射撃を継続しているのだ。


「第2中隊、第3中隊はどうなっている!?」


「第2中隊残存5機! 第3中隊の姿は対空射撃に阻まれて確認できません!」


「分かった!」


 ダールは頷き、ダール機は数発を被弾したものの、輪形陣の外に脱出することに成功した。


 海面が盛り上がり、レキシントン級空母の長大な艦体が突き上げられたのは次の瞬間だった。








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