第41話 眠れるヒーロー

「英次郎先生、雄一郎の状態はどんなかんじですか?」


伸次郎の息子、英次郎もまた医者だ。


「やれることはやったんだ。手術も何もかも。あとは目を覚ませば大丈夫、というところまで来てた。

 だが、兄さんは目を覚まさない。

 この状態は、長く続けば続くほど悪くなる一方なんだ。

 そして今は、もう、いつどうなってもおかしくない状況と言ってもいい。

 海斗くん、兄さんのそばにいてあげて。兄さんの名前を呼んであげて。兄さんを眠りから覚ましてほしいんだ。頼む。

 きっと、きっと兄さんは、海斗くんが迎えにくるのを待ってたと思うから。ね。

 さ、入ってあげて」


 俺は体を洗い、不織布のガウンを身につけ雄一郎のところまでやっと入れた。


「ゆう。来たよ。俺だよ。ゆう」


 雄一郎の手を握る。あたたかい。



「よかった、生きてる。

 ゆう、おれ沖縄から帰って来たよ。ちゃんとお前のもとに帰ってきたよ。

 なのにお前はなにやってんだよ。

 お前が俺のもとに帰ってこいって言ったのに、ゆうは何やってんだよ。


 ゆう、ねぇ起きてよ。

 ほら、お前とキスしたくておれ急いで帰ってきたんだよ?

 ゆう……おきてよ

 俺はここにいるよ?

 ちゃんとおかえりのキスくれないと、俺拗ねちゃうよ?」


 おでこにキスをするが反応はない。

 手や体をさすったり、手の甲にキスしたりを繰り返す。

 が、反応はない……。


俺は雄一郎を失いそうで、怖くて泣いた。



「ゆう覚えてる?初めて会った日のこと。

 あの時の、4歳のおれの記憶さ、ゆうのことしかないんだよ。落合の両親は、迎えに来た人としか記憶がないし、椎名の親のことは、相変わらずだし。

 でもね、ゆうのことだけは鮮明なんだ。

 ゆうが何を言ったのかも、ゆうの手の温かさも。ゆうの服装も何もかも覚えてるんだよ。


 きっと俺はあの時からゆうに恋してたんだと思う。だってかっこよかったんだもんなー。俺の手をひっぱってってくれてさ、


『もう泣かなくて良いよ、俺がついてる。

 俺が守ってあげるから

 今から俺がおまえのヒーローだ!

 だからお前が無事に家に帰れるまで守ってやるよ。

 ずっとそばにいる。だからもう泣くな』


 そう言ったんだよ?覚えてる?

 もうさ、どう考えてもヒーローだよな。


 んでさくら園にやって来たゆうと再会したときはめちゃくちゃ怖かった。なんて言うか、怒られそうで、殺されそうで怖かった。

 あのときのゆうは、京介にヤキモチをやいてたんだよな?だからあんな風に怒ってたんだ。

 懐かしいなー。


 それから毎日毎日おまえはさ、しつこいぐらい電話やメッセージをしてきて、もう鬱陶しいったらなかったよな。

 けど、あんな風に誰かから連絡もらったことなんて無いからさ。戸惑いながらも嬉しかったよ。


 その次が、スキーでの事故だよな。

 あれは本当にミスったわ。

 事故った瞬間さ、俺マジで『死んだ』って思ったんだよね。

『あーこれで俺の人生おわりかー。』ってさ。

 けど、ヘリの中で救急隊員から、創新会の病院が俺を連れて来いって、待ってるって言ってるって聞いた時、ゆうが『俺を助けようとしてくれている。治そうとしてくれている』んだなーって感じて本当に嬉しかった。涙が出るほど嬉しかったよ。

 ゆう、ありがとうな。助けてくれて。


 でさ、手術後、目覚めたおれに言ったセリフ覚えてる?

『もう泣かなくて良いよ。僕が守ってあげるから。そばにいてあげる!』

 そう言ったんだよ?

 これさ、4歳の俺に言ったセリフとほぼ同じじゃん?

 だからそれ聞いてわかったんだ

『あぁー、俺のあの時のヒーローはこの人だったんだ』

 って。それまでも、もしかしてこの人があの時の?イヤイヤ違うか?とかそんな風に思ってたけど、あのときわかった、確信したんだ。


 それからの入院生活。楽しかったよなー。

 なんでゆうが主治医なんだ?ておもいつつ、幸せだった。


 そして、なんといっても退院の日!。

 ゆうからのキス、おれにとっては、ファーストキスだったんだよ!

 ゆう、その時おれに何て言ったか覚えてる?



『海斗、おまえがどこにいても俺はお前と一緒だ。

 いつも俺の心はお前のそばにある。

 これからもお前のピンチには必ず助けに行く。

 お前が呼べばいつでも会いにいくさ。

 だから安心して退院して家に帰れ』


 あのー、雄一郎さん聞こえてますか?

 いまの俺かなりのピンチですよー。

 だからほら、起きてきて俺を助けないと!

 ね?雄一郎さん。雄一郎さん、ゆーう!!

 ほらそろそろ起きてよ。ね?


 じゃないと俺の心が死んじゃうよ……」


 涙が止まらまくなる。

 一生懸命手を握る。


 だが握り返してくる力は感じられなかった。





「おはようございます、あら今日もホテルに行かないでそこで寝ていたんですか?身体痛くないですか?」


 北海道にきて4日目。看護師が声をかけてきた。

 俺はゆうを確認する。変わりはない。目を覚ましてもいない。しかし今日は昨日より、とても温かい手をしていた。


「ゆう?ねぇ、ゆう、おはよ。

 お前の大好きな大好きな海斗だよ!

 だからさ早くおきてキスしろよ。」


反応はない。


「いつもラブラブでいいですねぇ。

 あら?今日はいつもより血圧が高めですね。いいことだわ。やっぱり恋人が隣で寝てくれて安心してるのかしらね。ここにいるのがわかってるのかも」


 特別室の看護師たちは、英次郎から俺が恋人だと聞かされている。なので俺は看護師の前でも平気でキスをするようになっていた。


「ゆうはわかるよな。誰よりも俺がここにいることわかってるよな。ゆう」



   ゆうは絶対死なせない!

   絶対死なない

   俺を1人になんかしない!



そう信じているが不安はつきまとう。

顔を洗い、改めて雄一郎の横に座った。



「ゆう、今日はなんの話をしようか。


 …………。

 あのさ、おれ謝らないといけないなって思ってることがあって……。

 今回、ゆうが事故にあって初めて結婚の意義がわかった気がしたんだ。

 何度も何度もゆうからプロポーズされてたのに、いっつも断ってさ……。なんていうか、別に結婚という形にこだわる必要はないんじゃないかって思ってたんだよね。

 俺たちは男同士だから正式に戸籍上で夫婦になることはないだろ?だったらなぜ、そんなことをする必要があるのかなって。

 おれの母親もゆうの家族もみんな俺たちのこと理解してくれててさ。いつ会っても家族として接してくれてるじゃんか?


 だから、今以上の関係になって公表するのはデメリットしかないって思ってたんだ。


 ゆうは、創新会の会長を目指すんだろ?だったらいつか訪れる会長選挙にむけて、マイナス要因をわざわざ増やす必要ないって。

 ゲイだって知られたら、嫌悪感を抱く人がいるかもしれない。

 もしかしたら患者の中に、『ゲイの医師に触られたくない、嫌!』なんて言う人も出てくるかもしれないじゃんか。


 俺はいいよ。

 施設勤務だし、さらに今は事務局側の人間にもなってるからどこから非難されても問題ないと思うけど、ゆうはそんなことないでしょ?

 ゆうの先祖や本当のお父さんが頑張って大きくしてきた創新会だから、俺はゆうに立派な会長になって欲しいって思ってる。

 前にね、伸次郎さんが俺に言ったんだ


『自分はつなぎでやってる、雄一郎さんが会長になる時までのつなぎ』


 だって。

 だから俺はゆうが会長になるその日まで陰の存在でいいって思ってたんだ。


 俺のことで足枷にはなりたくないって……。


 だからプロポーズを断ってきた。


 でもそれは…… それは!

 ゆうが元気で生きているから意味あるものなんだよ

 ゆうがこんなじゃ今までの、俺の努力は何も意味もないことになるんだよ。


 4歳のときから今の今まで、ずーーっとゆうが心の支えだった。何度も何度も人生やめたいって思ったこといっぱいあったけど、もうダメだって思ったこともあったけど、いつも心の中でゆうが俺を励ましてくれてた。

 だからいま俺はここにいれるんだ。


 ゆう、ありがとう。

 今度は俺がゆうを支えるよ。

 だからほら、そろそろ目を覚まして。

 ね?ゆう


 よし、じゃ俺はお昼ごはん食べてくるね」


 いつものように、キスをして俺は食堂へと向かった。



 海斗がいなくなった部屋で雄一郎の手の指が微かに動いた。

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