第6話 転移の魔法

 S級の指輪が地面に触れて砕けた瞬間。

 光沢ある表面に亀裂が入り、光の反射が幾つも乱れた。そして指輪の美しさは瞬く間に失われ、砕ける小さな音が無音だった洞窟中に響き渡る。


「ふんふん」


 パタパタ、と。

 俺の目の前には、魔法のように天使が出現あらわれている。


 男の子か女の子かすら分からないが、天使は背中に小さな翼を持ち、可愛らしいドレスを着ていた。とりあえず女の子と仮定するけど、その天使は俺が地面に落として砕けた筈の指輪――綺麗に復元されている指輪を手に取り、優雅に回転させながら。


「はあ〜出し物大会どうしよう……ベリアル、欠席したら殺すって言うし……」


 確かに幼いけど、町の奴隷競売で助けたあの子よりはよっぽど健康的だ。

 天使はゴシックのドレスを着て、目を瞑りながらプカプカと浮いている。

 俺の目の前で浮かびながら、クルクルと不思議な踊りを……上手ではないが、下手でも……いや、そんなこと考えてもいけない。相手は天使なんだから。


「考えたらムカついてきた……このバラム様を宴会の出し物に指名するなんて……ベリアルのやつ……等級もそんな違わないのに……許せんわあ……」

 侮ってはいけない。天使は気まぐれで傲慢。

 人間はただ頭を垂れて、天使に従うだけ。今は天使の興味が俺に向けられるその時を待つのみだ。呼び出した天使を怒らせて攻撃を受けたなんて話は、一年に数回は聞く。


「下克上、狙ってやるわあ……そのうち首を洗って待ってなさい、ベリアル……」

 何やらブツブツ呟き、踊り続ける天使。

 あんな見た目だが、恐ろしい力を持つ存在なんだ。


 S級の天使といえば――7月の反乱ジュライ・リバーが最終的な討伐目標に掲げている魔王にさえ匹敵するかもしれない。


 俺は何かを愚痴る天使がこちらに気づくことを待ち続けた。

 ……多分1分ぐらいか。

 天使は目を開けて。「……は? な、なな何、見てんだ!」俺をみると顔を真っ赤にさせる。そしてプルプルと震えながら。


「出し物の練習中に呼び出すとか何考えてるんだよ! 呼び出したなら声かけろよ! これだから人間は嫌いなんだ! 時と場合を考えろよ、人間!」


 天使が落ち着くまで5分は必要だった。その間、俺は罵倒に耐えた。

 

 勿論、俺は天使の不思議な踊りなんて初めの一瞬しか見ていなかった。


 だって天使を呼び出した人間のすることと言ったらただ一つ。

 天使に向かって頭を垂れて、天使が「で。どんな魔法は欲しいの?」その言葉を待ち続けるだけなんだから。

 

 そして気まぐれな天使らしく、機嫌が治ったのか。


「ふわーい。天使の一人、バラムでーす。しかし暗い洞窟だなー……それで私を呼び出したのはどこの天才ですかー? S級の指輪の持ち主だもん、天才でないとねー」

 

 ヒラヒラとしたフリルを身に纏い、俺の顔を覗き込んでくる天使。


「う、うわ! 根暗! びっくりなんですけど! バラム様、ドン引きだよ……。腐ってもS級の指輪だよ? 持ち主、こんな奴だったの? しかも涙の跡があるような……」

 今の気分にこの明るいテンションは最悪だな……。

 ゲンナリとする。

 まあ天使って言うのはこいつみたいに空気が読めないし、空気を読む気もない奴が大半だ。さっさと魔法をもらって、あっちの世界に帰ってもらうのがいい。


「てか私。いつまでも呼び出されないからずっと待ってたんだよー! あれ? 仲間はいないの? 7月の反乱ジュライ・リバーの子でしょ、君……なーんてね。うそ、うそ。わかってますよー。7月の反乱ジュライ・リバーから追放されたんでしょ。あれだけ尽くしていたのに哀れなことで……。で。そんな人間が求める魔法は何かしら?」


 求める言葉が来た。


 俺は口を開く。


「場所を移転する魔法が欲しい。もう二度と会いたくない奴らがいるんだ。これからの俺は……人を選びたい。嫌いな奴らと出会ったら、すぐに逃げられる魔法が欲しい」


 7月の反乱ジュライ・リバーともう関わりたくない。

 俺がどれだけあいつらのために力と神経を注いだか、彼女たちはすぐに思い知るだろう。


 俺の役割は、縁の下の力持ちなんてものではなかった。

 

 例え7月の反乱ジュライ・リバーが戦争貴族ノーフェルンから資金提供を受けても、すぐに崩壊するだろう。

 パーティを維持するために金は必要だけど、必須じゃない。


 7月の反乱ジュライ・リバーには、彼女達が抱える悩みに根ざした特有の問題がある。


 あいつらは、お互いにお互いを激しく憎み合っていることを、互いに知らない。

 聖騎士メデルが務めるリーダーの座を、虎視眈々と他のメンバーが狙っているなんて俺以外の誰も知らない。


 けど、問題は7月の反乱ジュライ・リバーだけじゃないんだ。

 俺が7月の反乱ジュライ・リバーを離れたとあったら、貴族ノーフェルンからも俺は狙われるだろう。

 ノーフェルンの連中が俺に手出しを行わない理由は、俺が7月の反乱ジュライ・リバーに所属し、魔王討伐ギルドに加入しているからだ。

 だけど俺はもうパーティを追放された身で、ギルドも脱退しようと考えていた。



 さらに7月の反乱ジュライ・リバーのユバと言えば、色んな意味で有名人だ。

 他の魔王討伐を目指すパーティからも勧誘の嵐が来るだろう。


 聖騎士メデル、司教アンナ、盾持ちミキ、とんがり帽子レレ、生涯行き遅れのルン姉。

7月の反乱ジュライ・リバーを詳しく知るパーティであれば、パーティ唯一の男であった俺の苦労をよく知っている。例えノーフェルン家出身であっても、俺の力は俺の過去を帳消しにして、お釣りが来るってことを分かってる。


 面倒な未来が見えるからこそ、その全てから逃げるための魔法が欲しかった。


 もうパーティはりだった。

 もう俺は誰かのために生きる生活なんて疲れてしまった。


「まあ見てたけどね〜。見てましたけどね〜。捨てられちゃったもんね〜。かわいそう〜かわいそう〜。見た目通りの根暗でかわいそう〜。でも用件は伝わったよ! 逃げの魔法……よね? じゃあ、転移の魔法をあげようかな、おめでとう!」


 天使は俺の落とした指輪を自分の指に嵌め、うっとりと指輪を見つめがら告げた。


 願った通りの展開だった。

 S級の指輪で、転移系統の魔法を手に入れてしまった。


「この世界で転移の魔法持ちは百人近くもいるけれど、私が授ける力はS級の転移魔法! S級の天使バラムの名において、使、隔絶した魔法であることを保証します!」

 しかも天使がわざわざS級の転移と告げた。これはもう確定だった。

 でも不思議だ。今までに、これだけ天使との会話が上手くいったことは無かったのに。


「……制限は?」

 強大な力には、制限がつきものだろう。

 今、天使は転移の魔法持ちは百人近くいると言ったが、等級の低い転移魔法は特定の条件を満たさないと転移できない等、制限が多いんだ。


「え? 制限? ないよ。天使バラム様が与えるS級の魔法、舐めてんの?」

 そんなの常識でしょ、とばかりに。

 自分が与える魔法に制限などあるわけがないと、S級の天使バラムはいった。

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