第3話 展開

午後九時 視点:日野陽香

 警察署、待合室。

 ノックもなく部屋に誰かが入ってきた。その顔を見てボクは無意識に安心した。月入ってきたのは月兎だった。

 「うーす。お兄ちゃん~サツにお世話になった悲しい家族とご近所さんを、出来る兄の出涸らしが迎えに来たぞー絶対いらないよねーこのお迎え。

 あと、ここまで歩きで来たから、帰りは政府のイッヌに慈善タクシーしてもらうわ。アレ? いよいよガチでこれ俺いる? 俺の自由な時間も市民の血税も、意味なく価値なく余分にドブに捨ててね? これが国家の実状かよ~無いわー」

 街はボロボロに壊されて、たくさんの人の損壊死体が放置されている。そんな状態で警察がやってきたことで、ボクと光輝は事情聴取を受けていた。本来なら、ボクか、光輝たちの両親が呼ばれるのが普通なんだけど……。

 「来てくれてありがとう。月兎。ごめんね。夕方に言いそびれちゃったけど、今日はお父さんもお母さんも帰ってこれなくて」

 「へー奇遇ですねーウチも親が今日中に来れないんですよー。

 だからってサツに迎えに来るのが同い年の中坊なのは、やはり間違っている」

 ガリガリと頭を掻いて欠伸をしている月兎。いつもと同じ光景。いつもと同じ身振り。

 そして、とても好意的とは言えないけれど、例え独り言でも、月兎の声が聞けた。それが物凄く嬉しくて、ようやく気持ちが落ち着きを取り戻したのを、頬を伝う涙で自覚した。

 「月兎、あのね……」

 「あん?」

 「三咲と、アユと、トオルが…………ね」

 伝えなくちゃ。さっき起きたこと。じゃないと、もしかしたら月兎も死んじゃうかもしれない。そんなのは嫌。月兎がいない世界じゃ、ボクは生きていけない。四年前に自覚させられた真実を、今更否定出来ない。ボクは、月兎が好きだから。

 「何、死んだん? 無差別テロだっけ?」

 これも、いつも通りの軽口。クラスでも、学校でも、その外でも、耳にするような言葉。

 それでも少し動揺してしまう。

 「月兎!」

 「んー?」

 「お前……お前なんてこと言ってくれるんだ!!」

 「こ、光輝やめて……!!」

 分かってる。月兎は何も知らない。ボクと光輝が、街で起きた爆破事件の現場にいて、事情聴取を受けて、警察署にいるから迎えに来て欲しい。それしか伝えてない。伝えられていないんだから。月兎は何も特別なことなんて言ってない。クラスでも普通に飛び交うような言葉。軽々しく言っていいような言葉じゃないけれど、それでも月兎に責任なんてない。

 だから、止めてよ光輝。こんなの理不尽だよ。普段聞いている言葉を使っただけで責められるなんて、そんなの月兎が可哀そう。止めなくちゃ。なのに……

 「お前はどうしていつもそうなんだよ!! 何でこんな場所に保護者でもない同い年の兄弟が呼ばれることになったのか少しくらい考えろよ!!」

 「知らんがな」

 「やめ……て……」

 足に力が入らなくなって、膝から崩れ落ちてしまった。光輝を……止めなくちゃいけない。止めないと……。

 「トオルも、三咲も、アユも! みんな殺されたんだぞ!!」

 (光輝にバレちゃう。二人の一緒が、終わっちゃう……)

 立ち上がれない足を引きずって、ボクはどうにか月兎の足を掴む。

 「あらま。そりゃあ、ご愁傷様。んで、それ――」

 「月兎!」

 「ん?」

 間に合った。なんとか間に合った。その先を月兎に言わせたら、絶対に今の光輝は落ち着いていられない。光輝は気付いてない。月兎が本心から『赤の他人が生きようが死のうがどうでもいい』と思っていることを。

 「お願い。何も言わずに、光輝の話を聞いてあげて。」

 「は? 何で?」

 「お願い! お願いだから、何も言わないで……っ! 月兎、お願い!!」

 叫ぶように懇願するけど、やっぱり今の月兎には響いてない。


 「わざわざ家でのんびりしてたとこ呼びつけられて、ヒステリックのサンドバックになれってのかよ? 冗談だろ。人間いつか死ぬぞ。例外はねえ。


第一、赤の他人が生きようが死のうがどうでもいい。俺がそう思われているようにな」


 「……っ、お前……! お前えええーー!!」

 (ダメだ。やっぱり月兎は、ボクの話なんて……もしかしたら誰の話も聞くことは無いのかもしれない。でも、今だけはなんとか止めないとダメ。取り返しがつかない。どうしたら…どうしたらいいの?だれか、誰かこの二人を止めて……っ!!)

 「おいウサギ小僧」

 光輝が月兎の胸倉をつかんで拳を握った時、とても低く野太い声が二人に静止を促した。

 「あ、ブタゴリラじゃん」

 「テメェ……天下の桜の代紋の元で、よもや喧嘩なんざしようとしとるんじゃあ、ねえだろうのう?」

 足がすくむ程の威圧感を放ちながら静かに言葉を紡ぐ。

 「なーに言ってんだよ、ゴリラのオッサン。これ見えないの? この胸倉掴まれて無抵抗な一般市民の姿が。どう見ても俺がいじめられてるだろうがよ」

 「…………」

 光輝は風貌に驚いたのか、自然と胸元を掴む手を放していた。良かった。喧嘩は止まったよ。でも、その人は、月兎のことが嫌いなのか、依然として威圧するのをやめてくれない。

 「そう言っておめえが、昔その左腕で暴走小僧の頭割ったのは忘れてねえけんのう?」

 その人は、坊主頭に刀疵が目立つ、骨が潰れた鼻に、筋骨隆々な肉体。ゴリラとヤクザを足して二で割ったかのような風貌の中年男性だった。

 「ったく、これだからゴリラは。見た目二足歩行の猿でも、脳みそがヒト科に追いついてねえっつーか。相手は5人いたんだから、正当防衛でショ?」

 「五人全員の脳みそが露出してて正当なわけあるかいボケがァ……!!」

 「その分罪のないドナー待ちの人が助かったんだから、街のゴミ掃除に貢献した善良な一般市民じゃん。怒っちゃいや~ん」

 月兎は、そんな恐ろしい風貌の人にも、まったく臆せずに軽い口調で話している。

 「ね、ねえ、月兎。この人は、知り合いなの?警察官に見えるんだけど」

 「んー。俺のおっかけ?」

 それまで単語や、ワザとっぽく敬語で話すだけだった月兎が、砕けた口調でボクに返答してくれた。ちょっと嬉しい……。

 「なあに、テメエ一人じゃねえぞ。おっかけやってんのはァ。テメエみてえな悪ガキは残らずおっかけて。ブッ殺す。それが俺の仕事だ」

 「きゃー。ポリスがブッ殺すっていったー。こわーい。こんなオッサンに血税で給料払わされてる国民が気の毒だと思わないんですかー」

 「おめえみてえな社会舐めてるガキに、せっかく作った道路やら建物やらガラス窓やらがぶっ壊される職人の方がよっぽど気の毒だよ」

 「おっと。サルにしては痛いとこ突くわ。それを言われると、特に罪悪感が無い心が痛む素振りをするしかない。

 んで、両親不在、証拠皆無の爆破事件。その容疑者のガキのお迎えなんて名目で俺を呼び出したのは、そこが理由なんか? それとも俺に会いたくて震えたか? 相良のオッサン」

 オジサンの名前は相良って言うんだ。

 「誰が好き好んでオメエなんか呼ぶかボケが。呼び出したのは、こちらの美人さんだ」

  相良さんが大木のような大きな腕で示した部屋の隅には、赤い長髪のスタイルの良い女性が立っていた。

 「みなさん、初めまして。わたしは私立探偵を営んでいます。相田真紀と申します」

  ぺこりとお辞儀をした。それだけの所作無駄がなくて、カッコいい。仕事が出来る大人の女性って感じ。

 (ボクもこんな感じの女性になれたら月兎も振り向いてくれるかな……?)

 「何だこのオバハン?」

 (良くも悪くも、全然関係ないみたい……。あとすっごく怒ってる。夕方のことが全然問題にならないくらい)

 「いきなり酷い言い草をするのね。聖月兎くん。」

 「いきなり人を呼びつけてきやがった赤の他人には、適切な距離感だと自負していますが?」

 「あら、もしかして怒らせてしまったかしら?」

 「探偵を自称しておいて、探索対象の嫌悪すら調べられない無能なら。探偵なんて身の丈に合わない詐称は止めた方がいいぞ」

 「…………」

 「…………」

 ボクと光輝は同時に月兎の方を見て言葉を失う。ボクも光輝も、ここ数年、月兎が話すところを殆ど見ていなかった。放課後に話したことだって、内容はボクにとって辛いものだったけど、それでも本当に珍しかった。なのに、今。月兎が、初対面の人と自分から口を開いて話をしてる。怒ってるのは分かってるけど。でも。うん。…………羨ましいなあ……。

 「あら、これでも人探しは得意なのよ? 探偵として仕事をしても問題ないくらいと自負しているのだけれど」

 「人探しが得意を自称するなら、いっそ犬と名乗った方が適切なんじゃないの?

 面識もない他人と接触する時はアポを取るか、自分から出向くってゆー最低限の社会的常識を知らない内に、信用第一の仕事をしても餓死するんだろうし。

 ああ、もちろん別にオバサンの生活を心配しているわけじゃないよ。探偵なんて不確かな職業に金払って縋るほど追い詰められているような人が、時間を無駄にして金までドブに捨てることになる不憫が気の毒で仕方ないから言ってるんだよ」

 「……あははは。言うじゃない。小僧……」

 よっぽど怒っているみたいで、月兎の言葉は少しトゲがある。相田さんは怒りで血管がピキピキと痙攣している。それでも、月兎がボクの目を見て話してくれることを考えると。



 「羨ましいなぁ」



 ピタリ。一触即発の空気だった二人が、時間が止まったように静止した。どうしたんだろう?

 「………………ねえ、今あの子、なんて言ったの?」

 「………………俺は何も聞いてない。アンタも何も聞いてない。それが幸福ってもんだと思わないか? この世には、人類が理解出来ない思考がある。そんな深淵に意味もなく足を突っ込むなんて、不毛ってもんだろ。お姉さん」

 「……そうね。そのお姉さんっていうのに免じて許してあげるわ。何故か背筋が寒いし。怖いし……」

 「……?」

 何だかよく分からないけれど、急に二人は仲直りしました。最後にはアイコンタクトまでして。いいなぁ……ボクも月兎とアイコンタクトしたいなぁ。

 「(ゾワゾワゾワ)さ、さっきより悪寒が酷くなってる……?」

 「…………えっと、いいですか?その、探偵の相田さんが、月兎を呼んだというのはどういう理由なんですか?」

 「と言うか俺もう帰るわ。おい豚ゴリラ、アシ出せ」

 メキッ。

 月兎が無言のままの相良さんに蹴り飛ばされた。

 「月兎? 大丈夫?」

 「あら、足が出たわね。」

 「……豚野郎。平然と、民間人に蹴り、入れやがった、ぞ。懲戒免職もんだ。SNSで炎上させてやる」

 「あの、月兎? 本当に大丈夫? さっきメキって音がした気がしたんだけど……」

 「俺を焼きたきゃ戦車でも持って来いや。クソガキ」

 「おお言ったな。桜の代紋炭にしてテメエの肉で焼肉して生ごみの日に捨ててやんよ。豚キメラ!」

 「なあ月兎。話の途中だから少し静かにしていてくれないか?」

 「いや、あのババアが用があるのは俺だろ。何でお兄ちゃんが気にしてんのよ? 熟女趣味あったん?」

 「いくらなんでも熟女は失礼じゃないか」

 「失礼なわけあるか。こっちとらようやく手に入れた伝説の三週打ち切りの連載漫画が掲載された週刊誌手に入れてウッキウキで読んでて、最期の一話の終盤でようやくヒーローが変身するっていう超熱いシーンで家電鳴ったんだぞ。漫画との出会いは一期一会で、感じたときめきは再生不可能な一回きりの恋なんだぞ。それを棒に振っておいて何かと思えばツラも知らねえババアが用があるから出向いてこいなんてもんだったんだぞ。これ以上の失礼なんてこの世にあるわけがない。」

 「ごめんなさいね。月兎君。ただ、今回の表向き無差別テロ事件とされている事件について、あなたの意見を聞きたかったの」

 「興味無い。俺にこれ以上の感想なんか無い」

 「それはあなたの感想でしょう? 私はあなたに意見を求めているのよ」

 「俺は最底辺に近い無能の人類だ。現場にいて生き残った有能なお兄ちゃん以上に出せる意見なんてあるわけがないし、良いように利用されるとか冗談じゃない」

「それでも知っている筈よ? 実はあの場を安全な位置から見ていた人も何人かいてね。そこにあなたが映っていたのよ? ここに証拠の……」

 そう言いながら、相田さんはカバンからノートパソコンを取り出す。それを見て、月兎は一息ついてペットボトルを取り出した。

 ぽとぽとぽと。

 「え……?」

 「あ」

 「な、なにやってるんだ月兎!?」

 唐突に、中身が入っていたペットボトルを逆さにして、液体でノートパソコンを濡らした。

 「俺は最底辺の人類だ。俺に出来ることなら人類の全てが出来ることだ。出来ないとほざいている奴は、自分から諦めて本気で打ち込まない奴、面倒くさがってやらない奴。自分の限界を勝手に決めてる。ただの努力不足だ」


 冷たい目で相田さんを見据えている。さっきまでとは違う、本当の怒りの瞳。

 

 「どんな人間でも必ず俺の上位互換だ。才能に胡坐をかく怠け者。そんなお前らを、この俺が助けてやる義理は無い」

 

 それだけ言うと、月兎は部屋から出て行った。

 「あ、待って月兎! すみません。ボクも失礼します」

 

 

 

 視点:聖光輝

 「…………相田さん。パソコン、壊してしまってすみません。」

 「ああ、いいのよ。こちらこそごめんなさい。彼に不愉快な思いをさせてしまったわ。謝っておいてもらえるかしら」

 彼女はパソコンになんの未練もないかのように、机の上の水を拭いている。

 「分かりました。

 ところで、何であの場の意見を、月兎に求めたんですか? それに、あの場に月兎がいたって言うのは?」

 「そうね。彼のことは色々と調べさせてもらったの。それで分かったことなのだけれど、どうやら彼は、この件に関して何か知っていて隠していることがあるの。」

 「……月兎が? 何で……」

 そう言えばスピリットも

 

 万人の為に悪を討つならば。聖月兎こそが、勇者と人類の最大の敵となるだろう。

 

 (一体、月兎は何をしているって言うんだ?)

 「四年前、彼はハワイ諸島で行方不明になった時期があるでしょう?」

 「…………何でそんなことを知っているんですか」

 「知っていることはそれだけじゃないわ。私たちは、その時彼が何をしていたのかを調べて、今回の無差別テロ事件……いいえ、侵略者による虐殺事件の情報を掴んでいることを確信したの」

 「…………そんなバカな。何で……?

 いや、そもそも貴女は何者なんですか?」

 「そうね。もう部外者もいなし……いっか。実私の正体は私立探偵じゃなくて、魔術師なの。

 それも、魔術師が集う魔術師のみの組織『魔術協会』に所属している美女魔術師。ついでにさっきの相田なんたらって言うのも偽名よ。本名は言えないけど」

 「……えっと、質問いいですか?魔術…協会?の貴女が何故警察に?」

 「ああ、そこからね。それじゃあ……そうね。

 まず、あなたのさっきの戦い、私たち『魔術協会』は視認していました」

 「…………なんですって?」

 視認していた? それはつまり……。

 「人が殺されていくのを、黙って見ていたって言うんですか?」

 「『魔術』は原則として秘匿されるべき物ですから。あの場を見てしまった人は確認しておく必要がありました。と言っても、そのほぼ全員が死亡してしまいましたが」

 「…………つまり、助けることが出来たはずの人たちを見捨てたんですか?」

 「安心してください……というのはおかしいですが。私たちが確認したのは、SNSで何者かが上げていた動画で確認したものです。まあ、秘匿という性質上、動画を上げたアカは漏れなく垢BANにしましたが」

 (利用できるだけ利用して、用がなくなれば切り捨てるのか。この人…と言うか『魔術協会』という組織は、あんまり信用出来ないかもしれない)

 「まあ、ネエチャンのとこは別に警察じゃねえ。あくまでも法律上はただの市民団体だ市民を助ける責任なんてねえし、ましてあんなバケモノ相手に戦う義務もねえ。

 本来なら、オレ達と協力関係なんて結ぶ理由はねえ。だが、今回は別だ。あんなバケモノとやりあうなら、全員に発砲を解禁して、非常線張って、市民にも説明する記者会見もしなきゃならん。交通はストップするし、税金も湯水のように消費する羽目になる」

 「そこで、『魔術』を秘匿したい我々と利害の一致を見て、相良警部補から個人的に依頼を受けたことで、私が派遣されたのよ。日本の法律上『魔術』は存在しないし、結果として物が壊れても人が死んでも、その責任は私たちにあるという途中式を、法律の範囲で証明出来ないから、逮捕も出来ない。利用する分にはとても都合がいい存在なのよね」

 なるほど。例えば放火と言う犯罪を立証するには、犯人が実際に火をつけた証拠が無ければならない。

 犯人を監視カメラで全方位を撮影して、実際に発火が起こっていたとしても、それを『犯人が行った』ことを証明出来ないから、有罪に出来ない。と言うことか。

 「そういうことですか。話は理解出来ました」

 「それは良かったわ。

 それじゃあ、今度はこちらが質問する番よね」

 信用出来るはともかく、俺はこのままじゃ戦えない。協力は必須だ。協力するしかない。

 アナローシマともう一度一対一で戦うことになって、勝つこと。それは最初と比べれば全然難しくない。次からはさっきの『鍵剣』で戦える。剣と呼ぶには、刃が全く斬れる形状をしていないナマクラだったけど。あれでも殴って首から上が砕けた。剣の形のバットとでも思えば良い。それに俺の身体能力も上がっていた。武器だけじゃない。俺自身の殺傷能力は充分だ。俺は今度こそあいつを倒せる。

 問題は場所だ。さっきあいつを逃がしたのはそこだ。あのまま戦っていたら、あの場にいた多くの死体を損壊させていただろう。もちろん、俺の友達の遺体もグチャグチャになった。それだけじゃない。あそこは公道。いつ何時、誰が通っても許される場所。つまり、あそこで戦っていたら、さらに誰かが殺されることになっても不思議が無かったんだ。だから、俺には戦える場所が必要なんだ。誰も巻き込まずに戦える場所。つまり、警察に非常線を張ってもらって、人が入ることが許されない場所を作る必要がある。そのためにも、俺が味方であることを証明しないと。

 「分かりました。俺に伝えられることなら、協力します。

 「それは良かったわ。ぜひ知りたいことがあるの。貴方の使った魔術について」

 「え……? 魔術について……ですか?

 それは、えっと……手札を知りたいという意味で良いですか?」

 まさか、ついさっき始めて魔術を使って……と言うか、実在することを知った俺に、魔術の知識や情報を求められても困る。

 「それもあるけれど、私が知りたいのは、あなたの異常な魔術についてよ」

 「異常……? 俺が使った魔術は『変化』というものらしいんですが、これは異常なんですか?」

 「…………本当に『変化』の魔術なの?」

 「俺は、そう聞いたんですけど」

 「誰から聞いたの?」

 「俺自身の魂です。さっき知ったばっかりなんですけど、俺の前世は【勇者】らしいので」

 正直に言って少し恥ずかしい。前世が勇者でした。なんて、真面目に口にする日がくるなんて………けれど、相手は魔術師だし、きっと魂を使う魔術とかも普通にあるんだろう。隠す理由は無い。そう、羞恥心以外は。

 「…………」

 「へえ。『魔術』ってやつは、魂なんて存在まで見つけてるのか。今更、勇者様だの英雄様だのがいても、驚きゃあしねえが、そっちは驚きだな」

 「そうですね。俺もついさっき聞くまで、抽象的なものと思ってましたから」

 「…………光輝君。あなた、自分が【勇者】だと言ったわね?」

 「え?はい。言いました」

 「それって、前世の時代はいつだったの?」

 「前世の時代? いいえ、分かりません。魂に刻まれてたのは『変化の魔術の使用説明書』みたいなものと、これまで変化で作ったものの『設計図』だけでしたから」

 「魂はそうでしょうね。『記憶』はどうなの?」

 「記憶? 前世の記憶は何もありませんよ。」

 「…………それは変よ。『転生』は、対象者の『魂』と『記憶』のワンセットを、未来に飛ばすものなの。

 あなたがもし本当に【勇者】なら、『転生』の『儀式』を使えたとしても、おかしい話じゃないかもしれないけど、それが魂だけ飛ばすなんてことは本来あり得ない。【魔王】に負けて命辛々逃げ出してそれが失敗したの?」

 この話を聞いて、俺は少し安心していた。良かった。勇者はあったんだ。俺の頭がおかしくなって妄想をしていたわけじゃないんだ。『魔術協会』ってところには、ちゃんと知られている知識として存在するんだ。

 けど、確かに聞いてみればおかしい話だ。転生ってことは、結局【勇者】はその時確実に死んでいるということだ。わざわざ人為的に生き返るって言うのに、記憶が無いなんて、そんなの意味が無い。自我と記憶が無い自分なんて、死んでるのと何が違う? 例え記憶以外のすべてを引き継いだ状態で生まれなおしても、生まれた命は、もう別人だ。

 記憶が無ければ人は人格を形成出来ない。記憶があっても自我が無ければ、それはただの記憶媒体でしかない。

 「分かりません。俺はついさっきまで、ずっと聖光輝として生きてました。『魔術』も、『前世』も『魂』もフィクションだけの世界でしたから……」

 「……そう。まあ、いいわ」

 (聖月兎が『魔術使い』であると分かった時点で、家族である彼のことも、もちろん調べてある。これまで彼が魔術を使った形跡はゼロ。嘘は付いていない。

 あの『変化』の魔術が規格外であることの理由も、今は無理やりそれで説明出来る)

 「話は纏まったな? 本題に入っていいか?」

 相良警部補がお茶を入れながら聞いて来た。三人分。

 「ええ。こちらは最低限のことは聞けました。彼の人格を考慮しても、問題は無いと思います。

 彼が本当に【勇者】なら、敵は【魔王】です。である以上、我々『魔術協会』の魔術師では勝ち目は薄いですから」

 「勝ち目が薄い……? 相手は能力はともかく、鎧を着ていて、肉体は普通に人間でした。拳銃でも打ち殺すことは出来るんじゃないんですか?」

 俺がそう言うと、少し苦虫を噛んだような表情をして、言いたくなさそうに顔をしかめながら口を開いた。

 「…………『魔術師』といっても、ゲームみたいに戦い慣れしている人はそうはいないのよ。要は科学者の魔術版なのよ? あなた、科学者が専門分野の知識使って良いから拳銃をもっている凶悪犯と戦ってきなさいって言って、自信満々に戦いに行くと思う?」

 「イメージが湧きませんね」

 「そうでしょう?

 だいたい、あっちは世界を滅ぼすための魔術使い。破壊と殲滅のために生まれた存在なの。そもそもからして管轄が違うわ」

 「管轄……?」

 「だから本当は彼に戦って貰おうと思っていたのだけれどね……」

 「待ってください! 戦うなら俺がやります!」

 「ええ。あなたがそう言うことは分かっています。貴方は健康的な若い肉体で、運動神経も良い。そして自分から戦いに志願してくれている貴方に託したいと思います」

 「はい。俺も、弟に戦わせるくらいなら、俺が戦いたいんです」

 良かった。これで思いっきり戦える。

 「…………俺はあんまし気が乗らねえなあ。」

 「え?」

 「あら? どうしてですか相良警部補」

 「そうですよ。月兎に戦わせるつもりだったなら、何故俺じゃダメなんですか!?」

 これはまずい。非常線を張って人を巻き込まないようにするには警察の協力が必須なのに!

 「俺は警察官だ。ただの中坊を命がけの戦いに向かわせるのに躊躇するのがそんなにおかしいか?」

 「おかしいですよ。だって、月兎には協力を持ちかけるつもりだったんですよね?  だからワザワザ月兎を呼び出したんですよね?」

 「おう、その通りだ。このネエチャンがウサギ小僧の話を持ち掛けてきた時は、オレはまっっっっっったく迷わずに同意した。あの小僧が勝てば良し。負けても失うものなんざねえからな」

 「………………」

 「相良警部補。その言い方では……」

 「構うもんかい。あの小僧は殺しても死なねえよ」

 「…………なんですかそれ。月兎は死んでも良いんですか。」

 「聖くん。違うのよ、今のは……」

 「俺も月兎も同じなのに!」

 「きゃっ!?」

 「あん?」

 「何で誰も彼も同じことばっかり言うんだ!? 何で誰も彼も月兎をどうでもいいみたいに言うんだよ!! 俺とアイツと……何が違うって言うんだよ!!」

 同じ人間だ。同じ家族だ。同じ両親から生まれて、同じ食事を食べて、同じく生きてるのに。

 「…………お前さんにとってはそうでも、外野からしてみればお前の弟は『兄と比べて死んでも困らない』人間なんだよ」



 ………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………死んでも困らない?

 

『第一、赤の他人が生きようが死のうがどうでもいい。俺がそう思われているようにな』

 

 

 「…………」

 ガチャ。

 「光輝君、どこへ行くの!?」

 「………………」

 パタン。

 「…………………あーあ。

 もう……どうしてくれるんですか相良さん。出て行っちゃったじゃないですか。しかもすっごい形相で。

 彼が言ってたことが本当なら、下手したら【勇者】と【魔王】が同時に地球を滅ぼすかもしれないんですよ?」

 「そうなったら、ウサギ小僧が止めるさ」

 「……?

 相良さんって、やけに弟くんの方を評価してますよね。最初に私が彼に戦って貰うって言った時も、迷いなく同意したし。死んでも構わないなんて言った割に、信じてるみたい。

 あんなに喧嘩腰なのに。本人ですら、自分の力を信じてないみたいだったのに、何でそんなに月兎くんを推してるんですか?」

 (ポリポリと頭を掻く。)「そりゃあ、そうもなるさ」

 「…………?」

 

 「才能に頼って生きていた人間じゃ、より大きな才能に負けて折れた時、そうそう立ち直れねえ。だがアイツは違う。折れるような自己肯定感がねえのに、死ぬのが怖いって努力することを止めねえ。力の抜き方を忘れているんじゃねえかってくらいに、アイツは常に何かを警戒している。

 そんなやつなら……生きている限り、なんとかしてくれそうじゃねえか」


 「……でも、人間は才能が無いものは惨めに生きるだけですよ」

 「そうかもな。だが、惨めに生きてこなかったやつには、惨めに負けずに這いつくばってでも勝負から逃げないってことが出来ねえ。

 虫を食って泥水啜って、そして奴は●●まで失った。」

 「…………何ですって?」

 「●●だよ。」

 「………………」

 「フン。あんたら魔術師としても●●は異常かい?」

 「あ、当たり前じゃないですか!!

 『魔術』は生命力を『魔力』に変換して、確立した術式に魔力エネルギーを『魔道具』か、それに準ずる物に通して初めて発動するものです。だから基本的に魔力は『血』や『精液』などの、取り返しがつくものを変換するのが基本です。

 そりゃあ、変換の効率は才能や知識に寄りますが、それでも基本的な魔術を発動するだけなら、正しい知識さえ有れば、子供だって出来ます。それを●●なんて、どんな『儀式』を発動したっていうんですか?」

 「…………だから、アイツは自分を『人類の下位互換』と自称してるんだろ。子供でも出来ることが出来なかったんだから」

 ズズズ……。

 「お茶、冷めたな……」

 

 

 

 午後十一時。聖家。

 先に帰宅していた月兎と陽香の一時間後に帰宅した光輝は、陽香によって準備を進められていた遅めの夕食の準備を手伝っていた。

 「月兎~みそ汁の味見して?」

 なお、不出来な弟はソファで寝転がってスマホを操作しながらテレビを観ている。

 「…………」

 そこに陽香が小皿に液体をついで持ってきたものを、無言で受け取って飲み干すと、小皿を返した。

 「どう?」

 「みそ汁」

 「そっか。良かった」

 一言みそ汁と返しただけだが、陽香は満足そうにキッチンに戻っていく。月兎にとって食事とは、空腹を満たすためのもの。味については無頓着だ。いや、拘るほどの贅沢を忘れてしまっただけかもしれない。

 「月兎、もうすぐ出来るから、机片付けておいてくれ」

 「…………」

 自炊が出来ない、テストの点数が悪くて減らされた小遣いで賄えるはずもない。よって月兎は割り振られた役割を黙ってこなす。机の上を片付けて拭いて、お茶とコップを用意しておく。たったこれだけだが、しないよりマシ程度の手伝い。

 「光輝、お魚焼けたよー」

 「了解。それじゃあ配膳するよ」

 「お願いね~」

 「…………」

 二人の会話を聞くと、月兎はテレビを消してスマホを取り出して操作を始める。

 「月兎ー。準備できたよ~」

 「月兎、食事の時はスマホを片付けなよ」

 「…………」

 その言葉を無視して、月兎は再度テレビのリモコンのスイッチを入れた。

 「みたいテレビでもあったの? 月兎」

 「うん。四年ぐらい待ってたのがようやく放送されるんだよね」

 「へえ、そうなんだ! 良かったね、月兎」

 「テレビ番組って、四年も前に予告されるものなんだっけ?」

 陽香は月兎の興味を持つ番組に興味を持ち、光輝は大切な人の作った料理が冷めない内に食べる方を選んだ。だが、光輝の選択はテレビから聴こえたレポーターの声で変更された。


 ≪ええーこちらが、本日夕刻に爆破テロが行われていた現場です。ご覧ください。まるで月のように白く輝く、洋風の美しい城が、僅か数時間足らずで現れたのです。この城はまるで、魔法のように、突然現れたのです。≫


 「なんだって?」

 「さっきの場所に……お城?」

 「フフッ」

 光輝は目の色を変えて、陽香は恐怖に感情を染めて。そして、弟は狂気の笑みで用意された魚をつまみ上げて食い始めた。

 「アイツ……まさかもう回復したのか……?」

 「残念、ハズレ。『魔力』は血と精液を代償に生み出すもの。或いはその生物が最も取り返しがつく生命力を対価にするものだ。

 

 【配下】だって生物。生命のベースはヒューマン。怪我すりゃ痛いし、傷が塞がるのに漫画みたいに一瞬で完治したりしないし、敵の剣で自ら斬り飛ばした二の腕から先が瞬時に復活したりもしない。あと治癒の魔術なんてクソッタレに便利で理不尽で吐き気のするご都合主義なものも無い。

 

 よって、この短時間で回復するのは無理。生物としての違いは『魔術』に影響は与えるが、『魔力』の回復に貢献することはない。ああ、ついでに言うと、種としての魔力の最大値は原則的に大きな変化は無いな。

 人間も【勇者】も【配下】も【魔王】も、貯蔵量は体格差の域を出ない」

 「…………月兎、何でそんなこと知ってるの?」

 「ちょっと知り合いに、魔術に詳しいやつと、解剖学に詳しいやつと、異常に物を知ってるやつがいるんでね」

 「月兎、それはもしかして、4年前にハワイで知り合ったのか?」

 「ああ、そうね。ハワ親ってやつ?」

 「それって、月兎の友達?」

 「いいや、知り合い」

 「何でそこだけ頑なんだよ……いや、そうじゃなくて。

 それなら、何でアナローシマはあんな城を建造出来るんだ?」

 「あー……『魔術』は血や精液を……」

 「それはもう聞いたよ。その血はいったいどこから……!」

 言葉の途中で答えに思い至ったのか、口を閉じ、席を立って窓の外に目をやった。

 「……えっと、知識がなくって全然話に入れないんだけど」

 「入らなくていいよ。バカ程遅くなったけど、夕飯の時間だぜ?入れるのは飯だけで充分でしょ」

 「あー。そうだねー」

 みそ汁に白飯を入れて口に流し込む月兎。

 困り顔で笑う陽香。 そして光輝は……。

 (『魔力』は血を代償に生み出す。つまり……)

 光輝は夜空に浮かぶ『血色の満月』を見つめる。

 「つまり、月兎。『血』は自分の物でなくても良いのか?」

 「要は生命力。『生きている』状態であれば植物状態だろうが、心臓が止まっていようが問題なく使える。例えば死ぬ寸前のヒトの成人個体一つを魔力に変換すれば、一軒家くらいなら、魔術師の魔力運用効率次第では爆破出来る」

 「でもそれなら、既に遥か昔に死んだ人間の血が使えるのはおかしいんじゃないか?」

 「血の輸血に使用可能な期限と、魔力に変換できるまでの期限は別物らしいけど、その辺はちょっと分かんないな。

 『魔術協会』の研究資料を閲覧出来れば話は別だけども」

 「…………その魔術協会の存在も、四年前に知ったのか?」

 「んー……忘れた」

 「……? 忘れた……だって?」

 (それって……四年前に行方不明になった件以降も『魔術』に……こういうことに関わっていたってことなんじゃないのか? もしかしたらその度に、月兎は命がけの戦いをしていたんじゃないのか? だとしたら……)

 

 聖月兎は、気球から落ちた翌日に死んだ。今キミが弟だと思っている聖月兎は、別人だ。

 

 万人の為に悪を討つならば。聖月兎こそが、勇者と人類の最大の敵となるだろう。

 

 「…………どちらも違うと証明出来る……」

 (お兄ちゃんってばなーんか目の色変えちゃってーら)

 光輝は夜空を眺める視線を下げて、一番大切な存在、日野陽香に目線をやる。

 「? どうしたの? 光輝。」

 「…………ううん。ただ、ちょっと陽香を見つめたかったんだ」

 「……そう、なんだ? よく分からないけど…………まあいっか」

 幼稚園からの幼馴染の異性の視線を不快感も覚えず、笑って受け流す陽香を見て、光輝は複雑な心境で笑う。そして、陽香の手が震えていることに気付かないふりをして、そのまま部屋の外に歩を進める。

 「…………光輝、どこ行くの?」

 「便所でしょ」

 「……あの城に行って、アナローシマを倒してくる。このまま放っておいたら、きっと夕方の犠牲じゃ済まなくなる」

 「あらま。勇者みたいなこと言い出した」

 「まあ、これでも【勇者】らしいから」

 「ごくろうさんでございますこと。素晴らしい雑用根性だ。勇者なんて所詮は使いっパ。ちょっと周囲からの扱いがマシな奴隷みたいなもん。そんな誰もが嫌がるドブさらいを自らやってのけるとはさすがお兄ちゃんですことで。

 それじゃあせいぜい頑張って労働の喜びに勤しんでもろて」

 

 「―ダメだよ」

 

 「―!」

 「―?」

 自分が行くことに疑問を持たない光輝と、兄が死地に赴くことに、特に関心が無い弟。双子揃って常識と言う概念をかなぐり捨てた思考に待ったをかける良識的な幼馴染。

 「駄目だよ光輝! あんなやつのところにわざわざ近づくなんて、危なすぎるよ!

 そんなことしなくたって、警察の人がなんとかするよ! いっつも月兎が観てるアニメみたいに、特別な誰かが戦わなくちゃ勝てないような感じじゃないんだよ? 銃弾一発で倒せるって言ってたじゃん!

 行かなきゃいけないわけじゃない! 行かなくていいんだよ!

 だってついさっき死んじゃった!! 三咲も! アユも! トオルも!」

 「陽香……」

 「警察で良いんだよ?

 自衛隊で良いんだよ!

 救急隊員でも、猟師でも、ヤクザでもいい!

 光輝じゃなきゃダメな理由なんて無いんだよ?」

 「驚くほど真理で草」

 「だから光輝が行かなくてもいいじゃん! ここに居ようよ。きっと誰かがなんとかしてくれるよ。ねえ、月兎だってそう思うでしょう?」

 「うん? ああ、全然思わないな」

 「何で……? どうして? 死んじゃうかもしれないのに!」

 「それを俺に言われても困るんよね。友達殺された復讐とか、負けたから今度は勝ちたいとかさあ。戦い自体が目的って、俺にはよく分からないからね」

 「戦い自体が……目的?」


 「この惑星の戦争の火種は例外なく


『あれが欲しい。これが欲しい。もっと欲しい。もっともっと欲しい』


この一文だけが、真理であり総てであり唯一だ。

 資源のためとか、宗教観だとか。わざわざ分解はっくつすれば適当きれい言い訳りゆう捏造ようい出来る。

 だが、究極そんな砂一粒の例外も無い穢れた戯言から生まれる真意ほんしんは、『他人を不幸にしてもいいから自分が幸せになりたい』だけだ。

 だって言うのにこのお兄ちゃんは何をトチ狂ったのか、欲望のための手段でしかない戦争に、好き好んで自分が行きたいんだそうだ。待っていれば誰かが片付けてくれるはずの汚れ仕事をわざわざ自分でやりたい。

 こんな意味の分からない奇行を、言い換えれば余裕がある人間の道楽を。人類の最底辺で死に物狂いで生きている俺が理解出来るはずがない。リア充はいつだってそうだ。火遊びが過ぎる」

 「火遊び……か。月兎、お前からすればそうなるのか」

 「そうですともお兄ちゃま。火事は消防、害虫は業者、餅は餅屋。

 トラブルにはそれ専門の掃除屋が控えてる。金貰いたさにわざわざ練習して、存在をアピールしてまでやりたい奴らだ。だって言うのに素人が首を突っ込めばそんなものの邪魔になるだけ。素人の自己満足に突き合わされてちゃ、プロフェッショナルになるために頑張って勉強して資格を得た人たちが振り回されてかわいそうだと思わないん?

 それともお兄ちゃんは、今まで人生が上手く行ってたから社会に出ても今までみたいに通用すると思ってるのかい? 学校に庇護されてただけの小僧が、労働して資格を得て、経験を得て、その賃金で自らを生かしてきた大人達より上手く出来るって?根拠のない無敵感に酔いしれるのは結構だが、それに巻き込まれる現実を見て生きてきた人たちの邪魔をするのは、迷惑なだけなんじゃないの?」

 「…………」

 「光輝、月兎の言葉は少し言い過ぎだと思うけど、本当のことだと思う。

 ボク達は巻き込まれただけなんだよ。助かったんだから、もう一度行かなきゃいけない責任なんて無いんだよ?」

 光輝は、月兎の言葉に迷いが生じた。そして陽香の言葉に揺れた。

 確かにない。行かなきゃならない責任も、理由も。ただ巻きまれただけだ。ただ前世が【勇者】だったと言われただけだ。ただその力が本物だっただけだ。ただ、戦えるのが分かっただけだ。ただ……それだけだ。

 「俺は……」

 「光輝……」

 「…………」

 (俺は、戦わなくて良いのか……)

 光輝が納得しかけたその時、それまで黙していたスピリットが声をかけた。

 《勇者よ。戦う義務が無いのは真実だ。》

 (―スピリット? どういうことだ? キミは俺に戦わせるつもりでいたんじゃないのか?)

 《その通りだ。汝が【勇者】として目覚めたのは、【魔王】と戦うためだ》

 (だったら何で―?)

 《私が今キミに語り掛けたのは、聖月兎が語らずにいる真実の指摘のためだ》

 (真実の指摘? 月兎が嘘をついているっていうのか?)

 《否、虚言を語るという意味で、聖月兎は真実のみを口にしている。だが、意図的に騙らない真実が一つある》

 (語らない真実……?)

 

 《それは聖月兎が『魔王の復活を望んでいる』ということだ》

 

 「―そんなバカなっ!!」

 「きゃっ!?」

 「……?」

 

 スピリットの提示した情報に、光輝は思わず心の声が漏れて口に出してしまった。

 「あっ、ごめん……大丈夫か陽香」

 「う、うん……ボクは平気だよ」

 

 《事実を語ろう。【配下】は確かに地上に存在する武器で打倒しうる。無論、そのさいの被害は度外視する前提でだ。

 そのうえでもう一度考えてみるがいい。奴は鎖で人を殺せる。その条件下で『敵の重火器の間合いに入って攻撃する』必要性があると思うか?》

 

 「……あ」

 

 《まして、わざわざ姿を現すことに必然性も無い。安全な場所からこの島国の人類を虐殺して回ることに、なんの障害が生まれる?

 魔力の絶対量は変わらない。だが、やつには『魔力』に変換する『血』が、月一個を覆うほどあるのだ》

 

 「くっ……!」

 「光輝……? ねえ光輝どうしたの!?」

 

 《殺すだけなら拳銃で充分だ。だが、それは当たればの話だ。話をまとめよう。

 アナローシマを打倒するための必須条件は『殺されぬこと』『逃げさせぬこと』そのうえで『殺せること』。この三つの条件を満たさねばならない。殺されても人員の補充が出来れば代用できる。鎖に殺されても殺しきれぬほどの犠牲を前提に人員を用意すれば逃げさせぬことが出来る。警官に配備されている拳銃の弾を三発も当てれば、充分に殺害しうる。以上の点から人類でも【配下】の打倒は可能だ。

 だが、アナローシマを殺しきる頃には人類は壊滅しているだろう。何より、その後に控えている【魔王】を打倒する人員が不足する》

 

 「…………」

 

 《日野陽香は、この事実を曖昧にしか把握してはいないだろう。何故なら『魔術』の知識がなく、戦いというものを知らないただの少女だからだ。

 だが、聖月兎は違う。あの個体は知っている。戦争を、戦いを、魔術を、【配下】を、そして【魔王】を》

 

 「…………」

 

 《最初に言ったはずだ。

 

 万人の為に悪を討つならば。聖月兎こそが、勇者と人類の最大の敵となるだろう。


と》

 

 「月兎が……俺の弟が、そんなことを……」

 「?」

 悲しみと葛藤に満ち溢れた瞳で、光輝は月兎を見つめた。そんな感情の悲鳴を目にしてなお、月兎は人の心を理解しない。

 

 《聖月兎は、気球から落ちた翌日に死んだ。今キミが弟だと思っている聖月兎は、別人だ》

 「嘘だ……」

 

 「光輝!ねえ、しっかりしてよ光輝!!」

 

 《聖月兎は魔王の復活を望んでいる》

 

 「嘘だ……」

 

 「光輝、ねえ光輝!!」

 

 《何故なら『聖月兎の魂は、前世で【魔王】だったものの生まれ変わり』だからだ》

 

 「嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーー!!!!」

 「―ひッ!?」

 「…………」

 絶対に認められない言葉を、自らの絶叫で蓋をして、聖光輝は飛び出した。

 「光輝どこ行くの!? 光輝!!」

 もっとも大切な護りたい存在の声にすら蓋をして、聖光輝は走り続ける。

 【勇者】に覚醒したその身体が本気で走り出せば、少女が玄関を飛び出して少年の姿を探すころには、もう影も形もない。

 「いない……どこ行っちゃったの!?」

 探し人がいないことを把握して少し後、月兎は自らの椀に白米とみそ汁を入れて現れた。

 「…………」

 「月兎…………光輝が、行っちゃった。」

 「みたいだね」

 双子の兄が死地に赴いたというのに、やはりこの少年はどこ吹く風。幼馴染の手料理を口に運んでいる。

 「…………ねえ、月兎」

 「なに」

 「光輝、どうなるの?」

 「知らない」

 サラサラと椀の中身を流し込みながら返答する。

 「……どうして、月兎は心配してくれないの……?」

 口の中のものを咀嚼してから飲み込んで一言。

 「どうせあの主人公が勝つ」

 「え?」

 

 食べ終わった食器を陽香に押し付けると、月兎は懐かしそうに月を見上げて、自分の左腕を撫でた。

 

 「そんじゃあ、俺もそろそろ逝こうかな」

 「な、なに言ってるの月兎……?」

 「うん。俺さ、この戦いが終わったら結婚するんだ」

 「意味が分からないよ! ねえ、月兎こんな時くらいふざけないでよ!!」

 「俺はただ淡々と事実を告げているだけなんだけどもな。まあ、人間ってのは信じたいものばかり信じる種族だからね。信じてもらえなくても仕方ない」

 「月兎……」

 

 「じゃあな、日野陽香。多分、きっと。二回目の初恋だった」

 

 「え……?」

 

 「じゃあ、ちょっとコンビニ行ってくる」

 

 それだけ伝えた月兎は、散歩でもするかのように、月に向かって歩を進めた。

 

 (俺は日野陽香を『親の友達の娘』あるいは『ご近所さん』くらいにしか認識していない。何故なら、勝手に一目ぼれして、友達になりたくなくて。そして……勝手にその恋慕を消失したからだ。)

 

 「さあ、一方的な愛情エゴイズムを始めよう。」

 

 

 

 

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