第7話 南太平洋海戦 尽き果てる力
1942年10月26日
TF17にとっての本日3回目の空襲が始まったのは、先程の空襲によってアトランタ級防空巡洋艦「サンディエゴ」が轟沈、同型の「ジュノー」、重巡「ペンサコラ」「ノーザンプトン」が大中破した30分後の事であった。
「97艦攻(ケイト)来ます! 30機以上!」
「F4F、零戦(ジーク)と空戦開始しました!」
TF17旗艦「ホーネット」の艦橋に、見張り員からの報告が挙げられた。TF17司令官のジョージ・D・マレー少将は目を細め、双眼鏡越しに空戦の戦場を観察していた。
「キツいな・・・」
マレーはそう感じていた。TF17上空に展開していたF4Fの機数は最初は30機以上を数えていたが、2度の迎撃戦の結果、その数は半分の15機以下にまで撃ち減らされていた。
F4Fはジークとの空戦に全機が拘束されているようであり、ケイトの編隊は一糸乱れることなくTF17との距離を縮めつつあった。
「取り舵一杯!」
「航海長より艦長。只今の状況で転舵しますと、浸水が一気に拡大する恐れがあります!」
「構わん! 魚雷の回避が最優先だ!」
「りょ、了解!」
「ホーネット」艦長マーク・ミッチャー大佐の命令に対し、航海長アーサー・ハリス中佐が被雷部の浸水拡大を懸念したが、それでもミッチャーは魚雷の回避を優先した。
だが、「ホーネット」の動きはミッチャーが動揺を隠せないほど鈍かった。第1次空襲で被雷した箇所から侵入した海水のトン数、そして水圧による抵抗力がミッチャーの想像よりも大きいのだろう。
「ホーネット」の対空火器が抵抗を試みる。第1次空襲で爆弾3発を喰らってなお生き残っていた5インチ単装砲、28ミリ機銃が射撃を開始する。
戦艦「サウスダコタ」が「ホーネット」とケイトの編隊の間に割り込んできた。「サウスダコタ」は40センチ主砲までもを対空射撃に動員しているようであり、その艦上は活火山の如く真っ赤に染まっていた。
ケイトが1機、2機と砕け散り、その度に機銃座から歓声が上がる。
まず、「ホーネット」の右舷側から迫ってきていたケイトが次々に投雷し、「ホーネット」を脇を掠めるようにして離脱していった。複数の雷跡が60ノットを超える超速力で迫ってくる。
「ホーネット」は10ノット前後の速力で艦首を左へ、左へと振った。魚雷に対して対向面積を最小にし、被雷確率をできる限り低いものにしようと試みる。
だが、「ホーネット」の動きは鈍い。
転舵が完了する前に、雷跡は次々に「ホーネット」の下腹に吸い込まれていった。
最初の衝撃は右舷側艦首付近から襲ってきた。
命中した魚雷は艦首の非装甲部を容易く喰い千切り、「ホーネット」の艦内で炸裂した。艦の前部で被雷に備えていたダメージ・コントロールチームの面々が衝撃によって吹き飛ばされ、流入した海水によって押し流された。
2本目は右舷側中央部に命中した。命中の瞬間、「ホーネット」の艦橋は巨人の手で持ち上げられたかのように浮かび上がり、それが収まった時、「ホーネット」は僅かに右舷側に傾いていた。
命中した魚雷は2本だけであり、残りの雷跡は「ホーネット」の左舷側へと消えていった。
「右舷艦首部に被雷1! 浸水拡大中! ダメージ・コントロールチームに被害多数!」
「右舷中央部に被雷1! 第1、第2缶室に浸水の予兆あり!」
悲痛な被害状況報告が上がってくる。ミッチャーはそれに応じることなく、左舷側から距離を詰めてくるケイトの編隊に全神経を集中させていた。
「舵そのまま!」
ミッチャーは新たな転舵を命じなかった。出来れば新たに面舵を切りたい場面ではあったが、計4本もの魚雷を被雷している「ホーネット」に、ケイトが投雷するまでの短時間に新たに転舵することは不可能であった。
5インチ高角砲、28ミリ機銃が射撃を開始する。高角砲から5インチ砲弾が発射される度、「ホーネット」の艦体が軋み音を発し、「ホーネット」自身が自らの限界が近い事を報せているようであった。
2機のケイトが対空砲火に引っかかり、もんどり打って海面に叩きつけられたが、これが「ホーネット」に出来た最後の抵抗であった。
ケイトが次々に投雷し、程なくして「ホーネット」に破局がやってきた。
左舷前部、左舷中央部、左舷後部にまんべんなく1本ずつが命中し、「ホーネット」は完全に航行を停止した。直前まで後方になびいていた黒煙はその場にわだかまっており、ミッチャーは「ホーネット」の命運が尽きた事をはっきりと悟った。
そして、それはまだ投雷を終えていないケイトの搭乗員にも伝わったようであり、攻撃対象が「ホーネット」から周囲の護衛艦艇に切り替わっていた。
先程の空襲で直撃弾2発を喰らい、対空火力の約40パーセントを失っていたアトランタ級防空巡洋艦「ジュノー」の左舷側に3本の水柱が奔騰する。3本の水柱が「ジュノー」の艦橋を超える高さまで噴き伸び、それが収まった時、「ジュノー」の艦体は急速に左舷側に傾斜し始めた。
戦艦「サウスダコタ」にも1本が命中した。基準排水量40000万トンに迫る新鋭戦艦である「サウスダコタ」が魚雷1本の命中如きで沈む事はないが、出し得る速力は26ノットにまで低下し、この損害は、この海戦の趨勢を大きく左右することになるのだった。
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2023年9月17日 霊凰より
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