第4話 南太平洋海戦 「翔鶴」被弾
1942年10月26日
米軍の急降下爆撃と雷撃機――ドーントレス・アベンジャーはその半数以上が3艦隊旗艦「翔鶴」に向かって来た。
「翔鶴」艦長有馬正文大佐は事前にこのような事態を想定しており、最初のドーントレス編隊が距離12000メートルにまで近づいてきた時点で「取り舵一杯!」を命じた。
だが、「翔鶴」の舵は直ぐには効かなかった。「翔鶴」は基準排水量2万トンクラスの正規空母のため、舵が効き始めるまでにどうしても時間がかかってしまうのだ。
「敵8機急降下! 高度4000!」
見張り員から報告が上がり、「翔鶴」に装備されている対空火器の全て――40口径12.7センチ連装高角砲4基8門、25ミリ3連装機銃14基42丁が一斉に射撃を開始する。
「翔鶴」の左舷側を固めている巡洋艦「熊野」も対空砲火を打ち上げまくり、駆逐艦もそれに続く。「翔鶴」の上空は瞬く間に爆煙で埋め尽くされ、もしこの中にドーントレスが突っ込もうものなら数秒で爆発四散してしまうのではと思われるほどであった。
だが、ドーントレスは1機も墜ちなかった。帝国海軍諸艦艇の対空砲火は威勢だけはいいが、めったに当たる代物ではないのである。
爆煙を突くようにドーントレスは「翔鶴」を肉迫にし、8機のドーントレスが次々に投弾したのは、「翔鶴」の舵が効き始めた直後であった。
不吉極まる音と共に爆弾が落下し、最初の1発は「翔鶴」の左舷側に着弾した。「翔鶴」は既に急速転回を開始しており、奔騰した水柱は直ぐに有馬の視界から消え去ったが、今の着弾で機銃座で頑張っていた機銃員が何人か波にさらわれてしまったようだった。
2発目から直撃弾が出た。
12.7センチ連装高角砲の真上から鉄槌を下すように1000ポンド(約500キロ)爆弾が直撃し、12.7センチ連装高角砲はひとたまりも無く粉砕された。
次の瞬間、火焔が湧き上がり、飛び散る弾片が飛行甲板に容赦なく突き刺さった。不運にも自らの背中や足に弾片を喰らってしまった乗員もいたようであり、飛行甲板各所から同時多発的に絶叫が湧き上がった。
だが、その叫びは新たな直撃弾の炸裂音によってかき消された。飛行甲板後部ど真ん中に1発が命中し、その1発は飛行甲板を貫通し、格納庫内に突入した。
この時、「翔鶴」の格納庫内にはエンジン不調で出撃できなかった99艦爆1機が駐機しており、1000ポンド爆弾はその機体に直撃した。
99艦爆の機体に閃光が走った――近くにいた整備員がそう感じた直後、ジュラルミン製の99艦爆の機体は前部と後部が両断され、主翼や着陸脚の破片が周囲に飛び散った。
破片の一部は格納庫の側壁に直撃し、破片に喉を掻き切られた乗員が血反吐を吐いて倒れ、格納庫内は地獄さながらの様相を呈し始める。
気づけば、2発の直撃弾が出た時点で8機のドーントレスは全て飛び去っていた。有馬は応急指揮官を務める「翔鶴」副長に消火活動を命じようとしたが、その前に雷撃機のアベンジャーが「翔鶴」との距離をみるみるうちにに縮めてきた。
高角砲、機銃の仰角が倒され、海面付近が急速に泡立ち始める。ドーントレス相手には無力だった対空射撃もアベンジャー相手にはある程度有効であるようであり、1機のアベンジャーが黒煙を噴き出しながら海面に滑り込んだ。
残ったアベンジャーが次々に投雷し、その機首に発射炎が閃く。アベンジャーの搭乗員は「翔鶴」に少しでも損害を与えるべく、機銃掃射を敢行したのだろう。
「当たるか? どうだ?」
有馬は両目を見開き、拳を握りしめた。投下された魚雷の内5本までは明後日の方向へと消え去ったが、2本が際どい所であった。
「雷跡2接近します!」
「新たなドーントレス急降下! 高度3500メートル!」
魚雷が「翔鶴」の下腹を抉るかどうかといったタイミングで、新たなドーントレスが「翔鶴」に襲い掛かってきた。対空射撃の照準がアベンジャーからドーントレスに切り替わるが、ドーントレスはまた全機が悠々と投弾し、離脱していった。
1発目、2発目、3発目は空振りに終わり、至近弾炸裂の爆圧が「翔鶴」の艦底部を痛めつけただけに終わったが、4発目が「翔鶴」を捉えた。
通算3発目の被弾となったこの一撃は、飛行甲板中央部に命中し、飛行甲板中央部をV字型に断ち割った。
更にもう1発が飛行甲板を直撃し、これも飛行甲板を大いに痛めつける。
度重なる被弾によって「翔鶴」の艦橋は大きく揺さぶられていたが、有馬は微笑を浮かべていた。「翔鶴」に迫っていた魚雷は結局1本も命中せず、「翔鶴」の両舷をただ通り過ぎただけに終わったのだ。
あらかたのドーントレス・アベンジャーが投弾・投雷を終えたのだろう。大多数の敵機が引き上げにかかっており、3艦隊の上空には静寂が戻りつつあった。
3艦隊が受けた損害は「翔鶴」の被弾4発のみであり、まだ「瑞鶴」「龍驤」を残している3艦隊は、間もなく帰還してくる第1次、第2次攻撃隊収容の準備を始めたのだった・・・
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2023年9月14日 霊凰より
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