第25話 守りの1日目 大空戦 零戦対F6F
1944年2月15日
TF38.1に所属する正規空母「ホーネット2」「ヨークタウン2」、軽空母「ベロー・ウッド」「バターン」から発進した第1次攻撃隊は、攻撃目標のモエン島(春島)に達する前に、多数の
「多いな」
「バターン」の戦闘機隊に所属しているドナルド・N・アルドリッチ少尉は、目の前に現れたジークの多さに目を細めた。ジークの数は優に100機を超えているようであり、第1次攻撃隊のF6F88機は数的劣勢であった。
第1次攻撃隊に課された任務は、トラック環礁に展開する敵戦闘機を1機でも多く撃墜し、第2次攻撃以降の道をこじ開ける事だ。任務達成のためには、この100機以上のジークを確実に片付ける必要があった。
「まあ、何とかなるか」
アルドリッチは小さく笑った。敵を過小評価するつもりは無かったが、F6Fがジークよりも性能面で勝っていることを理由に楽観的になっているのかもしれなかった。
この時点で第1次攻撃隊よりもジークの編隊の方が高度上の優位を占めていたため、88機のF6Fは「ヨークタウン2」戦闘機隊長セシル・E・ハリス中佐の機体を先頭に順次上昇を開始する。
彼我の距離が徐々に詰まり、最初の1連射を放ったのは向こう側であった。3年前の日米開戦以来数多の連合軍機を葬ってきた20ミリ機銃が火を噴き、躱し損ねた1機のF6Fが火焔に包まれた。
それが合図になったのだろう。両軍一斉に散開し、瞬く間に乱戦へと突入した。
アルドリッチは操縦桿を倒し、上官である「バターン」戦闘機隊第2小隊長のロバート・ハンソン中尉が操縦するF6Fの後ろをついていった。
このハンソンというパイロットは乱戦を嫌い、乱戦の外ではぐれた敵機を狙うクセがあり、この日もそのクセが出ていた。
まずハンソンが狙いを定めたのは、2機のジークの編隊であった。この2機のジークは乱戦場に突入する隙をうかがっていたようだが、ハンソン小隊の接近に気づき目標を切り替えてきた。
発砲はほぼ同時であった。ジーク1番機とハンソン機の両翼が真っ赤に染まり、その次の瞬間にはアルドリッチも発射把柄を握っている。
機銃発射の衝撃で照準環内に収めていたジークの姿が何重にもぶれた。射撃の機会は一瞬であり、アルドリッチには自機が放った機銃弾が命中したのかどうかすら分からなかった。
「小隊長より全機へ。ジーク1機撃墜! その調子だ!」
ハンソンの声が無線電話機のレシーバーを通じて聞こえてきた。第2小隊の誰が戦果を挙げたのかまでは不明であったが、ともかく第2小隊はチームで一丸となってジーク1機を撃墜することに成功したのだった。
僚機を撃墜されたジークが怒り狂ったように反転し、仲間の窮地を見た他のジークも第2小隊に向かって突進してきた。
ハンソン機も反転する。
ハンソンは反転してきたジークを撃墜し、残りのジークはF6Fの高速性能を持って振り切ろうと考えたのだろう。
アルドリッチは発射把柄を握った。12.7ミリブローニング機銃から赤い曳痕が噴き伸び、ジークの胴体に突き刺さった。ハンソン機から放たれた火箭もそのジークに命中していたようであり、多数の機銃弾を短期間の内に撃ち込まれたジークは大量の黒煙を噴き出しながら高度を落としていった。
「よし!」
アルドリッチは喜色をあらわにしたが、その時にはもう後ろから迫っていたジークの機銃の射程距離にハンソン機は捉えられていた。
ジークから放たれた赤い火箭はハンソン機のコックピットを容赦なく粉砕した。アルドリッチは短く絶叫し、気がついたときにはハンソン機はまるで幻であったかのようにアルドリッチの視界から消えていた。
そして立て続けに小隊の3番機も撃墜された。この機に搭乗していたのは若年パイロットであり、アルドリッチも成長を楽しみにしていたが、ジークは構うこと無くあっさりと撃墜していったのだ。
一瞬にして戦力が半減した第2小隊の指揮権を受け継ぐことになったアルドリッチは4番機を高度7000メートルの高空へと誘導した。上官であったハンソンの仇を取るべく、F6F得意の一撃離脱戦法によって更なる戦果を挙げようと考えたのだ。
高度7000メートルに達したところで、アルドリッチは操縦桿を前に倒した。F6Fの機首が押し下がり、狙いに定めたジークの機影が見る見る内に膨れ上がる。
そうはさせじと横から他のジークが仕掛けてきた。被弾の衝撃がコックピットに何回か伝わってきたが、F6Fの重装甲はアルドリッチの体をしっかりと守っていた。
ジークが慌てて降下するが、急降下速度はF6Fの方が優れており、アルドリッチ機から放たれた射弾は投網のようにジークに襲い掛かった。
ジークの両翼が吹っ飛び、墜落してゆく。アルドリッチは小隊長機の喪失に対して何とか一矢を報いる事に成功したのだった。
そして、この時には空戦は終結しつつあった。
第1次攻撃隊のF6Fは多数の犠牲を払いながらも、ジークの掃討を完全に成し遂げる事が出来なかった。アルドリッチの視界に映るだけでも40機以上のジークが乱戦場から離脱し、基地へと帰還しようとしていた。
「また来るぞ。日本軍」
そう言い残してアルドリッチも母艦である軽空母「バターン」に帰還すべく、機首を翻したのだった。
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