第6話 南太平洋海戦 防空巡洋艦狼狽

1942年10月26日


 アトランタ級防空巡洋艦「サンディエゴ」艦長ベンジャミン・F・ペリー大佐にとってこの事態は完全に想定外であった。


 遡ること5分前、艦橋見張り員から「敵戦爆連合接近中。高度4000メートル、機数50機以上!」との報告を受けたとき、ペリーはてっきりその全てがTF17唯一の正規空母である「ホーネット」に向かうものとばかり考えていた。


 だが、現実には99艦爆(ヴァル)の編隊は4隊に分かれ、TF17の輪形陣のキーストーンを担っている4隻の巡洋艦に狙いを定めてきたのだ。しかも、「サンディエゴ」に向かって来たヴァルの機数が一番多いというオマケ付きであった。


「ウィリアム、射撃開始だ!」


「アイアイサー! 射撃開始!」


 ペリーが命令を発し、「サンディエゴ」砲術長ウィリアム・A・リアリー中佐が即座に復唱を返した。


 直後、「サンディエゴ」の前甲板に発射炎が閃き、強烈な砲声がペリーの耳を貫いた。


 「サンディエゴ」の艦橋よりも前方に配備されている4基8門の38口径5インチ砲弾が一斉に火を噴いたのだ。アトランタ級防空巡洋艦に採用されたこの砲の側車性能は抜群であり、ペリーの耳の感覚が戻る前に第2射を放っていた。


 「サンディエゴ」の周囲に展開しているフレッチャー級駆逐艦の何隻かが、「サンディエゴ」に対して援護射撃を開始する。無数の弾片が高空を飛翔し、ヴァル1番機がコックピットを粉砕され、機体のコントロールを失った。


「ヴァル1機撃墜!」


 見張り員が報告する。その報告の直後、更に1機のヴァルが黒煙を噴き出して投弾コースから消えていった。


 2機を失っても、ヴァルの編隊の統率が乱れる事はなかった。残りの機体が順次急降下に転じる。高角砲弾が追いすがるように炸裂し、今度は1番後ろに位置するヴァルが片翼をもぎ取られ、コマのように回転しながら墜落していった。


「面舵一杯!」


「アイアイサー! 面舵一杯!」


 対空砲火だけでは敵機を阻止できぬと見たペリーは、輪形陣の形が乱れてしまうことを承知で転舵を命じた。航海長から復唱が返され、全長165.1メートル、全幅16.2メートル、基準排水量6000トンの「サンディエゴ」の艦首が右に振られた。


 高角砲の砲撃音に、機銃の連射音が加わった。おびただしい火箭が噴き延び、ヴァルに殺到する。「サンディエゴ」に装備されている28ミリ4連装機銃4基16門、エリコン20ミリ機銃6門が対空砲火に加わったのだ。


 ヴァル1機が弾幕の中に突っ込み、機体のあらゆる場所を貫かれ、プロペラが吹き飛ばされた。そのヴァルは他のヴァルと空中激突し、棚ぼた的に2機撃墜の戦果となった。


 「サンディエゴ」の甲板は狂騒に包まれている。砲術員、機銃員は死に物狂いで発射把柄を握り、砲弾・機銃弾の運搬員は汗だくになって弾を運んでいた。


 だが、正しく死に物狂いの抵抗も、ヴァル全機を阻止するには至らない。残りのヴァルは投弾を終え、離脱していった。


 500ポンド爆弾の落下音が艦橋に響き、1発目が、「サンディエゴ」の左舷側に着弾した。大量の水柱が一塊となって奔騰し、崩れた海水が「サンディエゴ」の甲板に降り注いだ。


 海水の流れに巻き込まれた機銃員の絶叫が聞こえてきたが、その絶叫も直撃弾命中時の炸裂音にかき消された。


 命中した場所は第1高角砲天蓋だった。真っ赤な閃光が走り、それが収まった時には第1高角砲はブリキ細工のようにグシャリと潰されていた。


 直撃弾は1発だけではなかった。2発目がレーダーに直撃した。直撃の瞬間、レーダーサイトは即座にブラックアウトし、「サンディエゴ」の対空砲火の精度は著しく削がれてしまった。


 3発目は第7高角砲と、第8高角砲の中間位置に吸い込まれた。着弾時の衝撃によって、2基の高角砲の台座は大いに歪み、使用不能となった。


「第1高角砲大破!」


「レーダー完全破壊されました!」


「第7、第8高角砲射撃不能!」


 3つの報告が立て続けに艦橋に飛び込み、ペリーは唇を噛みしめた。


「旗艦『ホーネット』に信号! ・・・いや、意味ないか」


 ペリーは「サンディエゴ」の被害状況をTF17旗艦「ホーネット」に伝えようとしたが、それが意味の無い事だと悟った。「ホーネット」は先程の空襲によって爆弾3発、魚雷2本命中の損害を被っており、司令部も混乱の極地に叩き込まれているだろうと思ったためであった。


 それよりもダメージコントロールチームに適切な命令を下さねばならぬ――ペリーが胸中でそう思った時、「サンディエゴ」にとってはとなる4発目の直撃弾が命中した。


 弾着と同時に、これまでの被弾とは全く比較にならないほどの衝撃が「サンディエゴ」を襲い、ペリー以下の「サンディエゴ」の幹部乗員は全員が艦橋の側壁や床に叩きつけられた。


 耐えがたいほどの痛みに悶え、急速に薄れゆく意識の中でペリーは「サンディエゴ」を襲った災厄を悟り、「オーマイゴッド!」と叫んだ。


 直撃弾が、考えられる上で最も最悪の位置――533ミリ4連装魚雷発射管に直撃し、そこに装填してあった8本の魚雷が誘爆し、そのエネルギーによって「サンディエゴ」の後部4分の1が切断した瞬間であった。


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2023年9月16日 霊凰より




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