第39話 研修と靴紐
創新会での会議後、自分のマンションへと戻り、大きなトランクにどんどん服などを詰めていく。
「明日からの準備大丈夫?」
夕飯の時に母が聞いてきた
「あぁ、出来たよ」
「連絡は取れないのよね?」
「それなんだけど、一応渡しとく」
海斗は母に一枚の紙を渡す。「緊急時の連絡先」という紙だ。
「どうしても緊急で連絡が取りたい時以外はかけないで欲しいってあるからそのつもりで。
でもなんかあったらちゃんと教えて」
「わかった。何かあったらここに連絡するわ」
翌朝、母の運転で空港まで行き見送られながら沖縄へと向かった。
機内でメールを確認すると雄一郎から来ていた
「頑張れよ!無理するなよ!ちゃんと帰ってこいよ!俺のもとに♡愛してる」
クスッ……。相変わらずだなー。
でも、ありがとう。
火曜日、那覇空港には迎えが来ていた。
早速研修の施設へと案内され入り口で必要事項の確認をし携帯などは全て没収された。
これからの研修で俺は多くのものを学ぶ。沖縄の自然と触れ合うことでの心への影響、葛藤、集団生活のむずかしさ、ストレスへの対応能力など、ありとあらゆることを自ら体験し分析するのだ。
それら全ては、子どもたちを今後育てていく上で何が出来るのか?支援とは何か?ということを学ぶのである。ここでの経験がいいものなら、今後施設旅行としての利用も考えていた。
水曜日、体験の初日は教室で講義をきく。
木曜日は一日自然体験。船に乗り荒波を行き、森の中をひたすら歩くのだ。
朝、スニーカーを履きひもをくくっているとスニーカーの靴紐が突然ブチっとちぎれた。
「あーー!!」
思わず大きな声が出る
「どうしました?」
スタッフが声をかけてきた。
「靴紐が……」
「あぁ、これは大変。うちに何本か予備の靴紐があるので使ってください」
「いいんですか?ありがとうございます」
周囲には商店などもないので本当に助かった。
靴紐が切れるなんて……
嫌な予感がする。胸騒ぎがする。
何事もなければ良いな……。
その後、海に山にと自然を体験しまくりあっという間に2日間を過ごした。翌日の土曜日は、最終日。この日は今までの総まとめとして講義兼、反省会を行い、研修は全て終了した。
非常に濃密な4日間を過ごせご満悦であった。
返されたスマホの電源は那覇空港に着いて入れた。
絶対大量のメッセージと着歴あるだろうな。笑
雄一郎、どれだけ我慢できたかな?
ピポーンピポーン……
スマホのお知らせが鳴り止まない。
着歴のほとんどはいつもの仕事関係だ。それ以外は水曜日の午後に東京の病院から何度かあったのと、金曜日に母から何度か鳴っていた。なんと雄一郎からの着歴は一件もなかった。
メッセージに関しても多くの人から来ていたが、雄一郎からは水曜日の朝、
『北海道入りします』
というのだけ来ており、それ以降ないのだ。
仕事関係は東京に帰ってから連絡しよう
しかし、どうして雄から無いんだ?
どんだけ我慢したのか?
どうせ連絡つかないからって
いい子して待ってる、みたいな?
大人しく待ってくれたようだから
何かあげようか
空港の土産屋を物色する。そこで目についたのは、変なお面の形をしたキーホルダーだ。
「これ見たら、ゆう笑ってくれるかな?」
変なキーホルダーを2つ購入し飛行機に乗った。
改めてゆっくりとメールも確認するが雄一郎からはやはり水曜日朝のしかなかった。
その時、メッセージが到着した。
「お?雄ったらおれが飛行機乗るまで待ってたな」
早速メッセージを確認する。差出人は母からだった。
「空港に着く時間を教えてください。
話したいことがあります」
「珍しい、母さんが空港に迎えに来る気?忙しいだろうに。まぁいいや、返事しないで園には自力で帰ろう」
1人で空港からさくら園まで帰っていった。途中何度か雄一郎に電話をかけようかと思ったが、サプライズで今夜にでも東京のマンションへ行ってあげようと思い連絡をしなかった。
「ただいまーー」
俺は大きな声で玄関で叫んだ。
「あ!園長せんせいだー!」
「園長せんせいおかえりなさーい」
子どもたちが満面の笑みで出迎えてくれる。幸せだ。
「かいと?、かいと!かいと!!!」
母が、走って玄関まで来た。
「そんなに慌ててこなくても大丈夫だよ。かえってきたよ。無事に。ただいま」
「なんで連絡してこないのよ!こっちは待ってたのに!」
母は明らかに怒っている。
「ごめんごめん。迎えはいらないから連絡しなかったんだよ。忙しいだろうに俺の迎えなんか気にしなくていいんだよ」
「迎えじゃないわよ!海斗、かいと、おちついてね、落ち着いて聞いてほしいことがあるの」
「なんだよ、落ち着いてるよ」
「…………………………」
母の話を横耳で聞いた瞬間、俺は持っていた荷物を全て床に落とした。
「………………………
母さん……いまなんて言った……?」
「海斗、海斗、雄一郎さんが……雄一郎さんがね……
危篤状態なのよ!」
クラッと倒れそうになる、母が必死で支えた。
「う……うそだ……うそだ……
うそだ!うそだ!うそだ!うそだ!うそだー!!
ありえない、なんでそんなこというの?
そんな、わけわかんないこと何言ってんの?雄一郎さんが、危篤?は?てなに?ちょっと沖縄行ったからってそんなドッキリいらないよ?何言ってんの?」
母の佐和子の表情は暗いままだ。
……………
「信じない!信じない!信じない!俺は絶対信じない!いつも元気な雄一郎さんが危篤なわけないじゃないか!何言ってんだよ!」
目には涙が出ているが、それさえもわからないくらい発狂していた。
「海斗、だからあなたに、沖縄終わりでそのまますぐ北海道へいって欲しくて、連絡を待ってたのよ!
ここになんて帰ってこなくていいから!一刻も早く雄一郎さんのところに行ってあげて!ね?
海斗、お願い……急いで北海道へ行ってちょうだい。
どうか……どうか……
きっと……きっと……ぎっど、ゆういぢろうざんも、がいどのごど……まっでるだろうがら……」
すがるように言ってきた。
俺は落とした荷物を全て再び手に取りそのまま、空港へと引き返したのだった。
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