第4話 攻撃隊発進

1941年11月20日


 メジュロ環礁より出撃した米太平洋艦隊は4群に分かれて進撃し、11月20日の明け方にはニューブリテン島ラバウル北東200海里の海域まで進出していた。


 その内の1群――ウィリアム・ハルゼー少将が直率するTF2(第2任務部隊)は、ヨークタウン級空母「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」を基幹戦力とし、その護衛戦力として重巡「ノーザプトン」「チェスター」、軽巡「アトランタ」「ホノルル」、駆逐艦20隻を配している。


 3隻の空母の飛行甲板上に敷き並べられたF4F、ドーントレスは暖機運転を開始しており、20海里離れている海域に展開しているTF3(第3任務部隊)の「レキシントン」「サラトガ」「ワスプ」「レンジャー」も同様であろう。


 「ヨークタウン」「エンタープライズ」「ホーネット」から発進する第1次攻撃隊の機数はF4F48機、ドーントレス72機、合計120機であり、その後にも第2次攻撃隊、第3次攻撃隊が控えている。


「遂にこの瞬間がきたな。航空機と空母の栄光を戦史の1ページに刻み込むこの瞬間がな」


 暖気運転が始まった直後、飛行甲板に集まってきたパイロットを「ヨークタウン」の艦橋から見下ろしながら、ハルゼーは呟いた。


 ハルゼーは1934年に「サラトガ」艦長に就任した直後から航空機に急速に興味を持ち始めており、海軍の中で幅を効かせる大艦巨砲主義者に対し、早い段階から航空主兵思想を唱えていた第1人者だ。


「我が隊の近くに敵潜水艦が潜んでいるということはないか?」


「これまでに2回、我が隊のものではない不審な電波が確認されましたが、どの艦からも『レーダーに反応なし』との報告が上がってきています。まあ、油断は禁物ですが、過度に警戒しすぎることはないでしょう」


 TF2参謀長マイルズ・ブローニング大佐が答えた。


「パーフェクトだな。ここはラバウルから200海里離れている。我が方は敵に対し、一方的に攻撃を叩きつけ続ける事ができるという訳だ」


 出撃前に見たイギリス空軍の主力戦闘機の性能表を脳内に浮かべながら、ハルゼーは頷き、ブローニングもハルゼーが言わんとしていることを悟った。


 イギリス空軍の主力戦闘機であるスピットファイアやハリケーンといった機体は、航続距離400海里以下であり、絶対にTF2やTF3の頭上まで来ることができないのだ。


 もし、イギリス空軍が攻撃隊を発進させたとしても、戦闘機の護衛無しの裸の爆撃機の編隊がやってくるのみであり、艦隊防空用に残してある50機余りのF4Fによって片っ端から撃墜することが出来るだろう。


「ですが、流石に完全な奇襲を仕掛けることはできないでしょうな。イギリスはレーダーなどの電子機器の先進国であり、昨年のバトル・オブ・ブリテンでも、レーダーを用いて極めて有効な防空戦を展開したとの情報があります」


「大丈夫だ。ブローニングの言うとおり完全な奇襲は不可能だろうが、合衆国が誇るパイロットはイギリス空軍のそれに決して遅れを取らないはずだ。確実に作戦を成功させてくれると私は信じている」


「司令官、そろそろです」


 「ヨークタウン」艦長バックマラー大佐の落ち着いた声がハルゼーの耳に入った。ハルゼーがブローニングと話している間に、第1次攻撃隊の暖気運転は完了し、パイロットも機体に搭乗しており、後はハルゼーの命令を待つだけのようであった。


 30分後、完全に周囲が明るくなってきたのを確認したハルゼーは第1次攻撃隊の発進を命じた。


「面舵! 風に立て!」


 バックマラーが「ヨークタウン」を風上に突進させるべく転舵を命じ、程なくして基準排水量19800トンの巨躯を引っ張っている艦首が右に振られた。


「『ホーネット』面舵。風上に向かう模様!」


「『エンタープライズ』面舵。風上に向かう模様!」


「TF3より通信。『我、4空母より第1次攻撃隊の発進を開始する』との事です!」


 測的長と通信長がそれぞれ報告を上げ、「ヨークタウン」が急激に増速する。


 発艦速度に達し、艦橋にまで聞こえる大きな掛け声と共に、F4F1番機の輪止めが払われた。


 搭乗員がエンジン・スロットルを全開まで開き、いかにも鈍重そうなF4Fがまるでスケート選手のようになめらかに飛行甲板上を滑り出し始めた。


 1番機が飛行甲板の縁を蹴り、2番機、3番機が隊長機に遅れを取るなと言わんばかりに次々に発艦してゆく。


 16機のF4Fが全て発艦するまで5分足らずであり、ドーントレスの番が回ってきた。


 胴体下の収納部に1000ポンド爆弾を搭載しているドーントレスも1番機から順に発艦を開始し、発艦を失敗する機体がでることもなく、こちらも15分程度で全機が発艦していった。


 第1次攻撃隊全機の発艦を見届けたバックマラーは航海室に減速を命じ、格納庫内では早くも第2次攻撃隊の発進準備が始まっていた。


 TF2の上空で緊密な編隊形を組んだ第1次攻撃隊はラバウルに向かって進撃していったのだった。











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