第11話 南太平洋海戦 灼熱の「金剛」

1942年10月27日


 「愛宕」に「『金剛』大火災!」との報告が入った時点で、第3戦隊旗艦「金剛」は、既に2発の40センチ砲弾を被弾していた。


 命中箇所はどちらも第1主砲塔付近であり、第1主砲塔は既に砲身を吹き飛ばされ、砲撃不能に陥っていた。


 「金剛」は残った3基6門の主砲で第4斉射を放った。「金剛」「榛名」は既に敵戦艦に直撃弾を与え斉射に移行しており、敵戦艦には少なく見積もっても10発以上の36センチ砲弾が命中していた。


 敵戦艦は艦上数カ所から火災煙を噴き上げており、第2煙突が根元から倒壊していた。だが、3基の40センチ主砲は変わらず砲撃を続けており、速力も砲撃開始時点から殆ど変化していなかった。


(米軍の新鋭戦艦の防御力がこれほどまでとは・・・!!!)


 「金剛」の指揮を執りながら小柳冨次「金剛」艦長は舌を巻いていた。元々魚雷1本を喰らっているはずであり、36センチ砲弾を数発命中させればその時点で戦闘・航行不能に陥ると小柳は考えていたが、その見立ては甘すぎた。


 斉射の反動が収まった時、新たな敵弾の飛翔音が聞こえてきた。大気が揺らぎ、それが収まった時、衝撃が「金剛」を襲った。至近弾炸裂の衝撃も半端なものではなく、「金剛」の艦体が左右に揺さぶられる。


「第4主砲塔に直撃弾1! 砲塔大破!」


「了解。誘爆に注意しろ」


 砲術長加藤翔馬中佐の報告に、小柳は短く答えた。これで「金剛」は主砲火力の半分を喪失したが、小柳は焦慮や狼狽といった感情を決して表情に出すことはしなかった。


 「榛名」から放たれた第5斉射が着弾した。敵戦艦の周囲に水柱が林立し、直撃弾炸裂の閃光も確認できた。


 水柱が崩れ敵戦艦が姿を現す。「榛名」の第5斉射の内、間違いなく1発は敵戦艦を捉えたはずであったが、敵戦艦は何事も無かったかのように「金剛」目がけて新たな斉射を放った。


 「金剛」の第4斉射が着弾したが、命中弾を得られなかった。1度の斉射で放つ36センチ砲弾の数が減少したからに違いなく、ポーカーフェイスを保っていた小柳の顔が僅かに歪んだ。


 「金剛」は第5斉射を放った。先程の斉射よりも主砲の数が更に減少し、2基4門のみの砲撃であったが、発射の反動は相変わらず強烈であった。


 一瞬、小柳の視界が真っ赤に染まり、全長222メートル、全幅31.02メートル、基準排水量32200トンの艦体が震えた。


 斉射の反動と入れ替わるようにして、敵弾が飛来した。被弾の衝撃が何と3回も連続して聞こえ、金属的な破壊音が艦橋の前後から響いた。


 小柳は艦長席から転げ落ち、艦橋にいた他の幹部も何人かが艦橋の側壁に叩きつけられていた。


 痛みを堪えながら小柳が立ち上がった時、被害状況が入ってきた。


 今度は第3主砲塔がやられたとの事だった。失われた主砲塔はこれで3基であり、「金剛」はこれで主砲火力の大半を喪失したこととなった。


 敵戦艦にも直撃弾は出ている。「金剛」のおかげでノーストレスで砲戦を行っている「榛名」は射撃精度が上がり続けており、今度の斉射では8発中3発が敵戦艦を捉えていた。


 主要防御区画に命中した1発は弾き返されてしまったようだが、艦の後部に命中した2発はいずれも有効弾となったようであり、大量の黒い塵が敵戦艦の艦上から噴き上がった。


 そこに「金剛」の第5斉射弾が敵戦艦の艦上に飛び込んだ。今度は先程の不覚を挽回するかのように2発が命中し、細長い砲身と思われる物体が何本も千切れ飛ぶ瞬間を小柳は見逃さなかった。


「よし!」


 小柳は満足そうに呟いた。ここまで一方的に主砲火力を削ぎ落とされていた「金剛」であったが、一矢を報いる事が出来たのだ。


 だが、「金剛」の主砲塔が沈黙するときがやってきた。敵弾が残った第2主砲塔に命中し、砲塔が根元から完全に吹き飛ばされてしまったのだ。


「取り舵!」


 小柳は即座に転舵を命じ、戦闘からの離脱を命じた。元々「金剛」を始めとする追撃部隊は、第1航空戦隊「瑞鶴」「龍驤」、第2航空戦隊「大和」「隼鷹」から発進した攻撃隊が到着するまでの時間稼ぎの側面が強く、無理に敵戦艦の撃沈にこだわる必要がなかった。


 「金剛」が放った最後の斉射弾が着弾したが、小柳は興味を示すことすらしなかった。


 敵戦艦が逃がさじとばかりに新たな斉射を放ち、40センチ砲弾が追いすがってきたが、相対位置がずれたことで1発も「金剛」には命中しなかった。


 「金剛」と敵戦艦との距離がみるみるうちに開き、敵戦艦の艦長は「金剛」を追撃するのは不可能である事を悟ったのか、射撃目標を「榛名」へと切り替えていた。


 敵戦艦から放たれた40センチ砲弾が「榛名」へと飛翔するが、「榛名」もまた小刻みに転舵を繰り返しており、40センチ砲弾は空を切るばかりであった。


 そして、いつからか多数の航空機から発せられるエンジン音が砲戦の戦場に近づいてきた。「金剛」の艦上数カ所から歓声が上がり、小柳は第3戦隊司令長官の栗田健男少将と頷き合った。


 ここからは航空部隊の仕事だった。

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