第8話 起きると、そこに

 長い間、夢を見ていた気がする。

 とても楽しかった頃の夢だ――俺をノーフェルン家から救い出してくれた7月の反乱ジュライ・リバーとの思い出。最初は雑用ばかり押し付けてくる嫌な子達だと思ったし、それは最後まで変わらなかったけど……。


 俺は、7月の反乱ジュライ・リバーとの旅を確かに楽しんでいた。

 一つの大きな夢に向かって一緒に笑い、時には喧嘩をし、時には死にかける……全てが新鮮で、何もかもが初めての経験だった。


“ユバ――パーティを抜けろ“


 聖騎士メデルの言葉を思い出して、俺は飛び起きた。

 

「はあ、はあ、はあっ……」

 嫌な汗が身体中に纏わりついている。

 そして、今まで見ていた楽しい思い出はただの夢であることを悟った。

 あの頃の楽しい思い出なんて、もう遠い昔のように思えてしまう。


「ここ……どこだっけ?」

 身体がやけに痛い。それに洞窟の中? なんで? どうして?


 息を整えながら、状況を整理。すると、すぐに思い出した。


「ああ、そうだ……俺は天使から魔法を手に入れて…………気絶して…………」

 聖騎士メデルから7月の反乱ジュライ・リバーを追放されて、町を出た。

 S級の魔法を得るために洞窟を探して……俺は……。


「天使から……転移の魔法を、もらったんだ」

 随分、長い間眠り込んでいたようだ。

 記憶の整理をしながら、自分がどうして洞窟の中で眠り込んでいたのかを思い出した。


 身体には、確かに記憶スロットを1つ消費して、新たな魔法を得た感覚があった。

 得た魔法は、天使に望んだ通りのS級の転移魔法。




 洞窟の入り口に朝日が差し込んでいる。

 柔らかな光が洞窟の奥まで照らし出し、朝の清々しい気配が漂っていた。


「さて一体、何日目の朝なのやら……」

 身体が気だるい。

 数日間、体を動かしていないとき特有の気だるさを感じる。

 これは身体のリハビリが必要かもしれないな。

 両腕を伸ばそうとした。すると大きな違和感に気づく。 


「……うお、びっくりした! 誰だ、この子!」

 誰かが、横たわる俺の胸の上に小さな頭を乗っけているのだ。

 まるで二人して眠りこけているような体勢。だけどここは清潔で安全な宿ではなく、危険なモンスターが闊歩するレイン峡谷の洞窟内部なのだ。


「ん? ……あれ。この子ってもしかして」

 よくよく観察すると、それは俺が奴隷競売から救った女の子だった。 

 聖騎士メデルから投げ渡された手切れ金の使い道として、俺は四人の奴隷を解放したんだった。無事に解放されたようで、その細い首筋のどこにも奴隷の烙印は見られない。


 でも、どうしてこんな場所に?

 ここはレイン峡谷の深い谷底だぞ?

 少なくとも子供が一人で来られる様な場所じゃない。

 それに洞窟の入り口を見れば、まだ結界は機能している。


「……起きて、起きて」

 女の子は少し前の俺と同じように眠っている様だった。

 耳を澄ますと、何か寝言を呟いている。


「ゆば様、起きて……」

 あれ、この子。

 どうして俺の名前、知ってるんだ? 俺って自己紹介したっけ?


「ゆば様……起きて…………死んじゃ、嫌だ……」

 ……。

 あ、そっか。

 あの時、俺は自分の名前を出して、奴隷四人への手出しを禁じたんだっけ。この子はその時に俺の名前を知ったのだろう。


「死なないで、ゆば様……起きて……頑張って、探したんだよ……」

 まあ、寝続けている俺の様子を見たら死んだと勘違いしてもおかしく無いか。これは天使から魔法を与えられた副作用なんだけど。

 

 それよりも、気になることがあった。


「おかしい……どこからか血の匂いがする」

 感覚が戻ってくる。

 視界と聴覚――次は嗅覚だった。 

 俺の嗅覚がひくひくと血の匂いを訴えている。別に俺は特別、嗅覚がいいわけじゃない。すごく近くで匂うから、わかるんだ。


 それに女の子はさっきから、何かをぶつぶつと呟いていた。

 耳を澄ますと。


「……ゆば様。みんなで探したんだよ……兵士さんが、ゆば様は街を出たって……それで……私たちも町をでたの……ゆば様……ゆば様が7月の反乱ジュライ・リバーを抜けたって町で噂になってたよ……だからあの時、様子が変だったんだね……」

 大きな違和感。

 女の子の様子が、どこかおかしい。


「みんなで、探した……わたしたちを救ってくれた……ゆば様……1人で来たんじゃないよ。4人で探した……でも、見つけたのは私だけ……モンスターに襲われたから、ここ、見つけた……」

 夢心地のまま、一人で喋っている。喋り続けている。


「私、ここで……動けなくなっちゃった…………ゆば様の身体……動いてる……暖かい………起きたのかな……ありがとう、ございます……それだけ、いいたかった……です……これで……追われるなら……幸せ……」

 何故か、女の子の身体を揺すって起こそうとする行為は躊躇われた。

 それは女の子の横顔がとても安らかだったことが全ての理由ではなく。

 

「おい……冗談だろっ!」

 血の匂いは、俺が奴隷市場で助けた女の子の腹部から染み出していた。




――――――――――――

次話「始まりの転移」より、ユバ様の伝説開幕スタートです。

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