第4話 魔術は物理法則に唾を吐かない

午前0時17分 街中某所の城を囲んで封鎖しているルートの一つ。

 

 ≪ガガ……!! こちらシースルーブリッジ方面封鎖より! ただいま正体不明の何者かが、関門を突破して行きました!! どうぞ≫

 ≪こちら本部。詳細を報告しろ!≫

 ≪走ってきた何者かは、スピードを全く緩めることなく、関門を飛び越えてそのまま走り去ってしまい、現在追走中です。≫

 ≪こちら追走班! 速すぎて全く追いつけません!≫

 ≪ああ、もういい。わかった。幸い事件による被害者はまだ公表してない。そのバカは死んだら巻きまれた一人にカウントしておく。追走班は戻ってガードを強化しろ!≫

 ≪了解しました!≫

 通信を終えた相良警部補は、溜息一つ付いて冷めた茶を飲む。

 「光輝君でしょうか? それとも月兎くん?」

 「ウサギ小僧に警官を無傷で振り切る身体能力はねえ。兄の方だろう」

 「そうですか。安心しました。【勇者】が戦ってくれれば、被害は最小限で済みます」

 「こっちはそうはいかねえんですよ。民間人に戦わせたなんて知れたら、マスゴミ共がご馳走に集るウジのように湧いて来やがる。

それに、戦い慣れてねえガキが行くくらいなら、ウサギ小僧にやらせた方が安全だってのに……」

 (せめて死ぬんじゃねえぞ……ボウズ。勇者なんて、所詮棒切れとはした金で使い捨てられる消耗品でしかねえんだからな!)




 人類の限界に挑む勢いで疾走していた光輝は、城の様子が見える位置にたどり着くと、息を整えながら静かに歩んでいた。とはいえ、息が切れているわけでもない。汗を掻いているわけでもない。

 (家から約三十分。全力で走ってこの程度の消耗か。昨日同じことをやっていたら、こうは行かなかっただろうな)

脚の筋肉に意識を向ける。痛みも疲労も特にない。

 (改めて【勇者】の力みたいなものに目覚めたんだと分かる。なんて言うんだろう、こう言うの。超人……とでも言えば良いのか? トオルに誘われて行った映画で観た、注射で筋肉ムキムキになったヒーローみたいな。けど体格の『変化』は感じない。筋肉が分かりやすく膨張していたりはしない。それでも今なら、例えばこのビルを殴っても、痛みはあまりない気がする)

 息を整え、思考を整え、光輝は一歩一歩確実に城に歩を進める。やがてたどり着いた目の前の大きな扉を開け放つと、中には金色に輝く内装と、あの時刺しっぱなしにしていた『鍵剣』が【勇者】を。いや、光輝を出迎えた。

 「意外と中は広いな、アナローシマ」

 独り言のような言葉を、誰もいない空間でそれなりの声量にして発した。

 「狭苦しい棺桶がお好みだったかな?勇者よ」

 光輝の声に返答の声がする。やはりと言うか、当然のこととして、城の作り主は中にいた。ただし姿は見せていない。

 「臆病者なお前のことだ。少しでも自分が逃げ隠れする場所が欲しかったんだろう? どうせ俺のことは殺せないんだもんな」

「ふはははは! 発想が貧困だな勇者よ。これは城を統治する者の力を示すものさ。そして『月から中身が見えない』ものだ。勇者を殺しても、魔王には分からんさ」

アナローシマの反論に、光輝は鼻で笑って返す。

 「上司にバレなけば命令違反をしてもいい、か。会ったことも無いけど、魔王に同情するよ。月兎ならきっと『命令班を嬉々としてやる無能しか部下がいない【魔王】なら、いっそ無能を生かしておいて【魔王】だけ狙えば楽に勝てそうだ』とか言いそうだな。もうお前なんか脅威じゃないんじゃないか」

 「月兎……?知らない名前だな。キミが友人三人を切り捨てて護った少女の名前かな?」

光輝の煽りにイラついたアナローシマが、意趣返しとばかりに煽り返した。

 「発想力だけじゃない。記憶力まで貧困か? 【魔王】の使い走り君?」

 「っっ貴様ァ……!!」

 生まれたての【配下】と清廉潔白な【勇者】のレスバはあっさりと勝敗が付き、アナローシマの額に青筋が浮かんだ。

 そうしている間にも、光輝は歩を進め、広間の中心――突き刺さった『鍵剣』の元へ辿り着く。元は黒を基調としたボタン付きのクルマのカギであることは誰の目から見ても明らか。それを機能美として、あえて残してこのカタチに仕上げた。攻撃力は充分。敵の首を殴り飛ばしたのだから。だが、そんなものはこの武器のほんの一部の性能でしかない。

 光輝は四つあるボタンのうち、左右の右側の比較的小さいボタンを押すと、塚の部分を掴んだ。

 「…………アナローシマ。ひとつ、聞いておきたいことがあった」

 「……何だ? 今更命乞いかね?」

 「いいや、お前のボス【魔王】の正体についてだ」

 「…………【魔王】か。なるほど。確かにそれは知りたいだろうな。だァが、私が教えると思うのかね?」

 「そう言うなよ。大事なことだ。

キミと共同になる墓地に、名前を刻んであげないといけないからね」

 「……人間風情がずいぶんと思い上がる」

 「思い上がりに見えるか? だったらお前の命はここまでだ。」

 そう宣言して、光輝は『鍵剣』を引き抜き、一気に回転して広間の周囲を斬り張った。

空気を、柱を、壁を。そして光輝を刺し貫く直前だった二本の鎖を、一息に薙ぎ払う。

そして身を隠していたアナローシマの肉体も、その範囲内にいる。

 「ぬおおおおおおーー!?」

剣が自身の顔面を砕く寸前、持っていた杖でガードをするが、一息でへし折られる。そのまま被っていたウサギの形のマスクも砕けたが、アナローシマだけは致命的な傷は免れる。

 「……そこにいるのは気付かなかったけど、これも運命が味方する【勇者】の力なのかな?」

 「ぐっ……貴様。まさか『刀身が伸びる』とはな。【勇者】に似つかわしくない宴会芸だ……!」

 光輝が押したボタンには、それぞれが『鍵剣』に『変化』をかけるための機能が付いている。その一つが『伸縮』だ。

 「『魔力』を注いで質量を増やせば、質量保存の法則に逆らわない範囲で刀身を伸ばすことが出来る。現代の俺の戦闘経験の不足から来る予想外を、来る前に切り払えるようにしておいた。

これでお前の鎖に攻撃範囲で負けない」

 「ふん。それはどうかな!」

 「ん?」

 アナローシマは自らの両腕を広げて魔術を展開する。魔力がバチバチと空気摩擦をおこして電気を発生させながら、術者の背後に四つの魔法陣を描いて、四本の鎖を出現させる。

それを見た光輝は、すぐに刀身を元のサイズに戻すと、顔の横に剣を構えて突進の体制を取る。

 「ふははははは!! そちらの攻撃はその鍵一本。そして攻撃範囲は直線。一方わたしは、変幻自在な軌道で攻撃出来る鎖が四本! これでも本当に勝負になると思うかね?」

 「自信があるみたいだな」

 「もちろんだとも! 私には月を覆う血液という、【無限】と言って差し支えない魔力がある! そして、この城だ。【配下】である私の魔術制御力を高める力がある。無限の魔力を扱いきれるだけの力がある。すべての要因が私の味方となるのだ」

 「結構なことだ。ところで、俺を殺した後、お前は【魔王】に殺されるのか?」

 「それこそまさかだ! 【勇者】を殺し、魂を奪い吸収すれば、私とて【魔王】に等しい力が手に入ることだろう。そうすれば、魔王を殺すことも出来る! その暁には、私がこの惑星の王となり、支配者となるのだ!」

(【魔王】を殺す……か)

 「アナローシマ。それを今魔王に聞かれていたら、お前は殺されるんじゃないのか?」

 「聞かれることなどないさ。自分が殺すなと命じた勇者がこれから殺されることも、自分自身がこれから殺されることも、【魔王】は何も知らない。私に殺されるその時まで!」

 「…………そうか」

 突如、月兎は『鍵剣』の『伸縮』のボタンを押した。瞬間、刀身は一気に伸びて、アナローシマの顔面を狙って襲い掛かった。

 「ふっ」

 それをわざわざ目を瞑って首だけで回避して見せた。

 「奇襲にしてはお粗末なことだ。同じ攻撃が二度通じると思ったかね? これが【勇者】とは無様だな!」

 あざ笑うように手を前に出し、自らの鎖に号令を出す。すると鎖は、鍵剣の伸びる以上の速さで光輝に襲い掛かる。

 「速いっ!!」

 予想していた速さを超えていた鎖を回避するために、光輝は武器を手放して飛び退く。

 「それで避けているつもりかね?」

 その場から離れた光輝に対して、鎖は先端をそのまま伸ばしつつ、弧を描くようにして光輝を追尾する。その動きはさながらレーザービームの檻。光輝を輪切りにするべく、襲い掛かっていく。

 「まだ大丈夫だ。俺の方が僅かに速いっ!」

 「そうかね? では私からもささやかな贈り物をしようか。杖は壊されてしまったが『魔力』は無限だ。魔力弾を撃つだけだが、充分だろう」

 アナローシマは手のひらから球状にした『魔力』を生成し、『射出』の魔術で撃ちを始めた。

 「くそっ!そんなことが出来るのか?」

 言うなれば硬式野球ボールを投げてこられるようなものだ。当たれば存分に痛みを満喫でき、当てどころが悪ければ死ぬ。

 銃を撃っての殺し合いの観点からすれば、遊びのようなもの。だが、本命の鎖を十全に避けられなくするだけでも充分価値はある。なにせ球は無限。アナローシマは特に鎖を操作しているわけでもないオート追尾。手持無沙汰。つまり、投げれば投げるだけ、投げ得だ。

 

(こっちからも反撃したいけど、【勇者】の魂には遠距離攻撃の記述が無い……くそっ!!)


 走る方向を変更して、襲い掛かってくる鎖をリンボーダンスのように掻い潜りながら、時に生きる代償として、必要最小限の魔力弾を左手で受けつつ、休みなく走る。     

 走りながら、今戦っている場所の情報を得る。場所は大広間。単純にドームくらいの広さがある。外から見た大きさと明らかに面積が噛み合わないが、多分魔術なんだろう。入ってきた扉から見て正面の位置には、二階へと上がる大きな階段があった。  だが、さっき薙ぎ払った時についでに殴り壊してしまった。

 (逃がさないための意図だったが、裏目に出てしまった)

 そう思ったのもつかの間、光輝は壊した階段に進行方向を変えた。

 「階段? ふむ。勇者の身体能力でも、二回に上がれるとは思えないがねえ……」

 光輝の突如とした進行方向の変更に、少し考えたアナローシマは、これまで射出していた魔力弾を、サイズの大きいものに変更した。片腕を天井に向けて、大きく大きく形を造る。

 「あいつ、もっとでかいものが作れるのか!!」

 (くそっ、こうして戦ってみると、つくづくスピリットの言ってたことが的中してる……!!

アナローシマと俺の距離は、どう考えても隠れて近づいて人を殺してバレずに帰れるだけの間隔が空いてる。なのにアイツは苦も無く鎖で襲い掛かり、魔力で弾丸を撃ち、あまつさえ弾丸を大きくも出来る。こんな相手に警察や自衛隊が、数の有利を生かせるわけがない。しかもアイツは粒子になって消えることだって出来る。

 間違いない。これが必要だったんだ。圧倒的な個人の力。【勇者】が……っ!)

 アナローシマが魔力を形成し終える前に、光輝は瓦礫と化した階段にたどり着いた。そして、その瓦礫を両手に持って、今度は敵に直進する。鎖は依然としてアナローシマを起点として扇のような軌道で光輝を横薙ぎにしようと動く。もはやこれはステージギミックだ。あえて直線で来ないのは、トップスピードに格差が付いて捉えきれないからだろう。ゆえにただ追尾するくらいなら、勇者の自由を奪う大縄跳びのような役割をこなす。

 不規則に動く鎖に苦戦しながら、光輝はアナローシマとの距離を縮めようと進む。だが

 「残念だったな。時間切れだ。」

 下卑た笑みを浮かべ、アナローシマは自分のカラダほどの体積はあるであろう魔力球を光輝に向けて放出した。

 「ぐっ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおーー!!」

 勇者は咆哮と共に、敵の攻撃に飲み込まれる。

 「無駄なことだ。【勇者】よ、冥途の土産に一つ指南しておいてやろう。

 『魔術は地上の物理法則に唾を吐かない。』

 『射出』の魔術が必要とするエネルギー量は、質量の物質に依存する。同じ『射出』であっても、先ほどの手のひらサイズの球体と、今の身体ほどの大きさの魔力球では、必要とする魔力エネルギーが違う。それを同じ距離分だけ打ち出せると言うことは、当然、それに見合うだけの運動エネルギーがその球体に掛けられているということの証明だ。即ち……」 

 「ぐうっ、ぐうううう……っっ!!」

 「見掛け倒しのデカいだけの球ではないと言うことだ。あと、ついでだから一工夫もこなしたぞ。喜んでくれたまえ」

 「え……!?」

 魔力球に押しつぶされまいと抵抗して踏ん張っていた光輝のカラダが、突然前のめりになった。まるで、さっきまでの重みが完全に消えたかのように。魔力球のあった位置に身体が押し出される。

 そして……

 「『爆発』」

 ズドオオオオーーン!!

 身を震わせる衝撃と、聴覚を置き去りにする爆音が鳴り響き、二人の視界は、光によって包まれた。

 

 「ふふふ。時間がかかってすまなかったね。なにせ大きさと爆発という二つのロマンを合わせつつ、自分だけは安全にしなければならなかったからね。少し手間取ったんだ。

 

 フフフフフ…ハァーッハッハッハッハッハーー!!!!」

 気持ちよさそうに高笑いしながら、光が弱まった着弾地へ歩を進めようと一歩前へ。

 

 ザクッ――!!

 

 「な、に……?」

 何か突き刺さった音がして、アナローシマの身体は粒子となって霧散していった。

 「ハァ……ハァ……ハァ…………!!」

 爆発に身を晒して血を流す大怪我をしながらも、その姿勢は、何かを投げた後のものだ。

 カコン。重力に負けて空しく落ちた音がして、床にアナローシマを仕留めたものが転がった。

 

 「…………ハルバード。咄嗟に階段の瓦礫を『変化』させて作ったというわけか……器用なことを」

 

 そして、粒子になって消えたはずのアナローシマが、奥の方か無傷のまま現れた。

 

 「ハァ……ハァ……『分身』……」

 「無論だ。私の最も好む『魔術』なものでね。」

 「お前は……ハァ……分身か……?」

 「フフフフフ。さてね。あるいはキミの【勇者】としての継承が『魂』と『記憶』の両方であったなら、私を理解しうるかもしれないがね……」

 「魂と……記憶だと?」

 「ああ。キミの戦い方を見て確信したよ。キミは【勇者】の戦いの『記憶』を継承していない。そうでなければ、戦い方が手探り過ぎる理由が説明が付かないからね」

 

  ≪…………それは変よ。『転生』は、対象者の『魂』と『記憶』のワンセットを、未来に飛ばすものなの。

 それが魂だけ飛ばすなんてことは本来あり得ない。≫

 (あの『魔術協会』の女性も言っていた。転生は魂と記憶とのワンセット。それは聞いていた。けど、戦局を左右するほど重要ものなのか?いや、当然か。前世が勇者なら、当然あるんだろう。戦っていた時の記憶。戦闘経験が)

 「……ハァ。ハァ。

 ……っ。無いなら……無いなりに、戦うしかない」

 光輝は左手に持っていたもう一つの瓦礫を『変化』でハルバードに変えていく。

 「ふっふっふ。それでも勇者かね? まるで蛮族だ」

 『変化』を完了したハルバードを右手に持ち替えガッシリと握り、乱れた呼吸を整える。

 「その余裕もすぐ消える」

 「何?」

 「確かにお前は、月から『魔力』を持ってきているのかもしれない。だが、無限ってことはないさ」

 「なんだと? まさか月にある分しかないからそれが尽きるまで戦うとでも言う気かね?」

 「いいや!」

 腕を振り切り、ハルバードを投擲しアナローシマへ攻撃をしかける。

 「さっきといい、不意打ちにしてはお粗末な攻撃だ。」

 迫りくるハルバードを手で合図した鎖によって弾き飛ばし、もう一方の腕で鎖に攻撃を命じる。光輝はそれを走って距離を詰めることで再度装備しなおした『鍵剣』で払いのけた。

 「お粗末なのはお互い様だ。月を染め上げるほどの『血液』を、この地上に全て持ち込めるはずがない」

 「ぬ――!?」

 「俺には『魔術』の知識なんてない。『魔力』ですら、どうやって変換しているのかよくわかっていない。けどなあ!!」

 ガンッ!!

 光輝は再び『鍵剣』を床に差し込み『伸縮』のボタンを押した。

 「月にあった『血液』をこの地上まで届けて魔力に変える。そんなことは出来るはずがない」

 「き、貴様――!!」


 「お前が教えてくれたんだ。

 

 『魔術は地上の物理法則に唾を吐かない』

 

 だったら出来る筈がないよな? 月にある血を、地球から自分の魔力に変えて瞬時に使うなんてこと、相対性理論が許さない!」

 

「ぐっ!」

 

 「そして、月一個を覆うような血液を日本列島の中に納まるように収納することも、物理法則に反している。だったら、どうするのか?」

 

 光輝の『鍵剣』の刀身が赤く染まっていく。

 

 「俺なら、魔力に変えられる有効距離範囲を超えない程度に地下に穴を空けて血液を溜める。プールみたいにして。この城はそのカムフラージュの役割もあるわけだ」

 「ふっ……それで今、この地下にある血を吸い上げているわけか。だが、その鍵で吸える量も高が知れている。タネが割れた以上、仕方ない」

 アナローシマも床に手を置き、地下の血を魔力に変換し、分身を造り始めた。

 「私の数が増えれば、鎖の量も増える!」

 「私の量が増えれば、魔力の貯蔵量も増えるに等しい」

 「私の数が増えることで、貴様は一斉に戦う数が増える」

 「私が増えることで私は私でなくなる」

 「わたしがふえることで自我は希釈され個に価値は無くなる」

 「わたしがふえることでわたしの軍隊がけいせいされ、まおうにも勝てる」

 「ワタシたチは個にして全となり全能になル」

 

 「「「サあ、ワタシ達は【勇者】ヲ刈り取り【魔王】へと至ろウ?か!」」」

 

 分身の数が増大し、光輝の周囲を覆う全の集団となり、軍隊となる。威嚇するように現れる鎖。勝利を確信し吹き出る笑い。あらゆるものが、光輝に害意を向けて、殺意となる。

 一方、光輝の方は『鍵剣』が完全に真っ赤に染まり、これ以上赤くなりようがないほどに『赤』だ。それを見届けた光輝は、勇者の剣を抜くかのように両手を添えて、腰を沈めて瞳を閉じた。

 「「「最期に言い残すコトはあるカね?勇者」」」

 「だったら、魔王の名前が知りたいな。」

 「「「「イイだロう。同ジ地獄に送っテやルかラ後でイクラでモ聞タマエ!」」」」

 死神の鎌を振り下ろすように全員が一斉に号令を上げる。それと同時に、光輝は『鍵剣』の二番目のボタンを押した。

 

 

 

 「…………えっと、なんだっけ。獲物を前に舌なめずりは三流、とかなんとか。時々月兎の観てる番組一緒に観てたんだけどなあ……忘れちゃったよ。フゥ……」

 疲労が身体を襲って、流した血液の分だけ抜けた力を、武器を杖代わりにすることで身体を支え続ける。そして、自分を囲っていたアナローシマの軍隊の成れの果てを視認した。

 床から突き出された鍵剣の刀身が、下半身から、腹部から、わき腹から串刺しにされて天井を貫通し、首から上が無い物。半分に断絶されていた物。様々だ。

 

 「仇は……討ったぞ。トオル………三咲……アユ……!」

 

 涙が流れそうになる。すべて終わったみたいに。だが、違う。これでもまだ、終わりじゃない。

 

 「うわっ、何だこれ。悪趣味な成金の家かよ」

 疲労で崩れかけた光輝が背後から聴こえた声に振り向くと、月兎が呑気に歩み寄ってきた。

 「……月兎」

 「よお、お兄ちゃん。お疲れ。残念ながら来てるのは俺だけだから、幼馴染に優しく膝枕で介護されるようなシチュエーションはお預けだ」

 「ハァ……そうだな。そういうの、少しあこがれるな」

 「へえ。リア充でもそんなもんなんか。バイトよろしく、えり好みしなきゃ全然できそうなもんだけどね。ほら、なんか二人いたじゃん? 他にも似たようなのがいるんじゃねえの?」

 「…………おまえ、本当に不謹慎だな。ハァ……」

 「そうか? 車のカギで処女喪失アイアンメイデンさせるのに比べりゃ、俺なんて愛くるしいウサギちゃんだろ。ケツの穴から旋毛までばっちり貫通してんじゃねえの…………アレ? よく見たらそいつ本体じゃねえか? 倒してんじゃ~ん」

 「…………まあ、俺の童貞と交換ってことで」

 「プッ! ヒャハハハハハハ!!

 なんだよお兄ちゃん、そんな下ネタいけるクチだったのかよ?

 そうと知ってりゃもう少しくらい兄弟仲良く出来ただろうになァ! ハハハハハ!!」

 「なんだ、そんなことで良かったのか。兄弟仲良くするコツは、ただの下ネタか?」

 「ブラックジョークが言い合えるのは仲良しの指針だろォ? お互い別の生き物だってのに、笑いのツボが違っちゃ笑いあえねえ。そんなつまんねえ関係性で仲良しもクソもねえよ」

 「そっか。ならもしも、俺の友達三人が生きてたら、今なら一緒に遊びに行けたか?」

 「あーそりゃあ無理だわ。俺、自分を良く見せるために本心を隠すタイプのヒューマンとは相性が悪くってよ。腹の中の茶色まみれの臓物、ぶちまけさせずにいられないの。

 結局、アンタが何をどうがんばったって、俺の快楽主義者コンプレックスは止まらねえのよ」

 「……そうか」

 「そうさ。

 ところでお兄ちゃんよお、この鍵の串刺しロックキートーテムはどうやったんだ? 明らかに今のアンタにひりだせる血液量の限界超えてんだが?」

 「ああ、この床の地下には、月にあった血が蓄えられてたんだよ。

 あとはこの『伸縮』のボタンで体積を増やしながら血液を魔力に変換し続けて、トドメに『増幅』のボタンで刀身を増やして分身全部に地下から刺突したんだ」

 「ほーん。素人だってのにアドリブでそこまで考えたんかよ。やっぱアンタ主人公……俺とは別の生き物だわ」

 月兎が冷めた瞳を光輝に向けた瞬間、それまで消えずにカタチを維持していたアナローシマの分身が粒子となって風に攫われて行った。

 その時向かい合っていた二人の空気は、兄弟のものから変質していた。

 「…………」

 「…………」

 月兎の瞳はどんどん冷たくなっていく。とても血を分けた兄弟を見る目ではない。

 一方光輝は、何か覚悟を決めたような瞳をしている。覚悟を決めて、杖替わりにしていた鍵剣を引き抜き、決して離さないように握りしめて。口を開いた。

 「…………なあ、月兎。俺もお前に、聞きたいことがあるんだ。」

 「何?」

 (結局聞きそびれた真実を、本人に直接聞くしかなくなった。


 喉が渇いて仕方がない、口にしたくも無い言葉を、俺は嫌がる喉を強引に押さえつけて吐き出した)

 


 「月兎、お前が…………【魔王】なのか?」

 

 

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