第37話 白い封筒

 母との話を終え、俺は今日の報告を雄一郎にメッセージする。すると珍しく、すぐ電話が鳴った。


「おい海斗、お前、話したのか?」


「うん、話したよ。マンションのことも、創新会のことも、俺たちが付き合い始めたことも……」


「お前なぁ……」


「え?なに?いけなかった?話しちゃダメだったの?

 なんで?俺たちが付き合うのを言っちゃダメだったの?隠れて付き合いたかったの?」


「違うよ、俺が言ってるのはそれじゃない。

 グループ入りの話だよ。

 なぁ海斗、こういうことは色々と根回しっていうのをやってから話すもんなんだ。

 俺がお前に話したのはその、根回しする前段階だったんだ。お前の意志が無いのに勝手に話し始めてはいけないと思って、お前の意志を聞いただけなんだよ。

 まったく……お前はまだまだ子どもだな。

 まぁいいわ。これからは俺の仕事だ。

 いいか?ここからは何も園長に話さなくて良いから、あとは俺がするから。わかったな?」


「なんだよそれ……子供扱いしやがって……。

 わかったよ、じゃ任す。」



 ここからの雄一郎は忙しかった。創新会グループ内での会議で、さくら園を傘下に入れて良いかと言う会議を鬼のように行う。

 グループ内で傘下許可が降りるまで一年がかかった。

 そこから、さくら園の園長佐和子への説得が始まったが、佐和子は頑としてグループへ入ることは拒否し続けた。


 さらに一年の年月が経っても、創新会と佐和子の話し合いは平行線のままだった。



 そうなると、段々創新会の役員達からは、もう養護施設を傘下に入れなくてもいいのではいか?という意見が出始める。そこを、雄一郎を蹴落とそうする勢力が見逃すはずなかった。

 雄一郎の顔が疲れていた。そんな様子を横で見ていても、海斗には何も出来なかった。



 夜、海斗は自分の部屋でひとり考える。


   母さんが反対してるのは

   俺たちには落合の血が流れていないから

   そんな俺たちには

   決められないと言う。

   どんな条件でも受けられないと……

   

   じゃ無理なんじゃ無いか?

   このまま頑張ったって

   雄一郎さんの立場がどんどん悪くなる一方だ

   早く諦めた方がいいんじゃないか?

   だって

   落合の意見はもう誰も聞けないんだから……



 ベッドに寝っ転がり、ぼーっとする視線の先に、鍵のついた机の引き出しが目についた。


 立ち上がり、鍵を使い引き出しをあけ、奥にしまっていた一通の手紙を取り出した。

 それは、落合父の葬儀後に金庫から発見された、一つの白い封筒だ。表面には、『海斗へ』と父の字で書かれている。あの時は開く勇気がなくて、机にしまったままにしたのだ。


「父さん……」


 意を決して手紙を開封した。



『海斗へ

 この手紙は、お前に何も話す前に私にもしものことがあったときのために書き残しておく。

 もし何も知らないでこの手紙を読んだら驚くことばかりでお前を混乱させるかもしれないが、ちゃんと読んで欲しい。

 お前には、真実を知っておいて欲しいからここに残します。


 まず最初に、伝えなければいけないことがある。

それは、海斗、お前は私の本当の子どもではないんだ。お前を産んだ母さんは、お前の知ってる落合佐和子だが、お前の本当の父親は、『椎名航平』という方なんだ。お前が生まれて母さんと椎名さんは離婚した。その後、お前は椎名さんのところで育てられていたんだが、椎名さんが事故で亡くなった。

 その後、お前は私たち夫婦の子どもになったんだ。


 今まで隠していてすまなかった。

 お前が全てを受け入れれる年齢になるまで黙っていようと思ったんだ。

 東京のおばあちゃん椎名さんな、あの方はお前の本当のおばあちゃんだ。亡くなった椎名航平さんのお母さんだ。

 もし、今も生きているなら会いに行ってくれ。

 そして、私の代わりに墓参りをしてくれ。

 お前を引き取ってから毎年、私は誰にも言わずに墓参りに行ってるんだ。椎名航平さんの墓参りをね。毎年お前の報告に行ってるんだ。

だからこれからは息子であるお前が椎名さんの墓へ参ってほしい。


 それからお前が4歳の時に助けてくれた人だが、今まで教えてあげられなくてすまなかった。

 その人は、東京の大きな病院の息子さんで、『成瀬雄一郎』さんと言います。

 彼はお前を助けてくれたあの時からずっとお前のことを気にかけてくれているんだ。毎年毎年何度もお前のことを知りたがって連絡をくれていた。私に不幸があったとわかったら、きっとお前を助けに来てくれるだろう。彼は本気でお前を助けようと思ってくれている、信頼できる人だよ。だから何かあった際には彼を頼ればいい。きっと問題を解決へと導いてくれるだろう。


 施設のことだが、お前は小さい時から園を自分が継ぐと言っていたが、それはお前に他の夢が出来たら園のことは忘れてくれていい。俺はお前をこの園に縛りつけようとは思わない。もちろん、跡を継ぎたいなら継いでくれたらいい。

 だが、養護施設というのは楽な仕事ではない。大変なことばかりだ。だから、辞めたくなったら辞めればいい。その際は、周りを頼れ。きっといい方向が見つかる。


 だから海斗、お前は自由に生きろ


 椎名のことを知って椎名の家で暮らすと言うならそれでいい。施設を継ぐきがなくなれば、継がなくていい。手放せばいい。


 お前の人生は、お前のものだ。

 好きにすればいい。

 落合の家もお前の好きにすればいい。


 ただこれだけは覚えておいて欲しい。

 私と海斗には、血のつながりはないが、私にとってお前はたった1人の愛する我が子だ。

 私はお前の父親で本当に幸せだったよ。


 そして、どうか母さんを許してやって欲しい。

 父さんと母さんが結婚した頃、お前は椎名さんの家にいた。母さんはお前に会いたくて会いたくて……でも会えなくて、本当に苦しんでたんだ。

 だから、椎名さんの不幸でお前を引き取れると分かったとき、喜んではいけないんだけど、泣くほど嬉しいと言っていた。

 だから、父と母の愛だけは忘れないで欲しい。

 そして、お前はみんなに愛されてみんなに必要とされた子だというのもわかっていて欲しい。

 

 愛する我が息子、海斗へ。

           落合の父より 』




 この人は、どこまでわかってこれを書いていたのだろうか……。

 手紙を手にして俺は、母の部屋へと向かった。


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