第28話 もうひとつの家族

 雄一郎は毎朝早くに起きて朝ご飯を用意してくれ、食べると俺は学校へと向かう。

 学校が終わるとマンションに真っ直ぐ帰り、洗濯物や夕飯の準備を今度は俺がする。

 夜、雄一郎が帰宅すると2人でごはんを食べる。

 その後は、各々の時間を過ごす。俺は勉強して、雄一郎はパソコンを開き何やらしている。そして夜別々の部屋で眠りにつく。


 雄一郎はこの同居を初めてから一度もキスなどのスキンシップをしてこなかった。


 それはそれで助かっていた。

 今はそういう気分にはなれない。自分の時間ができると幼い頃の記憶を思い出そうと俺は頑張る。親のこと、特に亡くなった本当の父親椎名のことを思い出そうと頑張っていた。



   思い出したい

   どんな人だったのか

   どんな風に俺を育ててくれたのか


   少しだけ思い出せたあの事故の記憶

   俺のことを誰かが守ってくれた

   あの一瞬を

   思い出したい


   きっとそれは

   椎名の両親だから


   最後に助けてくれたのは

   義理の母


   顔すら思い出せない

   俺の

   もうひとりの

   母親……


   しりたい

   どんな人だったのか

   思い出したい

   どんな風に愛されていたのか

   


 雄一郎とのおだやかで優しい生活を送りながら想いを馳せる。



「海斗、どうした?」


「思い出せない。4歳まで育ててくれた両親のこと」


「椎名さんのことか。4歳までの記憶なんて普通そういうもんだろ」


「けど俺は思い出したいんだ!

 どんな人だったのか。

 俺、わかるんだ

 大事に育てられてた。わかるんだ」


「来月にはテストおわるんだよな?そうしたら盆も近いし、墓参りしてみるか?」


「え?」


「椎名のおばあちゃんから話を聞いてみるのもいいんじゃないか?」


「おばあちゃんから……

 うんそうだね、行ってみるよ」


「じゃ休みをとるか!」


「え?雄一郎さんも行くの?」


「当たり前だ。お前が行くところはどこまでもついていく」


「マジかぁ」


 言葉では嫌がりながらも楽しみで仕方ない。ほんの少し、祖母に会うのが今までとは違って勇気がいる。

だから雄一郎が付いてきてくれるというのが心底心強かった。



   早く来い!休みよ来い!




 8月に入り大学のテストも終わった。

 そして訪れた雄一郎の休みの日。俺たちは車に乗り早速出発した。行き先は当然、椎名の家だ。

 椎名の家までは、マンションから車で1時間半ほどかかった。今まで海斗は何度も訪れているが、今回ほど訪問に緊張することはなかった。窓の外をじっと見つめていた。



 そして、そんなドキドキ感を持っているのは海斗だけではなかった。

 椎名の家の前では祖母の寿子が海斗の到着を今か今かと待っていた。  


「おばあちゃん!」


「かいちゃん!よく来てくれたね、おばあちゃん本当に嬉しいよ。涙出そうだわ。

 そして、先生、いつも本当にありがとうございます。

 さあ、まずは上がって話をしましょうか」




 いつもくつろぐ居間の机の上に、写真立てがたくさん置いてある。


「これは……」


「かいちゃんが今日、当時の話を聞きに来ると聞いてたから準備したの。

 いつかかいちゃんに見て欲しいと思ってた写真の数々よ。

 さあ、よーく見てあげて。

 これが私の息子の航平と、最期まで一緒にいてくれた、玲子さん。

 そしてその2人の間に写っているのが、当時のかいちゃんよ。」


 家でボール遊びをしている写真に、潮干狩り、遊園地にキャンプ、どこかに旅行している写真もある。

 写っているのはどの写真を見てもみんな笑顔だった。

 どの写真を見ても一切記憶が蘇る気配もない。が、義母の玲子を見て、なんとなく心の奥が温かくなるのを感じた。



「みんな笑顔だ……」



「そりゃそうよ。2人は本当にあなたのことを愛して愛して愛して育ててたんだから。

 いつも家の中は笑い声が絶えなかったわ。そしてどの時もかいちゃん、あなたがその輪の中心にいたのよ。本当に、本当に幸せ一家そのものだったわ。」


 祖母はいろいろな思い出話を聞かせてくれた。

 どの話も、椎名の両親の愛が溢れた話ばかりだった。


「かいちゃん、じゃそろそろお墓参りしようか」


 椎名の家から徒歩8分ほどである霊園には、椎名の家墓がある。祖母の家を訪ねるといつも墓参りを誘われて通っていた。いつもは参るだけで墓石の名前などみてなかったが、今日はマジマジと見る。

 もちろんそこには、父母の名前が祖父の前に書かれていた。


「おばあちゃんが墓参りに誘ってくれてるのは、ずっとおじいちゃんに僕を会わせたくてきてるんだと思ってた。

 そうじゃなかったんだね。

 お父さんとお義母さんに会わせにきてたんだね」



「騙してたようで、悪かったね」


「いやいや、おばあちゃんが謝ることないよ。

 おばあちゃんは恨んでないの?お母さん、落合のこと」


「最初はね、離婚したって聞いた時はなんで?って怒ったこともあったよ。

 けどそのあと、玲子さんが嫁に来てくれて、かいちゃんの理想のようなお母さんをしてくれてて、それに息子も心底喜んでて。それ見てたらさ


 『あー、これでよかったんだ』


 って思えたの。佐和子さんが我慢して家に残っててくれてたらきっとこんな笑顔が溢れる家庭にはなってなかったと思うのよ。

 過程はどうであれ、結果良ければすべてよしって言うじゃない、だからおばあちゃんはもう怒ってなんかないのよ」


「お義母さん、玲子さんのご両親は?どんな気持ちだったのかな?」


「玲子さんのご両親?」


「あぁ、俺、微かだけど覚えてるんだ。

 交通事故に遭ったあの日、最期に俺を庇ってくれたんだ玲子さんが。俺のことを守ってくれたんだ。


 父さんと結婚して、突然親になって、他人の俺を育てて、最期は俺を助けてしまい自身の命を落とした大事な娘さん。

 義母さんのご両親はどう思っているんだろか……」


「それは直接聞いてみたら?」


「え……?」


椎名の墓に近づく2人の人影が見えた。

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