第38話 忙しい日々の中で

「母さん、夜にごめん、ちょっといい?」


 俺は落合の父からの手紙を母に見せた。


「これは?」


「父さんが死んで整理をしてた時に金庫にあったものなんだ。今までなんとなく開けられなくて、さっき開けた。

 母さんにも読んで欲しくて持ってきた」


母は手を振るわせながら手紙を受け取り、泣きながら読んだ。


 翌朝


「海斗、雄一郎さんに連絡してくれるかしら?

 さくら園のこと、海斗のこと、全てをあなたたちに任せます。思うようにやってみなさい」


 母は、創新会のグループに入ることを決めた。




 創新会に正式に加入し、3年が経った。

 俺は母と交代してさくら園の園長になった。そのため、病院と園を毎週行き来する生活を送っている。

 月曜日午前、創新会グループ会議が病院本部で行われる。参加者には会長はもちろん、実質No.2になった雄一郎も参加し、そこで各グループの状況を報告しあう。

 会議が終わると車で園に戻り、園長として運営に携わる。

 仕事が終わると、京介が建て雄一郎が支払ってくれたマンションへ帰り、母と2人で過ごす。わだかまりも無くなり、昔と変わらない生活をおくれている。

 火曜、水曜、木曜と園の仕事や地域のありとあらゆる活動にできる限り参加する。そうすることで、地域のみんなに園を理解してもらうとても重要な任務なのだ。

 木曜の夜、仕事が終わるとおれは指輪をはめ東京へと向かう。行き先はもちろん雄一郎のマンションだ。


 マンションにつくなり今か今かと到着を待っていた雄一郎から愛のキス攻撃を浴びせられる。


「寂しかった……会いたかった……。

 やぱ一緒に居ないとダメだ。いつも一緒にいよう海斗……」


 相変わらず雄一郎は俺を好きだ。

 あんなにも告白してくれなかった日々がウソのように今は毎日、愛の告白をしてくる。歯の浮くような甘いセリフを、どこで勉強してくるのか毎日連発する。おかげで胃もたれしそうだ。


 夜、さんざんベッドで愛し合った後、おれは雄一郎に抱きしめられて眠る。これがいつもだ。

俺のはめている指輪をみて雄一郎は


「海斗、またお前指輪を外して生活してた?」


「あぁ、恥ずかしいし、説明するのが面倒くさいからな」


「いつ、正式なものをはめて生活してくれるんだ?

 俺はいつだってお前と夫夫になりたい」


 俺が27才の誕生日の日、雄一郎は初めてプロポーズをしてきた。しかし俺は断った。その頃ちょうど雄一郎は外科部長へなれるかどうかの大事な時期だった。そんな重要な時にゲイだとバレてしまったら、きっと外科部長選に敗れてしまいそうで、とてもじゃないけど今はダメだと断った。

 その後、部長になった雄一郎は、その後のイベントごとにプロポーズをしてくる。誕生日、クリスマスにバレンタイン、母の誕生日の日までしてくる。


『俺は外科部長だ!!もう大丈夫だから!家族もみな賛成してくれてる!』


 何度も言われたが、おれは受理しない。

 雄一郎が悪いわけじゃない。嫌いなわけではもちろんない。日々、彼への愛情は増す一方だ。

 だが、彼には創新会がある。彼が目指すのは創新会の会長だ。巨大なグループの会長選となるとそれはいくら現会長が指名したとしても、叶えられるものではない。

 大きなグループの会長がゲイカップルだと知られたらやはり会長になどなれるわけない。

 結婚と言ってもたかだか書類を交わす、パートナーシップ制度だ。ならばわざわざ世間にゲイカップルだと宣言しなくても、一緒に生活していけば良いではないか。


 お互いの家族が知っていればいいじゃないか。


 そう思うから、雄一郎のことが好きでも結婚はしないのである。


「おやすみ。あ、雄くん、来週は火曜から土曜まで前から話してるように研修に行ってくるから」


「うん、覚えてるよ。海斗と来週連絡ができなくなるし、うちにも来ないって分かったから俺は出張行くことにした。水曜日から行ってくるな、金曜の夜は飲みだからそれ終わってなら俺も帰れるかな。

 だから土曜夜は会える?」


「ムリ。疲れてるだろから家で休ませて。こっちくるのは再来週末だな」


「えー?そんなに先?

 ……じゃこの週末は来週分も抱きためする」


「なんだよそれ。ま、別に良いけど。

 明日も仕事だろ、ほらもう寝よう」


ふたり、抱きついたまま眠りにつくのでした。



 翌日の金曜日、雄一郎が朝食を作り海斗を起こしにくる。


「僕のかわいい海斗くん♪。

 起きる時間ですよー。起きてくださーい♪。あなたの雄一郎は先に仕事行きますよー♪」


 雄一郎はキスをしまくる。海斗もキスで返す。


「もう行くの?」


「うん。行ってくるね。じゃ、また今夜」


 再びキスをして雄一郎は出勤する。

 海斗はそこからおきて朝の身支度を始める。


 毎週金曜は、児童養護施設の施設長などの集まりや、行政との話し合いなどをあてるようにしており、通常よりもスケジュールがゆっくりなのだ。


 午後にはこの日の仕事を終えて買い物をし雄一郎のマンションへ帰宅する。マンションでゆっくりと仕事の書類を作成などをして過ごす。

 それらが落ち着くと、夕飯作り。今度は雄一郎のために海斗が作る。雄一郎は肉料理が大好きだから毎回良い肉を焼く。


 雄一郎の帰りは定時ならば18時だが、そんな日はほぼ無く、大体が21時くらいになる。手術などが入ると途方もなく帰ってこない。


ピポーン

 メッセージの音が鳴った。

『いまから着替えて帰るね、愛してる、早く会いたい』


「毎日毎日愛してるだの好きだのと。飽きないんかな」


なんて嬉しいのに言ってみる。 


 その後の2人は月曜日の朝まで可能な限りマンションで過ごす。家にいてひたすら愛し合うのだ。


 深夜ベッドの中で海斗は雄一郎にもたれながら甘えた時間を過ごしていた。


「あ、そうだ。ゆう、京介の家でね、家政夫を雇い始めたって言ったじゃない?先週会いに行ったらさ、もう家政夫を見る京介の目はハートだったから、早速デートに行かせたんだよ。俺の発言で!俺すごいっしょ」


「京介くん……若林京介、あいつはもう海斗のこと諦めたか?」


「考えすぎだって!

 京介は俺のこと一度も好きになったことなんてないって何度も言ってるじゃん。しつこいなー」


「海斗を見る奴の目は、絶対愛情があった!

 心配なんだよ。お前のことが。お前を誰にも奪われたくない。俺だけをみて……カイト……」


 そしてまた愛し合うのだ。


 俺と雄一郎の愛はどこまでも貪欲だった。いくら身体を重ね合わせても満ち足りることなどなく、もっともっとと、相手を求めてしまう。

 そしてどんどん相手を失いたくない、離れたくないという思いが強くなり、別れが来ることへの恐怖も生まれていた。


「ゆう……ゆう……そばにいて。手の届くところにいて。ゆうを失うのが怖い……」


「カイト、なら俺の手を放すな。絶対放すなよ。お前が俺を求めてくれるかぎり、俺はお前のそばから離れないよ」



 2人とも親を亡くした経験をしている。

 だからか、2人は一緒の時間は全て目の見える範囲に居りたがる。寝床だけではなく、トイレもお風呂も2人は常に一緒に動くのだ。


 お互い傷ついた経験があるからか、永遠に一緒にいるという約束など出来ないことをわかっている。

 分かっているからこそ、つらいのだ。

 お互い会えている間は、お互いの存在を確かめるかのように触れあって居たいのだ。



 そして2人一緒の時間はあっという間に過ぎ、月曜日の朝がやっきた。


「カイト、起きてくださーい、今日は報告会ですよー!一緒に出勤するんでしょ?起きてくださーい」


 雄一郎のキス攻撃で目が覚める。

 寝ぼけたまま起きて着替えご飯を食べる。


「今日、会が終わったらすぐ帰る?お昼くらいは一緒に食べれる?」


「んーー、どうかな?いや、帰るよ。明日からの準備もまだ完璧じゃないし」


「明日から沖縄だよな……」


「そう。土曜に帰ってくるまで連絡は取れないから」


「俺はいつもの北海道に行ってくるな。水曜日に前ノリして木曜金曜と2日間仕事して帰りは土曜の午前かな?午後かな?に帰るよ。

 俺はいつでも連絡取れるからね、いつでも待ってるから。

 沖縄と北海道か……ほんと端と端に行くんだな俺たち」


「元気そうだったら日曜、少しでも会いにくるよ」


「本当か?ていうか、少しでもってことは来週の会議は?」


「あ、病院には前もって伝えてるけど、来週は母さんが出席してくれるように頼んでるんだ。

 俺は有給休暇でのんびりしようかと。」


「は?じゃここでゆっくりすればいいじゃんか」


「あのさぁ、ここにいてゆっくりなんて出来るわけないだろ?俺の腰がいまどれだけバキバキだと思ってんの?」


「それは……海斗がかわいいから仕方ない。

 ま、日曜ほんと無理しなくて良いから。でも、待ってる」


 この日の会議が終わると俺はすぐに自宅へ戻り、沖縄へと向かった。

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