第7話 転移の集団

 俺の常識では強大な魔法の力には制限がつきものだ。

 例えば植物の成長を加速させる魔法を得たとする。パッと思いつく制限は、対象とする植物以外の生育は遅れるとか、有害な虫がやってくるとか。

 だけれど、S級の魔法ともなると制限すらないのか。


「君が持っていた指輪はS級の指輪だよ? 最上位の天使を呼び寄せるS級の道具。呼び出せる天使は世界の頂点に手が届く存在よ? そんな私が与える魔法に制限があるとでも? 舐めないで欲しいなー、舐めないで欲しいよねー」


 制限なんてないに決まってるよねー! とテンション高めの天使は、「はあ……綺麗……綺麗すぎる……」自分の指に嵌っているS級の指輪を溜息混じりに見つめている。


 今まで数多くの天使から魔法を与えられてきた俺だけど、この天使は別次元だ。

 幼いながら余りに美しい姿に、悔しくも見惚れてしまう。

 同じ生き物とは思えない……いや、そもそも天使と人間だ。生きる世界も違う……俺は何を考えているんだ。


「あ、そうだ。最初に転移する場所は大事に考えてね? そこは君にとって大切な拠点になるから。あと喜んでばかりもだめっ! 最初の試練は生き残ること……じゃないかな? でも、感心だよー。 そういう子、嫌いじゃないの。だからS級の転移を渡すんだけど……じゃあねー! 可哀想な人間ちゃん! また呼んでくれたら、次は名前ぐらい覚えてあげるよ! その次に私を呼び出したら……」


 そうして天使が消えて、俺の身体に途方もない負荷が掛かった。




「……うっ」

 身体に襲ってくるいつもの感じ。

 天使から新しい魔法を得ると、世界がぐるぐると回るんだ。まるで自分が巨大な海流に呑み込まれたみたいに、すぐに意識を失ってしまうんだ。


「……」

 意識を失う時間は、魔法の等級によって違う。

 一番等級の低い魔法なら数分だけど……今、俺が得た魔法はS級の魔法だ。

 あの天使が言っていたみたいに魔法の頂点に君臨する魔法と言っても間違いじゃない。


「……」

 俺は気絶する前に、考える。

 いつものようにすぐ気絶しない理由は、S級の魔法を手に入れた喜びからだろうか?


 S級の指輪は消失し、俺は転移の魔法を手に入れた。

 今すぐにでもこの地を去ろう。あいつら7月の反乱ジュライ・リバーと同じ国にいると言うだけでも虫唾が走る。俺のことを誰も知らない土地に行こう……。


「……ぐ」

 ああ、だめだ。これ以上、やっぱり耐えられそうにない。


 俺は洞窟の奥で、硬くて湿った地面に横たわった。

 気絶がどれだけ続くか分からないが、俺の身体を温めてくれる薪の魔法は継続中。

 何をしなくとも数週間は持つだろう。


 洞窟の入り口には念には念を入れて結界を何重にも貼っているし、短期間用のモンスター避けだって作っている。この洞窟自体がそもそも見つけにくいレイン峡谷の底にあるんだ。


「……え」

 だからこそ、それはあり得ない現象だった。


 俺は急に何者かに囲まれたような感覚に襲われ、激しい頭痛の中で目を開けた。周囲を見渡すと、数人の人間が俺の周りに集まっていた。


「そんな」

 地面に横たわった俺の周りを、複数の人間が取り囲んでいるんだ。魔法を得る無防備な瞬間を誰かに狙われるなんて……絶対にあってはいけない現実だった。


 入口に張った俺の結界を素通り……したのか?

 だけど結界に壊れた気配はなく、依然として効果は継続中。


 そういえば、さっきの天使の言葉。


“ あ、そうだ。最初に転移する場所は大事に考えてね? そこは君にとって大切な拠点になるから。あと喜んでばかりもだめっ! 最初の試練は生き残ること……じゃないかな? でも、感心だよー。 そういう子、嫌いじゃないの。だからS級の転移を渡すんだけど……じゃあねー!“


 あの天使――まるで、俺が襲われる未来がわかっていた様な言い方だった。


 意識を失う最中さなかで、俺は理解した。

 今も増え続けている人間たちは転移の魔法で現れ、俺の結界を素通りしたんだ。


 使

 

 自分自身に語りかける。

 ユバ、起きろ。危険だ。奴らは何かを囁きあってる。

 俺は備えていただろう、決断しろ。


『――S級の転移だと。どうする?』『転移は人を選ぶ。害があるなら殺し、害がなければ様子見。いつものことさ。目印をつけとこう』『この子、知ってるー! 有名人だよ!』『こいつ、私たちのこと気づいているネ。誰か忘却』『ザック。てめえがやれ。新入りだろ』『え、先輩風ー。でも、やりますかー! ちょっと触るね』


 やめろ、俺に触るな。

 そいつらのうちの1人が横たわる俺に手を伸ばしたことを薄れた感覚で理解する。


 だから俺は起き上がり、崩壊しつつある意識の中で、一人に飛びかかった。

 自分の身体に危害が及ぶと、自動で発生する。

 俺が持つ魔法の中でもとびきり優秀な――A級の自動制御魔法!


『ぐえ! なんでえっ!』

 俺はそいつを蹴り飛ばして、結界の外へ弾き出すことに成功したようだ。だけど、1人だけだ。頭がぎちぎちと割れるように痛い。本来ならば、とっくに意識を失っている。


 それでもこんな場所で殺されるわけにはいかなかった。

 自由に生きると決めた――それなのに、天級の魔法を得た瞬間に死ぬなんて。


『ザックがやられた! 信じられねえ、魔法を得た直後だろ?』『忘却……私がやるネ。お前ら、どケ』『あのノーフェルンの公子ユバだよ。相当やるって噂の』『おもしれえ。ノーフェルンの戦争公子が転移を得るか! しかもS級!』『お前ら、退ケ! 忘却を始まるネ』『新入り、見とけ! S級の忘却なんて金払っても見れねえぞ!』


 ――「」――。


 そして、俺は新たな魔法を得るいつものように意識を失った。

 突然現れた者たちの狼藉を、心の奥底に決して忘れぬよう仕舞い込んで。 

 



――――――――――――――

不思議集団が転移を手に入れたユバの様子を見に来ました。

物語の根幹に関わる集団ですが、転移の力を手に入れたユバの手のひらで脅される予定。

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