第2章 守勢の第3帝国

第13話 守勢の第3帝国 重爆襲来

1942年11月7日


 「南太平洋海戦」後、太平洋の戦局は小休止に入った。しかし、それとは対照的に、欧州戦線では米英によるドイツへの戦略爆撃が激しさを増していた。


「第1レーダーサイトより第1飛行隊全機へ。約200機のB17がドイツ上空に侵入しつつあり、狙いはルール地方の模様」


 ドイツ空軍第54戦闘機航空団第1飛行隊に所属するルドルフ・ミュラー少尉の耳に、レーダーサイトからの通信が入ってきた。


「狙いはルール地方か」


 ミュラーは呟いた。


 ルール地方とは、ノルトライン=ヴェストファーレン州を流れるライン川右岸の支流であるルール川下流域に広がる大都市圏を指す。ここには、エッセン、オーバーハウゼン、ゲルゼンキルヒェン、デュースブルクといった工業都市が集中しており、正しくドイツ第3帝国の継戦能力の屋台骨を支える地方と言ってよかった。


 イギリス本土に展開する米軍は、そのルール地方に狙いを定めてきたのだ。敵ながらいいセンスだった。


 現在ミュラーが搭乗している機体はメッサーシュミットBf109Gであり、ドイツ空軍の主力戦闘機であった。最高時速は621キロであり、個人的にはドイツ空軍に数ある戦闘機の中で1番気に入っている機体だった。


 B17の大群が現れる。梯団は10隊であり、いずれの梯団も機体間隔を詰め、緊密な編隊を作っていた。


「全機かかれ! ルール地方を死守するぞ!」


 第1飛行隊長を務めるフランツ・アイゼナハ大尉の命令が、無線電話機のレシーバーに響いた。100機以上のBf109Gが一斉に散開し、ミュラーもエンジン・スロットルをフルに開いた。


 ダイムラー・ベンツDB605エンジンが高らかに咆哮し、Bf109Gの機体が急加速した。最初はごま粒ほどの大きさにしか見えなかったB17の機影が急拡大し、ミュラーは機銃の発射把柄を握った。


 20ミリ機関砲1門、13ミリ機関銃2丁――Bf109Gに装備されている火器が火を噴き、3条の火箭がB17の胴体に突き刺さった。


 ミュラーは自機の戦果を確認するような事はしなかった。B17のような重爆との戦いは、一撃離脱戦法が基本であり、射撃直後に振り向いて戦果を確認するような行為は禁忌であった。


「さあ、まだまだ!」


 ミュラーは声を出し、新たなB17に狙いを定めた。


 B17の胴体上部に閃光が走った。B17の機銃員がBf109Gを近寄らせまいと対空射撃を開始したのだ。1発、2発程度はミュラー機に命中したようであり、不気味な音が聞こえてきたが、ミュラーはそれに構うこと無く、機銃の発射把柄を握った。


 20ミリ機関砲、13ミリ機関銃が再び火を噴いた。放たれた機関砲弾・機銃弾は大半が無駄弾になったが、数発がB17のコックピットに命中した。一瞬にして正・副2人の操縦員を失ったB17は黒煙を噴き出すこともなく墜落していった。


 ミュラーが1機撃墜、1機撃破の戦果を挙げた時には、空中戦は既に乱戦の様相を呈している。


 全般的に前方を飛行しているB17よりも後方を飛行しているB17が集中的に狙われている。数多のBf109Gが、入れ替わり立ち替わり1連射を浴びせては離脱し、暫くしたらまた突っ込んでくるの繰り返しであった。


 無論、B17もただやられているだけではない。


 B17を肉迫にしようとしたBf109Gが数条の12.7ミリ機銃弾に貫かれる。機関砲弾が誘爆し、そのBf109Gは木っ端微塵になって消えていった。


 他にも数機のBf109GがB17によって撃墜されていた。


 だが、全体的には迎撃側が優勢だ。当初200機いたB17はその数を大きく撃ち減らしており、150機を大きく割り込んでいる。


 ミュラーはB17の先頭の梯団に機首を向けた。先頭の梯団に取り付いているBf109Gの機数は少数であり、ライバルが少ないと踏んだのだ。


 B17の真上に機体を付けたミュラーは操縦桿を右に倒した。Bf109Gが横転し、次いで機首がほぼ真下を向いた。エンジン・スロットルを開き、ほぼ垂直に降下する。


 B17の旋回機銃から火箭が噴き伸び、青白い火箭が奔流となってミュラー機に殺到するが、ミュラーはまるでBf109Gを自分の体の一部であるかのように操り、射弾のことごとくを躱した。


 照準器の環の中に収まっていたB17の機体がみるみるうちに膨れ上がり、一瞬しかない射撃機会がやってきた。


 20ミリ機関砲弾、13ミリ機関銃弾が放たれ、ミュラーはそれらがB17の右翼に吸い込まれていくのを見逃さなかった。


 B17の旋回機銃の射程距離内から脱した所で、ミュラーは前方の空を見上げ、「よし!」と拳を握りしめた。


 たった今、ミュラー機が攻撃を仕掛けたB17は右翼から盛大に黒煙を噴き出し、梯団から落伍しつつあった。ミュラーの経験から言ってこのB17が程なくして墜落するのは確定事項といって良かった。


 だが、先頭の梯団のB17が壊滅した訳ではなく、B17は程なくして先頭の梯団から順番に投弾を開始したのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――第2章は「守勢の第3帝国」です。地球の裏側で行われる米英VSドイツ第3帝国の戦いをお楽しみください。


霊凰より









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