第8話 ボーファイター猛然①
1941年11月20日
米太平洋艦隊第2任務部隊(TF2)、第3任務部隊(TF3)はこの日5回に渡り攻撃隊を発進させており、最後の攻撃隊がたった今帰還しようとしていた。
フランク・J・フレッチャー少将が率いるTF3に所属する4空母――「レキシントン」「サラトガ」「ワスプ」「レンジャー」は次々に舵を切り、損傷機や負傷している搭乗員を乗せた機体が我先にと飛行甲板に滑り込んでくる。
「サラトガ」の飛行甲板で事故が発生する。1機のアベンジャーが着艦した瞬間、片翼が折れ、バランスが崩れた機体が艦橋直下に設置されている機銃群に激突したのだ。
4空母の周囲では、TF3に配属されている20隻の駆逐艦の内、8隻が海面に落ちた航空機の中から搭乗員を助け出すべく救助活動を開始する。
30分後、今日の5次に渡る攻撃で攻撃隊が挙げた戦果と、被害の集計が出た。
「まず戦果を発表します。ラバウルにある5カ所の飛行場の内、破壊したのは『アップル』『オレンジ』『グレープ』の3カ所です」
「TF2、TF3合わせて5回攻撃隊を送り込み、破壊できた飛行場はたったの3カ所か・・・。それで被害は?」
TF3航空参謀ジェラルド・R・ジョンソン少佐の報告に対し、フレッチャーは落胆し、被害状況の説明を求めた。
「『レキシントン・エア・グループ』の出撃機数79機中、未帰還機31機。『サラトガ・エア・グループ』の出撃機数81機中、未帰還37機。『ワスプ・エア・グループ』の出撃機数60機中、未帰還23機。『レンジャー・エア・グループ』の出撃機数48機中、未帰還20機となっております」
「これらの数を総計しますとTF3からの総出撃機数268機中、未帰還機111機となります。帰還機の内、再出撃可能な機数は只今集計中です」
「新型艦攻『アベンジャー』を投入したのにも関わらず、未帰還率が異常に高いな・・・。原因はなんだ?」
フレッチャーが「レキシントン」艦橋内にいた幕僚達に問い、それに答えたのは首席参謀のフランク・ルーク中佐だった。
「1に彼我の戦闘機の性能差、2にラバウルに張り巡らされているレーダー網ですな」
「ハリケーン戦闘機はともかく、スピットファイアは武装・速力共に強化された最新型が配属されているようでした。最新型のスピットファイアはほぼ全ての面でF4Fを凌駕しているようであり、攻撃隊は苦戦を強いられたとの報告が攻撃隊指揮官より上げられていました」
「更にレーダー。攻撃隊は常に数に勝るハリケーン、スピットファイアに高度上の優位を占められていたようであり、迎撃がラバウルの手前から始まっていたことも考慮すると攻撃察知用のレーダーがラバウル全域に張り巡らされているのはまず間違いにでしょう」
ルークの指摘にフレッチャーは頷き、頭を抱えた。多数の艦上機パイロットを死なせてしまった自責の念がフレッチャーの中で激流のように渦まいているのかもしれなかった。
「まずいですな。これで作戦計画に狂いが生じる事は決定的です」
TF3参謀長ケネス・ウォルス大佐が壁に貼られた海図を見つめながら呟いた。
「
だが、5カ所の飛行場の内、2カ所を破壊し損ねたことによって作戦計画は早速つまずいたのだった。
「だが、今日中に新たな攻撃隊を発進させることはできぬぞ。ハルゼー少将が率いるTF2も同じような状況であろう」
フレッチャーは言った。進撃途中に激しい迎撃に晒されたことによって帰還機のパイロットは皆疲労困憊であろうし、TF2に所属する3空母「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」のパイロットも同じような状況だとフレッチャーは考えた。
「ならば、TF1に所属している6隻の戦艦の巨砲をもって・・・」
誰かがそう発言しようとした直後、レーダーマンから「新たな帰還機が接近してきているようです」との報告が入ってきた。
「何? まだ着艦していない機体があったのかね?」
フレッチャーは反射的に聞き返した。まだ帰還していない機体があったのかという思いよりも、まだ返ってきてくれる搭乗員がいるのかという喜びをにじませる声であった。
「多分交戦中に編隊とはぐれてしまい単機や小隊で帰還してきていたグループがあったのでしょう。『サラトガ』『レンジャー』が帰還機と近いので、2空母に着艦するように帰還機に促しましょう」
帰還機の姿は「レキシントン」の艦橋からも確認することができたが、程なくしてフレッチャーを始めとするTF3司令部の面々は眉をひそめ、そして驚愕した。
帰還機は最初は数機だけであったが、見る見る内にその機数が増え、優に50機を超えつつあったのだ。
「『シカゴ』より受信。『接近せる機体は双発機!!!』」
「司令官――!!!」
ルークが金切り声を上げ、フレッチャーは有らん限りの声で叫んだ。
「何が帰還機だ! ラバウルから発進した戦闘雷撃機の『ボーファイター』じゃないか!!!」
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