第5話 南太平洋海戦 「大和」航空隊猛攻

1942年10月26日


「あの艦隊で間違いないな。3艦隊の1次の連中が攻撃を仕掛けたのは」


 第2艦隊に配属されている第2航空戦隊「大和」「隼鷹」から発進した第1次攻撃隊――零戦39機、99艦爆44機の総指揮官を務める江草隆繁少佐は、蒼空に立ちのぼる多量の黒煙を見てそう呟いた。


 江草は黒煙が立ちのぼる方向に攻撃隊を誘導した。39機の零戦の半数が艦爆隊の前方に展開し、残りの半数は艦爆隊とつかず離れずの位置を保っている。


 米艦隊の輪形陣が見えてきた。戦艦が1隻、巡洋艦も5隻以上いるようであり、その形は帝国海軍のそれよりも遙かに洗練されているように江草は感じた。


「米空母の速力は5ノットといったところか・・・」


 黒煙に包まれている米空母は、飛行甲板を破壊され、下腹を魚雷で抉られているこの状況下で必死の逃亡を図っていた。


「江草1番より全機へ。作戦案『乙』だ」


 江草は「大和」「隼鷹」の艦爆隊全機宛てに命令を発した。


 江草は「大和」から出撃する前、2つの作戦案を授かっていた。1つめが作戦案「甲」――艦爆隊を主体とする第1次攻撃隊、これからくる艦攻隊を主体とする第2次攻撃隊が共に米空母1隻に狙いを定めて攻撃を仕掛ける案。


 そして、2つめは作戦案「乙」――艦爆隊を主体とする第1次攻撃隊は、輪形陣を固める護衛艦艇を攻撃し、艦攻隊を主体とする第2次攻撃隊が薄くなった輪形陣を突破し、米空母に雷撃を仕掛ける案である。


 江草が作戦案「乙」を選んだ理由は2つ。1つめは米空母から噴出する多量の黒煙によって降爆の狙いが付けにくい事、2つめが敵空母は既に手負いであり、艦攻隊の雷撃のみで十分であろうと判断したためである。


 「大和」「隼鷹」の艦爆隊が4隊に分かれた。米艦隊の輪形陣を構成している艦の内、巡洋艦は4隻いるようであり、江草はこの4隻に狙いを定めたのだ。


「江草1番より全機へ。『大和』第1中隊は左前方の巡洋艦、第2中隊は右前方の巡洋艦、第3中隊は左後方の巡洋艦。『隼鷹』隊は右後方の巡洋艦」


 4隊に分かれた99艦爆が一斉に速力を上げ、前方では零戦とF4Fの空戦が始まった。零戦2機が立て続けに火を噴いたが、F4Fも2機が黒煙を噴き出しながら海面へと消えていった。


 僚機の被弾・墜落を見ても零戦隊は怯まず、献身的に艦爆隊を守ってくれていたが、それでも数機のF4Fが江草が直率する「大和」第1中隊に向かって来た。


 江草は機首に2丁が装備されている7.7ミリ機銃の発射把柄を握った。細長い火箭が先頭のF4Fに突き刺さったが、そのF4Fが墜落することはなかった。おそらく、7.7ミリ機銃弾はF4Fの重装甲に対し威力不足なのであろう。


 江草は咄嗟に、操縦桿を左に倒す。F4Fからお返しと言わんばかりに放たれた青白い曳痕が99艦爆の右翼を掠め、江草をヒヤリとさせた。


「隊長、射撃開始します!」


「応!」


 江草とペアを組んでいる石井樹飛曹長が、7.7ミリ旋回機銃を撃ちはじめ、連射音が江草の耳にも聞こえてくる。


 恐らく命中していないが、せめてF4Fの狙いが僅かばかりでもずれてくる事を願うばかりであった。


「佐藤機被弾! 奥野機被弾!」


 石井が被害状況を報告してくる。1機の99艦爆が失われる度、江草機のバックミラーが光り、江草は唇を噛みしめた。


 F4Fは第2中隊、第3中隊、そして「隼鷹」の艦爆隊にも喰らいついているようであり、他の中隊からも被害報告が飛び込んでくる。


 違うF4Fが江草機の真っ正面から突進してくる。そのF4Fは右翼先端が僅かに失われていたが、搭乗員の戦意は旺盛のようであり、速力も全く衰えていなかった。


 背中に悪寒を感じた江草は咄嗟に身構えたが、江草機の頭上を2つの機影が通り過ぎ、そのF4Fに機銃弾を撃ち込んだ。


「零戦か!」


 石井が叫んだ。艦爆隊の周囲に付き従っていた零戦の内2機が、江草機の窮地を救うために駆けつけてきたのだ。


 空中戦を続けている内に、輪形陣の外郭が迫ってくる。


 輪形陣の先頭に位置している駆逐艦1隻が、艦上に発射炎を閃かせた。


 対空砲火を開始したのはその1隻だけではない。残りの艦も順次射撃を開始しており、数秒後から断続的に敵弾の炸裂が始まった。


「・・・!!!」


 爆風によって江草機は大きく揺さぶられる。米海軍の艦艇がどのような射撃システムを導入しているのかは、江草には知り得ぬ事であったが、とにかく射撃精度が高いように感じられた。


 そして、その射撃精度を裏付けるように第1中隊の最後尾に位置していた第3小隊の3番機が撃墜された。この機体に乗っていたペアは操縦員がベテラン、偵察員が初陣の若武者という組み合わせだったが、高角砲弾の弾片はベテラン、初陣の若武者を一切区別することなく葬り去ったのだった。


 だが、彼らの犠牲は無駄ではなかった。F4Fの迎撃、米艦隊の対空射撃によって少なくない数の99艦爆を失った第1中隊だったが、遂に目標の巡洋艦を射程距離に収めていたのだった。


 そして、江草は命じた。


「第1中隊、突撃せよ!」と。


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2023年9月15日 霊凰より




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