第2話 7月の反乱

 この心に広がる虚しさってやつは邪魔だ。

 早く消えろ、消えろ、消えてしまえ。

 俺は確かに7月の反乱ジュライ・リバーの面々を信じていた。孤児だった俺を引き取ってくれたノーフェルンの連中とは違う、身体に血の通った温かい連中。


 だけど、違った。

 狂った戦争貴族ノーフェルン家に酷使され続け、やっと信頼出来る仲間が出来た。そう思った。結果がこれか。


「むしろあの悪名高かったユバをノーフェルン家から救ってやったんだからさ。うちらって感謝されるべきじゃないの? だってユバ、可愛い女の子に囲まれてさ、良い思い出来たでしょ? ならよかったじゃん! 後は楽しかった過去の思い出と一緒に行きていけば!」

 バッサリと切り捨てたのは、呪われた盾を背中に背負う盾者シールダー、ミキ。

 飛び跳ねた黄色の髪が目にうざかった。


「うふふ、そういうことですユバ様。案外、楽しかったですよ。雑用も率先してやってくれましたし。話し相手にもなってくれましたし。この子たちとは中々、話が合いませんから」

 大人びた迫撃魔法専門の行き遅れルン姉が手をひらひらと手を降っている。


「もう部屋に帰っていいー? 賢いユバなら、わかるでしょー? お別れなのー。お別れ〜、バイバイってことー。感謝はしてるけど、それだけー。仲間意識はあんまりなかったしー、帝国に向かう直前にこうなるってことは薄々気づいてたしー。はあ、だる……さっさと消えなよ……私、もう部屋に帰っていい?」

 とんがり帽子を被る魔法使い、いつも気だるげなレレが俺を興味なさげに見つめている。

 その目は路地に捨てられた、捨て猫を見る目だ。


 ノーフェルン家は紛争地帯で戦う国家から金を受け取る代わりに戦力を派遣する。

 時には紛争を盛り上げるために、戦っている両国に戦力を派遣する悪どい集団。


 そのため各国に迷惑を掛けまくり、その中でも世界の平穏を第一に掲げるイングラード帝国には恨まれているだろう。

 でもパーティメンバである彼女たちとの信頼関係を築いていると思っていた。

 彼女たちはノーフェルン家における俺の苦しい立場を知ってくれていると。


「ユバさん。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 ブツブツとつぶやく、二枚舌の司教アンナ。

 その姿を見てドン引いている元仲間の面々。狂気を感じる姿に、俺も引いていた。


 でも、もういいや。

 残念ながら、こいつらと話す気持ちには、ならなかった。

 いや、残念でもないか。もう他人だから。


「何も言わないのか、ユバ。恨み言なら、一晩中聞いてやる。だが決断は覆らん」

 聖騎士メデルは腕を組み、いつだって高圧的。

 

 俺は君たちと共にイングラード帝国に行き、旅の続きを、夢を見られると思っていたよ。


 もしも数多の魔王討伐パーティを出し抜き、魔王を討伐することが出来たなら、リーダーの聖騎士メデルは世界の英雄となり、司教アンナも、呪われた盾持ちミキ、とんがり帽子のレレも、行き遅れのルン姉も誇りを抱いて、祖国に帰ることが出来ただろう。


 ノーフェルン家出身の俺に故郷はないし、大きな顔はできないだろうけど、世界を救ったと言う誇りぐらいは感じられるものだと思っていた。


 でも、もういい。

 こいつらに貸している金も多額だが、これ以上関わりたくもなかった。


 何より――自分が捨てられたという事実に、思いを巡らせたくはない。 


 彼女たちを信じていた自分が情けなくて、俺は何も言わず立ち去ることにした。


「手切金だ、持っていけ」

 聖騎士メデルから背中に投げられたそれを、そのまま左手でキャッチした。


「うふふ。相変わらず、起用なお方ですね、ユバ様」

 金貨が詰め込まれた小さな袋は、相当な金が詰まっていそうだ。

 だけどこれは、新しい出資先であるノーフェルン本家のものなんだろう。


 投げ返そうとも思ったけど、その労力すら惜しいと思った。


「おい、ユバ。わかっているだろうが、その金は――」


 金を与える代わりに、このパーティの秘密やパーディに同行して得た情報は何も喋るな、ということだろう。

 腹の中は真っ黒な聖騎士メデルがやりそうなことだ。


 でも安心しろ。

 俺はもうお前らと二度と関わる気はないよ。

 さようなら、7月の反乱ジュライ・リバー

 

 今生の別れの代償に、お前らが魔王討伐出来ることぐらいは願ってやる。




 宿を出ると雨が降っていた。


「……」

 二度とパーティには入らない。ここまで尽くして、その結果がこの様なら何もいらない。

 勝手にしてくれ。魔王とかあいつらの旅とか知ったことか。勝手に戦って、勝手に名誉を得て、勝手に死ね、俺は知らない。


 雨の中をトボトボと歩き出す。

 冷たい水滴が、服の中に入り込む。だけど、怒りでほてった身体を冷ましてくれるからとてもありがたい。


「……」

 一つだけ良いことがあった。

 もし俺たちが全滅するような事態のために取っておいた、俺のとっておき。


 向こうの世界に存在する天使――俺たち人間に魔法を与えてくれる天使の中でも最上級の天使を呼び出すSをあいつらのためなんかに使わなくて本当によかった。


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