第16話 第1次大西洋海戦 空中の混沌
1942年11月9日
「ベルリン」「ドナウ」から発進した第3次攻撃隊は、進撃の途中で米空母・英空母から発進した攻撃隊とすれ違った。
「ザクセンベルクより全機へ、右方注意。こちらから仕掛ける事は禁ず」
ゴットハルト・ザクセンベルク「ベルリン」戦闘機隊長は膝下全機のBf109Tに命じた。第3次攻撃隊に命じられている任務は敵機動部隊の撃滅であり、その任務に忠実であるべきだとザクセンベルクは考えたのだ。
敵編隊の動きに変化は無かった。F4F、ドーントレス、アベンジャーは整然たる隊列を組み、ザクセンベルクの視界の後ろに消えていった。
「何事もなさそうだな」
ザクセンベルクは息を吐き出し、そう呟いたが、異変が起きたのはその直後であった。
F4Fの一部が急に機首を翻し、こちら側に突撃してきたのだ。後続機からの緊急信でそれを知ったザクセンベルクは自身が直率する「ベルリン」戦闘機隊に迎撃を命じた。
「ドナウ」の戦闘機隊は定位置を保っている。こちらの戦闘機隊の戦力を2分する形になってしまっているが、この状況下では致し方なかった。
F4Fが高度上の優位を占めるために上昇を開始している。それを見たザクセンベルクはBf109Tのエンジン・スロットルをフルに開いた。
ダイムラー・ベンツDB601エンジンが高らかに咆哮し、機体が急上昇する。
上昇力はこちら側が勝っているようであり、ザクセンベルクは「ベルリン」戦闘機隊をF4Fの上方に誘導した。
ザクセンベルクは操縦桿を押し下げ、降下する。急上昇からの降下という忙しい動きであったが、ベテラン中のベテランであるザクセンベルクは既に照準環の環の中にF4Fを捉えていた。
高度5000、4800、4600と高度が下がり、高度計が4400を指した所で、ザクセンベルクは発射把柄を軽く握った。両翼に20ミリ弾、7.92ミリ弾発射の閃光が閃き、赤い奔流がF4Fに吸い込まれていった。
F4Fの頭上から降り注ぐことになった多数の機関砲弾、機銃弾は燃料タンクに命中した。火災煙がF4Fの機影を瞬く間に包み込み、火だるまとなって墜落していった。
新たなF4Fが2機、ザクセンベルク機目がけて突っ込んでくる。機体の尾部に3重線を引いているザクセンベルク機が隊長機であることを見抜いた敵機かもしれなかった。
F4Fの両翼から火焔が噴き伸びる直前、ザクセンベルクは操縦桿を左に倒した。Bf109Tの機体が左に捻られ、その真横をおびただしい量の火箭が通過していった。
だが、F4F2番機はザクセンベルク機の動きを見極めているようであり、ほぼ必中コースと思われる場所に機銃弾を撃ち込んできた。
並のパイロットならここで撃墜・昇天となるわけだが、ザクセンベルクは違った。機体を再び捻り、水平飛行に戻らない内にもう1度捻った。
蒼空が360度全方位スクリーンのように回転し、強烈なGから解放された時にはザクセンベルク機はF4F2番機の後方に付けていた。
何が起きたのか分からなかったのだろう。そのF4Fは機体機動を不規則に変更し離脱を試みていたが、ザクセンベルク機から放たれた20ミリ機関砲弾は、残酷な程の正確性でF4Fの右翼を貫いていた。
一説には、20ミリ機関砲弾の集中被弾時の衝撃というのは、戦車が激突した時の衝撃に匹敵すると言われており、流石に、丈夫で知られるF4Fも耐えることは出来なかった。
F4Fの右翼が付け根から折れ飛び、おびただしい破片が空中に飛び散った。片翼分の揚力を失ったF4Fはコマのように回転しながら墜落していった。
「これで2機か・・・」
ザクセンベルクは新たな敵機を探そうとしたが、不意に後方から殺気が伝わってきた。
ザクセンベルクは咄嗟に機体を急上昇させた。F4Fから放たれた機銃弾がザクセンベルク機の真下を通過し、完全にはかわしきれなかったのか、機体に何度か打撃音が響いた。
「当たったか!!!」
ザクセンベルクは己の不覚を呪うように罵声を放った。Bf109Tの速度が僅かに低下し、機体自体のバランスも崩れているようにザクセンベルクには感じられた。
「終わりだな。今日の所は」
無理押しは無用と判断したザクセンベルクは空戦戦場から離脱し、時を同じくして「ベルリン」戦闘機隊と銃火を交えていたF4Fが一斉に離脱を開始した。F4Fのパイロット達は自分から仕掛けてきたにも関わらず、この戦闘では何も得るものが無いということを悟ったのかもしれなかった。
ザクセンベルクは母艦に帰投するために第3次攻撃隊が離脱した。個人的には危険な輪形陣の中に飛び込んでいく雷撃機の援護を最後までしてやりたかったが、被弾によって機体の状況が思わしくないこの状況下では、この選択肢しかなかった。
第3次攻撃隊が、敵機動部隊を視界に収めたのは、ザクセンベルクが攻撃隊から離脱した1時間後の事であった・・・
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