第32話 俺たちには告白する機会はない

「雄一郎さん!いらっしゃい、どうぞ」


 突然訪問してきた雄一郎をいつものように事務室へと案内する。が、どうやら今日は違うようだ。


「あ、今日は園長室がいいんだが、園長はいるかな?」


 嫌な予感がする……なぜ園長室なのだろうか……

 雄一郎を園長室へと案内した。


「成瀬様、今日はどうなされたんでしょうか?」


母も慌てて緊張している様子だ。


「落合さん、今日は少しだけプライベートな話で来ました。

 お時間を少しだけいただきたい。よろしいですか?

 海斗、お前にも関係することだから座って」


 俺も緊張しつつ、雄一郎の横へ座った。


「先程ですが、僕は隣に建設中のマンションを一部屋購入してきました」


!!!!!!!!!!


「購入?マンションを?え?えっ?ど……どうされたんですか?」


母が慌てて聞き直す。


「僕の勝手な自己判断で買ったんです。ここに来るたびに泊まれる場所があるなら、毎回一泊はして帰りたいなと思っていましたので。

 それに……、前から気になってたんです。

 同じ敷地内で園長と海斗は、園の子供たちと生活を共にしている。夜は従業員みんなで交代で勤務してくれているけど、2人は事あるごとに起きて対応されてますよね?

 それじゃ身体は休まらない。

 2年前、園長が倒れたのだって、睡眠時間削って対応していたからですよね?

 ずっとこのままじゃダメだと思ってました。


 そんな思いの中、昨日、海斗の友人が隣の敷地にマンションを建築中というのを話してくれたので、思い切って購入しました。

 上層階はもう埋まっていたので、3階なんですけどね?買っちゃいました。


 僕は良く来ても月に一度しか使えませんので、それ以外の日は2人に自由に使ってほしいんです。家も人が入って風を通さないとすぐダメになるっていうじゃないですか。

 だから、家に住んで管理をしてほしいんです。

 その、管理をしてくれる管理料はきちんと払いますから。その手当てが、マンションに住む家賃と思って過ごしてもらえたらと思います。

 どうでしょう?引き受けてくれませんか?

 断られても、マンションが傷むだけになってしまうのでそれはそれで困るんですけどね。」


 空いた口が塞がらないとはこのことだ。

 この人は俺からの昨日のメッセージを読んですぐにマンションの購入を決めたんだ。

 そして、翌日早速買ってしまった。

 さらに、そのマンションの管理を俺たち親子にやれと。マンションに住めと。

 めちゃくちゃ勝手に色々なことを決めている。

 

「雄一郎さん、なにその衝動買いみたいな行為をしてるんですか?

 そんな一瞬の気の迷いのようなことして……。

 一体、いくら払ったんですか?あのマンションは高いでしょ!なのにどうして……

 私たち親子のことを気にしてくれるのはありがたいですけど、そんな無駄遣いして……。

 会長になんとお詫びをしたらいいか……」


「父は何も言いませんよ。

 いつ俺が、『もうこっちに住む』と言い出すのかと思ってはいるようですから。ついにか、くらいだと思います。

 金額とか気にしないでください。

 俺は、海斗のそばに拠点がもてるなら幸せです。もっと、もっと海斗のそばに俺は居たいんです」


「なにぶん、突然の申し出で、どう返事をしたらいいのか……

 一度この件で会長とも話をさせてください。

 会長のご意見も聞いたのち、考えます。

 私たち親子がそこに住むかどうかはそれからの返事に。

 海斗だけなら私は構いませんよ。

 ずっと先生には甘えてばかりだけど、この子にとって、先生に甘えることが何よりも心の安らぎになっているようですから」


「か……かあさん!」


「へぇー、俺が海斗の心の安らぎにねぇー」


「なんだよ……いけないのかよ……」


「いや?嬉しいよ。

 じゃぁさ、久しぶりに今から2人で出かけないか?園長ダメですか?」


「え?今から?」


「どうぞどうぞ。今日は特に何も予定ないし金曜日ですし。なんなら月曜日の朝までに返してくれたらいいですよ」


「母さん!母さんまで何言ってるの?」


「本当ですか?では月曜日の朝までお借りしますといいたいですが仕事があるので、夜までではお借りします」


 雄一郎は立ち上がり俺の手を引っ張り外へと出て行く。


「ちょっと、ちょっと待ってよ雄一郎さん!どうしたんだよ、急に」


「海斗、黙ってついてきてくれ。海でも見に行こう」


「はぁ?海?なんで?」


「………………」


 雄一郎は、無言で車を走らせる。どうやら機嫌が悪い。心配ではあるが、俺は久々に2人で出かけるのが嬉しかった。 




 海の見える公園で車を停めた。


「で、今日はどうしたんだよ?急に訪問してきたと思ったら、俺を連れ出して。

 こんなこと初めてだよ?」


「………………」


 いつもは饒舌な雄一郎が黙っている。

 やはり何か怒っているのか?


「雄一郎さん?」


「海斗、お前は一体何を考えてるんだ?

 あんな高級マンションをあの若林京介から本気で受けとる気だったのか?」


「受けとるなんて言ってないじゃんか。

 友達からそんな高額なものは受けとらないよ」


「じゃなんで昨日のうちに断らなかったんだ?

 断ればよかっただろ。それともお前、まだ彼のこと好きなのか?」


「ハー?何言ってんの?意味わかんねぇ。

 いつ誰が京介のこと今でも好きなんて言った?

 何年前の話だよ、それ。

 マンションは、確かに俺ら親子にとって施設から少しでも離れたところで寝るのはいいかもしれないって思った。だから、母さんと話して、よければちゃんと俺らで金を払って購入しようかと思ったから、京介には保留にさせてもらったんだ。


 雄一郎さんこそ、なんで購入したの?やってることは京介と同じ、いやそれ以上じゃないか!

 勝手に購入したものを使えって、どういうつもり?施し?なに?なんなの?」


「俺は!俺は………………」


「『俺は』なんだよ!」


「俺はおまえを守るって約束したから。だからお前の体調管理のために買ったんだ」


「なんだよそれ!俺の親にでもなったつもりかよ!

 雄一郎さんは俺の親でも何でもないんだから、俺の体調管理なんて気にしなくていいんだよ」



  俺たちは長くなりすぎたのかもしれない。

  最初の出会いからもう22年が経った

  俺たちはもう見ている方向が違うのかもしれない

  雄一郎さんは俺のこと

  恋愛対象ではなく家族としか

  見てないのかもしれない。


  だから必要以上に触れてくれないのだ


  もしそうなら

  俺から今告白したとしても

  受け入れてなんてもらえないかもしれない


  もう俺たちには

  告白する機会はないのかもしれない



俺の目から涙が出てきた。

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