第29話 この家にいてはいけない子
椎名の墓に近づく2人の人影が見えた。
70代に見える夫妻は涙を流しながら海斗へ近づく。
「あぁ……あなたが海斗くんね。
こんなに大きくなって……おばあちゃんは嬉しい……
生きてる間にまた海斗くんに会えて本当に嬉しい……」
2人はゆっくりと海斗に近づき抱きしめてきた。
「かいちゃん、こちらが玲子さんのご両親、森谷さんよ」
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
と玲子の母が何度も謝ってくる。
「なんで謝るの?謝らないといけないのは僕の方なのに……」
「海斗くんが我々に謝る事など何一つないよ。」
「そんなことないよ。
すみません、玲子さんは父と結婚したばかりに母親をやらされて、そして、そして、最期は僕を庇ったばかりに玲子さんは死んだんです!
僕のせいなんです!すみません、すみません!」
「おやおや何を言い出すかと思えば……。
海斗くん、もしかして君はあの時の記憶があるのかな?それで懺悔の気持ちに苛まれてる?
それは違うよ!決して!
確かに娘は最期、海斗くんの横で倒れてた。けどね、それは娘が決断した事だ。娘が自分でキミを庇うことを決めたからそこにいたんだ。4歳のキミがそれをねだってしてもらったわけないだろう?
娘が決断したことなんだよ。
だから海斗くん、キミは何も悪くない!
むしろ、謝らないといけないのは我々の方なんだよ
もう、あれから15年も経ったんだな……
海斗くん、キミは覚えてないだろうけど、事故のあと退院したキミを我が家で預かってたんだよ」
「え……」
「そこはおばあちゃんから少しだけ話させて」
祖母の椎名寿子が割って入ってきた。
「あの事故の、ほんの数週間前にあなたのおじいちゃん、私の夫ね、末期の癌が見つかって入院した時だったの。
おじいちゃんのこともしなくてはいけなくて、そこに航平たちの葬式やら保険会社との交渉やらでおばあちゃんいっぱいいっぱいで……。
とてもじゃないけど4歳のかいちゃんのことまで心も体もついていけなかった……。
だから、一時的に森谷さん、玲子さんのご両親にかいちゃんを預かってもらったの。もとの家からも車で10分ほどだからね。どこにいくにも景色が同じ方がかいちゃんの心も落ち着くと思って。
もちろんかいちゃんのその後のことも考えてたのよ。
航平から生前、何度も佐和子さんから『海斗に会わせてほしい、なんならいつでも養育させてほしい』と連絡があったと聞いていたから、仕事をしながら病院通いしていて時間があまりない年取った私よりも、ずっと一緒に居れる佐和子さんのところの方がいいかもしれないと思って、森谷さんに預けると並行して弁護士先生に頼んで佐和子さんたちのことを調べて連絡してもらっていたの。
だから森谷さんのところは本当に一時的に預かってもらうつもりで頼んでいたの」
「椎名さんから話を聞いた時に、それまでも何度も海斗くんを我が家で預かったりしたことはあったから、提案を迷わず許諾したんだ。
けどそれは、安易に受けてはいけなかったんだ。
あの日は息子夫妻、玲子の弟夫妻が我が家に来ててね、海斗くんが隣の部屋で昼寝をしている間に、今後について話しをしてたんだ。
息子夫妻は、海斗くんをこのままうちで育てるつもりじゃないのか?そんなことはダメだと言ってきた。本当の母親や椎名の家があるのになぜうちで預かってるのかってね。我が家と海斗くんの家が近いから不安がないだろう?と言っても、血の繋がりがないという理由だけで反対してたんだ。
いや、それは違うな。
海斗くんを預かってる間、私らは海斗くんのおかげで玲子を失った気持ちを癒してもらってたんだ。私らの中で海斗くんをこのまま育てていってもいいじゃないかという思いを息子夫妻は感じてたんだと思う。だからそんな話をしてきたんだ。
そして、その会話を昼寝から覚めた海斗くんは聞いたんだと思う。気づいたら廊下におもちゃが落ちてて、海斗くんはどこにも居なくなってた……。
私らは慌てて探した。みんか必死で探したんだ。あちこちね。
けど見つからなかった……
どんなに探しても見つからなかった……
椎名さんへ連絡して、警察に捜索願いを出したんだ」
森谷父の話を聞きながら、脳裏に一つの光景が浮かんで見えた。
それは昼寝から覚めた当時の俺が、夕方、部屋の明かりのついた扉近くに行った時、みんなが大きな声で議論しているのが聞こえたんだ。
『海斗くんを育てるなんてダメだよ、無理だよ、そんなこと出来るわけない!
父さんも母さんもどうかしてるよ!
海斗くんは他人の子だよ!
うちとは関係ないじゃないか!』
『けどあの子は親を失ったばかりだし、ここから離れるなんて可哀想じゃないか』
『それは椎名家で考えてもらえよ!
うちとは関係ないだろ!
母さんも父さんもどうかしてるよ。わかってるのか?子ども1人育てるのがどれだけ大変か。
ましてや他人の子だよ、そんなの出来っこない。
早くあの子は返すべきだよ』
あの時の会話を俺は聞いてたんだ。
言葉の意味はわかってなかったけど、感じてた、俺はこの家にいてはいけない子なんだって。
家を探そう、おとうさんおかあさんを探そう
そう!俺はあの時そう思って、森谷の家を出たんだ。
そして、住んでいた家を目指した。
でも歩いても歩いても辿り着かない、昔の家にどうやったら辿り着くのか全くわからないまま俺は探したんだ。
時には犬に吠えられ、時には車が近くを走ったり……本当に怖かった。
おうちに帰りたいよう……
どこにもない家を探して歩いてた。
そしてわかったんだ。
自分にはもう、本当に家もお父さんもお母さんもいないんだって。どこにも居場所がないんだって歩きながらわかったんだ……。
そんな時に雄一郎に出会ったんだ。
自分の幼き頃の知りたかった話を聞けて俺は満足した。親の想い、祖父母の想い、そして当時の自分の想い……やっと、やっとわかった。うれしかった。
そして俺は、これからは何度も墓参りに来ることを約束して、雄一郎と一緒にマンションへと帰ったのだった。
「よかった……。
おれのこと、育てたくなくてさくら園に行かされたのかと思ってた。
ちがった。よかった……」
雄一郎は優しく頭をなでてくれた。
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