第4章 トラック沖海戦第2幕 守りの1日目
第24話 守りの1日目 新型偵察機「彩雲」
1944年2月10日
トラックに展開している第11航空艦隊は、ここのところ連日のように偵察機を飛ばしまくっており、今日もまた多数の偵察機が偵察のため出撃していた。
その内の1機――春島に展開している第101飛行戦隊に所属している新型偵察機「彩雲」1号機はトラックの南東方面を担当しており、操縦員兼機長は倉本伸也少尉だった。
「・・・今日も成果無しか。上層部の連中が言うように米軍がトラックに仕掛けてくるとしたら、こっちの方面が本命のはずなんだがな」
事前に予定されていた空域にまで進出した所で、倉本はあくびをしながら呟いた。倉本を始めとする3名の搭乗員が陸を離れてから既に3時間以上経過しており、連日の疲労もあってあくびが出てしまうのも仕方が無い事であった。
「機長。折り返し地点です」
偵察員の田端和宏上等飛行兵曹が報告した。
「おー分かった。どれどれ最後にひと確認しとくか」
そう言った倉本はどうせ何も見つからんだろうと思いながら周囲を見渡した。
「・・・ん!?」
異変が起こったのは次の瞬間であり、倉本は自分の目に何かが映ったような気がした。水平線の奥に何かが動いていたような気がしたのだ。
「田端、小林。何か見えたような気がした。もう少し奥まで脚を伸ばすぞ!」
「分かりました!」
「了解です!」
田端と電信員の小林龍之介1等飛行兵曹が即座に返事を返し、燃料計の残量も半分以上を指していた事から、倉本はエンジン・スロットルをフルに開いた。
時速500キロ程度で飛行していた彩雲の機体が急加速する。時速510キロ、時速530キロと速度計が回り、零戦の最新型が発揮する時速560キロ台をも突破する。
「流石は、海軍最速の機体だな」
最終的に時速652キロを指した速度計を見て、倉本は満足そうに呟いた。彩雲は「少しの差が致命的な事態をもたらす航空戦において、より早く敵を見つけるための機体」というコンセプトで設計された機体であり、その前評判を裏切らない速度性能であった。
やがて、倉本が感じた「異変」の正体が判明した。
まず、海面に白い航跡が確認できた。最初は1本だけであったが、徐々にその数は増えてゆき、最終的に倉本は10本以上の航跡を見つけていた。
「機長!」
「ああ当たりだよ! 大当たりだ!!!」
田端が目を見開き、倉本は叫んだ。遂に1ヶ月以上探し回っていた敵艦隊の航跡を発見したのだ。この航跡を追っていけば、敵艦隊そのものに辿り着くことは言うまでも無かった。
自然と操縦桿を握る手に力が入り、遂に倉本機は敵艦隊を捕捉することに成功した。
空母はデカい奴が1隻、それよりも小ぶりな奴が1隻。2隻の空母の周囲を20隻前後の巡洋艦・駆逐艦が固めており、2隻の空母の飛行甲板からはF6F、ヘルダイバー、アベンジャーといった機体が発艦している最中であった。
「小林、司令部に打電だ。『我、敵艦隊発見。位置、トラックより方位102度、200海里。敵艦隊は空母2隻を伴う』とな!」
倉本は小林に司令部にこの情報を伝えるべく打電を命じた。
「了解! 『我、敵艦隊発見。位置、トラックより方位102度、200海里。敵艦隊は空母2隻を伴う』打電します!」
小林が復唱を返したが、恐らく倉本機の存在に気がついたのだろう、直衛に当たっていたF6Fが倉本機目がけて猛速で突っ込んできた。
「ヘルキャットか!」
倉本は1943年から徐々に前線に姿を現し始めた米海軍の主力艦上戦闘機の名を呼んだ。この戦いでは、敵空母の戦闘機は全てがF6Fで固められているはずであり、俊足を誇る彩雲と言えども油断することは出来なかった。
倉本は正面突破を選択した。彩雲は高速性能と引き換えに旋回性能、格闘性能を犠牲にしており、これ以外の選択肢は考えられなかった。
彼我の距離が一気に詰まり、F6Fの両翼から火焔がほとばしった。青白い曳痕が奔流となって彩雲を飲み込まんと殺到してくる。
倉本は操縦桿を右に倒した。電信員席では小林がこの状況下で必死に電信板のキーを叩いており、もう少しで打電が完了しそうであった。
F6Fから放たれた12.7ミリ弾はほぼ全て彩雲の下腹を通過いていった。それでも1、2発は機体に命中したようであったが、幸い致命傷になるような事は無かった。
「打電完了!」
小林が報告し、彩雲を仕留め損なったF6Fが機体を翻す様子がバックミラー越しに見えたが、ここまでこれば彩雲の独壇場であった。
F6Fは懸命に彩雲の機体を追跡しているようだが、彼我の距離はどんどん開いてゆく。やがてF6Fは追跡を諦めたのだろう、離脱していった。
「よぉし!」
田端が拳を握りしめ、倉本は小林にもう1文打電するように命じた。
「小林、決戦前の景気づけに司令部に打電してやれ! 『我に追いつくグラマン無し』となぁ!!!」
同じ頃、他の空域を担当していた彩雲も次々に敵艦隊の発見に成功していた。第11航空艦隊司令部はこれを米艦隊来襲と断定し、膝下の航空部隊全隊に迎撃準備を命じたのだった。
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