第3話 南太平洋海戦 脅威の弾幕

1942年10月26日



 「瑞鶴」の艦爆隊、「翔鶴」の艦攻隊は輪形陣の内部に侵入する前から、激しい対空射撃に晒されていた。


「・・・!!!」


 「瑞鶴」艦爆隊隊長伊吹正一大尉は、対空射撃の余りの迫力に息を飲んだ。


 戦艦、巡洋艦、駆逐艦問わず、艦首から艦尾までを発射炎で埋め尽くさんばかりの勢いで対空砲火を撃ち上げてきている。瞬く間に艦隊の上空は黒煙で埋め尽くされ、2機の99艦爆が立て続けに撃墜された。


「鹿島機被弾! 東海林機被弾!」


 輪形陣の外郭を構成している1隻の新鋭戦艦と、2隻の巡洋艦の対空砲火が特に激しい事を見抜いた伊吹は、駆逐艦の上空に艦爆隊を誘導する。


 輪形陣の外郭が徐々に近づき、更に1機の99艦爆が失われる。これでF4Fによって撃墜された機体を含めると「瑞鶴」の艦爆隊は既に5機、割合にして約25パーセントを失ったことになる。


 湧き上がる黒煙によって視界が妨げられ、恐怖心が増幅していく中、伊吹は機体を降下点に取り付かせる事に成功した。


 伊吹は、エンジン・スロットルを絞り、操縦桿を思いっきり右に倒した。


 機体の降下角は60度となり、99艦爆は急降下を開始した。


「さあ、勝負だ米軍!」


 伊吹は叩きつけるように叫んだ。ここまできた以上、待ち受けている結末は自らの機体が対空砲火によって爆散するか、99艦爆から投下した25番(250キログラム爆弾)が敵空母の飛行甲板を刺し貫くかの2択であり、投下した爆弾が空振りに終わるといった結末は鼻から眼中になかった。


 敵空母の両縁に発射炎が閃き、無数の赤い曳痕が突き上がってきた。帝国海軍の空母ではまずあり得ないほどの弾量であり、この時点でほぼ生還は不可能であるように感じられた。


「3000メートル! 2800メートル! 2600メートル!」


 99艦爆のコックピット内が凄まじい喧噪に包まれる中、偵察員席に座っている内川祐輔1飛曹が高度計を読み上げる。その声は心なしか震えていたが、それでも伊吹の耳にははっきりと届いていた。


 後方から鈍い音が断続的に伝わってくる。伊吹機の後方で急降下している99艦爆が対空砲火に搦め捕られ、今この瞬間も1機、また1機と失われているのだろう。


 だが、今は戦闘中であり、部下の死を悼む余裕などあるはずもなく、内川が読み上げる高度計の高度は2000メートルを切った。


 敵空母から放たれる弾量が更に増えた。高角砲の射撃に加えて機銃群も対空射撃に加わってきたのだろう。


 同時に敵空母が艦首を泡立て、転舵を開始した。速力は30ノットを超えていると思われ、その動きは基準排水量2万トンクラスの正規空母とは思えぬほど軽快であった。


 だが、伊吹の99艦爆は最早、伊吹の手足と一体化していると言って良く、伊吹は機首を微調整して敵空母の動きに難なく追随する。


 そして、遂に投弾のタイミングだやってきた。内川が「600メートル!」と叫んだ直後、伊吹は「てっ!」という叫び声と共に25番の投下レバーを引いた。


 直後、機体が一気に軽くなり、ふわっとした感覚が伊吹の体を包み込んだ。


 伊吹は操縦桿を引きつけ、99艦爆の機首が上向く。


 敵空母から放たれる対空砲火がにがさじとばかりに追いすがってきたが、伊吹機を捉える事はなく、内川が次々に後続機の投弾を報せてきた。投弾に成功したのは10機~12機といった所であろうか。


 そして・・・


 敵空母の艦上に、対空砲火の発射炎とは明らかに異なる爆発光が確認された。


「当たりました! 命中ですよ隊長!」


 内川が歓喜混じりの声で叫んだ。そして命中した25番はどうやら1発だけではなかったようだ。敵空母の後部からも立て続けに2回爆発光が確認され、大量の黒煙が敵空母の飛行甲板上から盛大に噴き上がり始めた。


「3発だな。命中したのは」


 伊吹は冷静に戦果を分析した。


 そして、苦悶にのた打つ米空母の右舷側前部に1本、同中部に1本の水柱が奔騰した。「翔鶴」の艦攻隊も「瑞鶴」艦爆隊と呼応して米空母に襲い掛かり戦果を挙げたのだろう。


 右舷側に集中的に被雷した米空母は動きを止め、消火活動を手伝うためだろう、駆逐艦が2隻程度米空母に近づいてきた。


「引き上げ時だな。3艦隊司令部に打電しとけ。『米空母1に爆弾3発、魚雷2本命中。敵艦隊の対空砲火極めて盛ん。注意されたし』とな」


 伊吹は内川にそう命じ、残存の「瑞鶴」艦爆隊全機に引き上げを命じたのだった。



 その後、「翔鶴」「瑞鶴」「龍驤」から発進した第2次攻撃隊が新たに発見された別の敵機動部隊に襲いかかり、敵空母1隻に爆弾2発、魚雷1本を命中させこれを中破させた。


 これで、ガダルカナル沖に展開している米空母は2隻とも損傷したことになり、敵機動部隊の戦力を大幅に削ぐ事に成功した帝国海軍であったが、今度は第3艦隊が米空母2隻から放たれた150機からなる攻撃隊の猛攻に晒される番であった。


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2023年9月13日 霊凰より




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