第3話 深謀遠慮

1941年11月13日



 ハルゼーは話を続ける。


「TF2(第2任務部隊)、TF3(第3任務部隊)に所属する空母7隻の総搭載機数は常用機だけで600機丁度。ラバウルの英軍航空部隊の戦力が当初の倍の400機になっていたとしても十分に圧倒することができる」


「そして、ラバウルの制空権を握った後に、キンメル長官が直率するTF1(第1任務部隊)を繰り出して、ラバウルに配置されている英戦艦を一掃し、制海権を握り満を持して上陸部隊を上陸させりゃいいですよ」


 ハルゼーは一気に喋りきり、まさしくそうだと感じたキンメルは同意するように頷いた。


 潜水艦多数が音信不通になっているのは確かに不安要素ではあったが、音信不通になったからといって全艦が撃沈されたとは限らないし、もう既に作戦が動き始めようとしている以上、自分らしく堅実に作戦全般の監督に務めようと思った。


「・・・ですが、合衆国が英国・日本の2国に宣戦布告し、太平洋艦隊の主力のほとんどがラバウル攻略作戦につぎ込む以上、フィリピン、そしてマリアナ諸島のグアムあたりは陥落してしまうでしょうな」


 スミスは作戦室の壁に貼られている地図に視線を移した。


 合衆国・中国・オランダによる経済制裁(ACD包囲網)によって日本は苦しんでおり、合衆国から宣戦を布告した以上、蘭印資源地帯確保までの障壁となるフィリピンに日本陸海軍は殺到してくるはずである。


 フィリピンのアジア艦隊は巡洋艦以下の艦艇しか持たず、多数の正規空母、戦艦を保有する日本海軍には到底叶わない。


 開戦劈頭にフィリピン・グアムといった太平洋上の要衝を2つも失陥することをスミスは恐れているのだ。


「仕方があるまい。『ウェッジ』が発動された時点で、本国の作戦本部もそのような事態はある程度予測しているはずだ。仮に一時フィリピンとグアムを敵手に委ねることになったとしても、太平洋艦隊主力がラバウル攻略に成功すれば、いずれは取り返す事もできよう」


 キンメルはそう言い、会議の内容はより細かい部分への話へと移っていったのだった。



 ラバウルに配置されている戦艦は、英太平洋艦隊司令部が置かれているキング・ジョージ5世級戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」、フッド級巡洋戦艦「フッド」、ネルソン級戦艦「ネルソン」「ロドネー」、クイーン・エリザベス級戦艦「ウォースパイト」「バーラム」の6隻であり、巡洋艦、駆逐艦も60隻以上配置されている。


 これらの戦力は言うまでも無く、ラバウル5カ所の飛行場に展開している400機以上の戦闘機と100機以上の爆撃機と共にラバウル防衛戦の主力を担うことになるのだが、それらの艦艇が1隻、また1隻とラバウルの泊地から出港しつつあった。


 ラバウルに停泊している海軍部隊は「プリンス・オブ・ウェールズ」「フッド」を中心としたS部隊と、残りの戦艦4隻を中心としたT部隊に分けられており、最初に出港するのはT部隊の方だ。


「『ネルソン』『ロドネー』出港します!」


 「ウォースパイト」の艦橋に見張り員からの報告が上げられ、ヴィクター・クラッチレー艦長は航海室に「前進微速」を命じた。


 艦底部から重々しい振動が伝わり始め、基準排水量32468トンの巨躯を持つ「ウォースパイト」がゆっくりと動き始めた。


「まるで今しも戦場となるラバウルから一時的にでも逃げるような格好になって、空軍部隊に申し訳がないな」


 徐々に小さくなってゆくラバウルの泊地を見つめながらクラッチレーは呟いた。


 メジュロ環礁に潜んでいるスパイからもたらされた情報によって、メジュロ環礁に10隻以上の戦艦、空母が集結していること、米太平洋艦隊の攻略目標がこのラバウルであることを察知した英太平洋艦隊司令部の動きは非常に迅速であった。


 英太平洋艦隊司令部は航空戦の際に邪魔となるS、Tの両部隊をすぐさま出港させ、ラバウル北1000海里の海域に展開するように命じたのだ。


 航空戦は不得手の戦艦を始めとする艦艇をラバウルから遠ざけるといった英太平洋艦隊司令部の考えは、無論クラッチレーにも理解できるのだが、やはりこの命令で注目すべきなのは「北1000海里の海域に展開」という部分だろう。


 英国空軍の主力戦闘機は総じて400海里前後の航続距離しか持たないため、S、Tの両部隊は基地航空隊の援護を受けることが出来ない。更に、もしラバウルが敵戦艦の艦砲射撃を受けるといった事態に陥った場合でもS、Tの両部隊はラバウルに急行することが出来ず、ラバウルは敵戦艦の巨砲に思うがままに蹂躙されてしまう。


 どう考えても非合理な命令であったが、命令となっては是非もなく、S、Tの両部隊はラバウル北1000海里の地点を目指して進撃を開始しようとしているのだ。


 やがて、60隻以上停泊していた水上艦艇は最後の1隻が出港し、S、T両部隊はラバウル近海から綺麗さっぱりいなくなった。


 そして、この時クラッチレーは気づく由もなかったが、この命令には英太平洋艦隊司令部の深謀遠慮が含まれていたのだった・・・










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