第4話 奴隷、全解放。そしてレイン峡谷へ

「3人目はすばしっこい女だ! こいつを捕まえるために、数人の男が犠牲になった! ……と聞いている! 本人の口によれば、武具はなんでも扱えるらしい……が、実際は買い手のお客さんが確かめてくれ! 口は悪い、すぐ逃げようとする……だが、楽しみ方はいつも通り、ご自由に、だッ!」


 壇上の奴隷たちは悲鳴を上げることはできなかった。

 彼らは口枷で口を閉ざされ、あらゆる自由を奪われていた。

 目隠しがされていないのは、彼らの目に一切の希望の光が見られないことを証明するためだろうか。悪趣味なこと、この上ない。


「四人目はガキだが、将来性バツグンだ! この母親は、金のために娘を売り飛ばした! 母親は貴族からも求愛される美しい女だが、どこかの大貴族との間に、決して公にしてはならない娘を産んでしまったらしい! もうこれ以上、隠しきれないと見て、売り飛ばした! さあさ、どうだ! この物語! こいつを買ったら何かに巻き込まれるかもしれねえが、それ以上に新しい世界が広がるかもしれないぜ!」


 熟考している大勢の大人達。全員が富裕層だろう、顔には悪い大人特有のいやらしさが浮かんでいる。誰もが、財布と壇上の奴隷を見比べて熟考している。

 こんな辺境の地に奴隷商人がやってくることなんか滅多にない。

 町の富裕層にとっても千載一遇の機会。


 そして奴隷達の紹介が一通り済んだ所で、これから競売オークションが始まるのだろう。


 俺は人垣を押し退けて、壇上の下にいる太った奴隷商人に声をかけた。

 そいつはメガネをかけていて、腐った香水の匂いがした。


「全員を奴隷から解放してくれ。金ならある」

「は? 誰だ、あんた。突然何を――」


 7月の反乱ジュライ・リバーからもらった手切金を、自分のために使う気はなかった。どうせ使うなら、こういう使い方がいい。

 俺は重たい小袋を、奴隷商人に押し付けた。


「金ならある。釣りはいらない。全員、解放してやれ。いいか、解放だ。俺の所有物になるのではなく――解放だ。意味はわかっている、解放だ!」

 奴隷商人は俺が渡した小袋の中にある金貨の量を見て、目を丸くした。

 そしてずぶ濡れになった俺の顔を見て、さらに目を丸くした。


 奴隷商人は小袋を持つ右手とは反対の左手で、眼鏡を掛け直し。


「……あなたは、7月の反乱ジュライ・リバーのユバ殿では――」


 すると、小さな動揺が群衆の中に広がった。


 7月の反乱ジュライ・リバーの名前は有名だ。

 麗しい女性が大半を占める新進気鋭の魔王討伐パーティの一つ。元々は小国の王族である聖騎士メデルが立ち上げたパーティであり、才能ある女性によって構成された集団だ。

 当初は大半のパーティと同様に鳴かず飛ばずの状況だったらしいが、俺が加入してからは飛躍的に名前の価値を高めた。


 今では魔王討伐を成功させるかもしれない数十組のパーティの一つに数えられている。


「今の俺はただのユバだ。7月の反乱ジュライ・リバーからは脱退した」

「で、ではユバ殿。先ほどの言葉、本気ですか? 4人の奴隷を購入ではなく解放と。その言葉の意味は大きく違いますが……理解されておりますか?」

「くどいな。俺は解放と言ったんだ。さあ、彼らの拘束を外してやれ。今すぐにだ!」


 奴隷4人の価格がどれだけ釣り上がったとしても、俺が7月の反乱ジュライ・リバーから渡された黄金金貨の価値を上回ることはない。


 ノーフェルン本家が、7月の反乱ジュライ・リバーを支援すると聖騎士メデルは言っていた。ならば、半端な投資ではなく、莫大な投資がこれから7月の反乱ジュライ・リバーに行われる。

 だからこそだろう、聖騎士メデルが俺に渡した手切れ金も太っ腹だった。


 俺は7月の反乱ジュライ・リバーメンバーの泣き所を知っているからな。

 金で彼女たちの秘密が守られるならば安いと考えたのだろう。


 しかし、ノーフェルン本家が7月の反乱ジュライ・リバーを支援するのか。 

 狂った戦争貴族ノーフェルンは、7月の反乱ジュライ・リバーは魔王討伐を行うに相応しいパーティであると認め、旅の道中でこれから多くの紛争を起こしてくれると確信したと言うことだ。


 ノーフェルン出身である俺は、あいつら本家のやり方をよく知っていた。


 俺は壇上の下から、ざわめきが広がる群衆に向けて言った。


「全員、聞いてくれ! あの4人は俺が買った! だが、所有するつもりは毛頭ない! 全員を解放する!」


 出会ったばかりの奴隷達にここまでしてやる義理はない。

 それでも口が止まらなかった。


「俺は確かに彼らを買ったが、今この瞬間より自由の身とすることをこの場で宣言する! この町に住まう大勢と同様に――彼らはお前達と同様に自由に生きるのだ!」


 俺の目元からは何故か、涙が溢れている。


「俺はこれより町を去るが、彼らに手を出すな! 後ろ楯のない彼らを再び奴隷に身を落とすような真似をすれば、ユバの名に誓い俺が八つ裂きにしてやるぞ!」


 7月の反乱ジュライ・リバーから捨てられて。

 買った傘はボロボロで使い物にならなくて。


 そんな時。

 未来を失った奴隷を見つけて。

 俺は絶望した彼らの姿と自分と重ね合わせていたのかもしれない。


「……」


 振り返り壇上を見れば、奴隷4人が俺を見つめていた。


「俺に感謝する必要なんかない。お前達を解放するのはただの気まぐれだっ」


 まだ口枷をされていて喋れない様子だが、それぞれが表情で感情を現している。


「ッ!! ン!」

 筋骨たくましい男は両目から大粒で溢れんばかりの涙を流して、俺を見ていた。

「ッーンンン……ッンンン」

 背丈が成人男性の半分しかない知識人は目をカッと見開いて、俺を見ていた。

「…………ッ」

 生意気そうな細い女は、目元に涙が溜まっていたが気高く振る舞おうと必死だった。

「……? ……?」

 そして母親に売られたという少女は、自分が助かったという現実に頭が追いついていないようだった。

 俺は壇上の奴隷達を見つめ返した、言った。


「何があって奴隷の身になったか知らないが、忠告を一つ。安易に人を信じるな」


 俺は呆気に取られている群衆を再びかき分けて、建物の外へ繋がる扉へ向かった。

 あれだけ脅せば、あの奴隷達は問題なく自由の身になれるだろう。この界隈では7月の反乱ジュライ・リバーに所属するユバの名は広く知られているから。



 そして、俺は町を出た。

 町の入り口を守る衛兵からは変な目で見られたが、俺が7月の反乱ジュライ・リバーのユバであることを知ると、彼らは敬礼をして俺を外へ送り出してくれた。


「行ってらっしゃいませ! 7月の反乱ジュライ・リバー、ユバ殿!」

 

 ……もう俺は7月の反乱ジュライ・リバーじゃないんだよ。

 返事もせずに、俺は闇に包まれた街道の先に向けて歩き出した。


「……」

 影のように静かに、足音をたてずに石の街道を進んでいく。


 周りは静寂に包まれ、ただ風の音と街道を踏み締める俺の足音が聞こえるだけ。

 夜の闇が俺を取り囲んで、慎重に足を進めた。

「……」

 数時間は歩いただろうか。

 モンスターの声が遠くに幾つも聞こえる。

 降りしきる雨を一身に受けながら、再びレイン峡谷に戻ってきたことを実感する。


 さあ、始めよう。

 俺はこの地で――S級の指輪を使う。

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