第22話 決戦構想 清藤雅という男

1944年1月11日


 軍令部の会議から1週間後、南雲はある人物に会うべく、台湾の基隆キールンを訪れていた。


「おお、久しぶりだな南雲」


「雅さん。お久しぶりです」


 事前に言い渡されていた建物の中に入ると、台湾の基隆に本社を構える造船会社「清藤造船」社長清藤雅が南雲の事を快く迎い入れた。


 清藤造船は、他ならぬ超空母「大和」「武蔵」の誕生に技術者、工員の大量派遣という形で大きく関わった会社であり、南雲とは南太平洋海戦後からの付き合いである。ちなみにトラック環礁に展開している陸軍飛行第5戦隊で、「屠龍」の搭乗員を務めている清藤龍虎飛曹長は雅の1人息子であった(第19話参照)。


「・・・で、トラック環礁に火が付きそうだが、状況はどうなっている?」


 余計な前置きを一切置かず、雅は本題に切り込んだ。無論、軍令部次長として多忙な南雲もそのつもりでやってきており、望む所であった。


「軍令部及びGF司令部では、基地航空隊と機動部隊の2本柱で米艦隊に対抗する方針で一致しています」


「まあ、そうだろうな。それ以外に取れる選択肢はあるまい」


 雅はウーロン茶を飲みながら頷いた。


「だが、機動部隊の訓練状況はひどいモンだろ。タウィタウィ泊地(第3、第4艦隊の訓練場所)に視察にいったウチの社員の話によると、着艦事故が多発しているようじゃないか。『翔鶴』と『千代田』の飛行甲板がそれでダメージを負ったとか」


 雅はそこの所はどうなんだと南雲に確認を求めた。事実あるため、南雲は黙って頷き、雅は話を続けた。


「それだけでなく、新造艦の訓練も問題だな。乗員2500名の『武蔵』には本来半年以上は十分な訓練を施すべきだが、あれ確かまだ訓練開始から4ヶ月とかだっただろ?」


「他にも『大鳳』や『千歳』の訓練状況も不安だが。清藤造船の社長としてはあの4隻の事が気がかりだな」


 雅が言った「あの4隻」とは、第4艦隊に配属されている4隻の防空巡洋艦「台北」「台中」「台南」「基隆」の事である。この4隻はいずれも清藤造船の造船所で設計・建造されており、雅にとっても思い入れの深い艦であった。


「第2防空戦隊の『台北』『台中』『台南』『基隆』ですか。第2防空戦隊の訓練状況を把握している訳ではありませんが、御社が派遣してくれた社員が練度向上に大きく貢献しているという噂は聞いたことがあります」


「なら結構」


 雅は持っていたコップをテーブルに置き、雅は建物の外に出て行く。南雲は雅の後ろについて行き、雅が向かった先は基隆の軍港だった。


 不意にどこからかブザーが鳴り響き、10隻前後と思われる輸送船団が入港してきた。


「・・・だが、お前達軍令部は他にも考えなきゃいかん事があるぞ」


 そう言った雅は輸送船団を指さした。


「あの輸送船団はシンガポールを輸送船16隻、護衛駆逐艦4隻で出港したんだ。だが、今ここにいるのは輸送船が12隻、護衛駆逐艦が3隻だ。どういう事か分かるか?」


「・・・米軍の潜水艦に撃沈されたという事ですか」


「そうだ。1943年の後半から、敵潜水艦による被害が急増している。このままだと日本の輸送能力はどんどん失われてゆくぞ」


 雅の指摘に、南雲は自分達の思考外の事を突かれた気分になった。永野や南雲を始めとする軍令部はトラック決戦の事でかかりっきりになっていたが、戦争が長期戦に突入した今、この問題は避けて通る事は出来なかった。


「雅社長には何か案がありますか?」


「海上護衛総隊っていう護衛を専門にした部隊があっただろ。そこの戦力を強化すべきだ」


 海上護衛総隊とは、1943年11月1日に設立された海上護衛を専門とする部隊の事だ。4隻の護衛空母や多数の戦時急造型の駆逐艦、海防艦が配備されており、南雲もそれで十分だと考えていたが・・・


「今の海上護衛総隊では質も数も足りていない。もっと対潜迫撃砲や電探を装備した艦を配置しなければならん。出来れば、もっとデカい空母を海上護衛総隊に配属出来ると良いんだが・・・」


「正規空母を艦隊護衛に使うのですか!?」


 雅の考えに南雲は仰天した。恐らく正規空母を輸送船団の護衛に用いる考え方は、帝国海軍広しといえども誰もいないはずであり、雅の思考の柔軟性が垣間見れた。


「そろそろ戦時急造空母の『雲龍』が竣工するはずだ。それに対潜警戒用の97艦攻を満載して輸送船団護衛に投入するってのはどうだ?」


「で、ですが、『雲龍』を始めとする雲龍型空母は空母機動部隊への編入が予定されている艦です。それを変更するというのはちょっと・・・」


「いや、そこはお前が何とかしろ。空母機動部隊に『雲龍』を配備するより、輸送船団護衛に『雲龍』を投入した方が、何倍も役に立つぞ」


「・・・い、いや」


 南雲の頭に妙案が浮かんだのはその時であった。


「・・・そういえば、『信濃』の建造状況はどうなっていますか?」


「『信濃』か? 竣工まであと7ヶ月といった所だ。つまり竣工は今年の8月だな」


 南雲は超空母の3番艦として建造が進められている「信濃」の建造状況を確認した。


「その竣工時期を雅社長のお力で3ヶ月程度早めて貰えませんか?」


「ほう。見返りは?」


 南雲の話に興味をそそられた雅は話の続きを促した。


「もし、『雲龍』の海上護衛への投入が認められた暁には、御社所属の輸送船が所属している輸送船団に優先的に『雲龍』を割り当てるというのは如何でしょう?」


「いい話だな。雲龍型の2番艦以降も輸送船団護衛に投入するならという条件付きならいいぞ」


「それで宜しくお願いします」


 南雲は雅に頭を下げたのだった。















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