第25話 あの日の真実
翌年、佐和子は元気な男の子を出産した。
その子は、海斗と名づけられた。愛くるしく、父母の手をギュッと握るその手から2人は幸せな気持ちをもらえた。
「かわいいな、ありがとう佐和子」
「あなた……」
生まれてすぐにDNA鑑定にまわした。
結果、夫の子どもだった。
これで夫婦仲良く子育てができる!佐和子はそう信じ、はりきって夕飯の準備をする。
しかし、それだからと言って優しい夫はもう元へは戻れなくなっていた。
毎日仕事が終わるとまっすぐに帰宅して子どもの面倒を率先してやってくれる。お風呂に入れたりミルクをあげたり。本当に良くしてくれる。
だが子どもを寝かしつけると、自分の役目は終えたかのように毎晩出かけていく。帰宅は明け方だ。それは妻との2人きりの時間を避けているようで、もう心の距離はもはや修復不可能にまでなってしまっていた。
そんな日々をおくり、海斗が一才の誕生日の日、離婚届を持って夫の弁護士という人がやってきた。
この一年、妻を許せない夫はつらく悲しい気持ちを聞いて支えてくれていた女性と再婚したいというのだ。
海斗も引き取り親子3人で暮らすという。
「離婚を了承していただけますよね?夫婦が壊れたのはあなたが原因なのですから。
海斗君の新しいお母さんになる方はとても優しく、仕事はなんと保母さんの資格も持ったいる方なので安心して預けられますよ。しっかりと海斗君の面倒を見てくださいます。
ご理解いただけますね?
それでは離婚届にサインをお願いします」
離婚は仕方ないにしても、子どもを手放すことは容易に了承出来るわけなく、何度も断った。
だが結婚後、仕事もせず収入もなく、夫からの生活費もとまり、養育費も貰えないのであれば、たった1人で子どもを育てるなんて出来なかった。
海斗のミルクすら買えない現実に、わたしは負けた……。
海斗のために離婚届にサインを書いた。
それは、海斗との別れでもあった。
わたしは、一歳の海斗と別れ出て行った……。
その後、地元へ帰り憔悴しきっていたわたしに、落合が会いに来てくれた。
「話は聞いたよ。
お子さんのこと……つらいよね……。
佐和子さんさえ良ければその……うちの施設で働かないか?
うちには母の愛情を欲する子たちがたくさんいる。
佐和子さんのその母性を、発揮してもらえないかな?
どうかな?」
私はさくら園で働き始めた。
海斗へ出来ない、やってあげられないことをたくさんの子達にすることで少しずつ癒されていた。そんな私の行動を見守り優しく接してくれる落合に感謝と同時にまた蓋をしていた感情も再燃し、2年後、私たちは夫婦となり一緒にさくら園を運営していった。
新たな生活はやはり、椎名とのときには得られない感情を多くもらえて幸せだった。本当に好きな人との時間はどんなことでも楽しかった。
自分の生活が落ち着き、落合も許諾してくれたので私は弁護士を雇い海斗を引き取るために動き始めた。何度も元夫に連絡してもらい、交渉してもらう。だがそれはなかなか聞き入れてはもらえなかった。いまだに海斗に会うことすらも許してもらえなかった。
その後1年近くが過ぎ、ある日一本の電話が鳴る。
「落合佐和子さんですか?椎名海斗君のお母さんですよね?お久しぶりです」
電話の相手は離婚時に元夫の椎名が雇った弁護士からだった。
「佐和子さん、実は椎名さんご夫妻が先月事故に遭いまして、お亡くなりになりました。
海斗君はかすり傷ですんでおり元気になられています。ですが海斗君はひとりぼっちになってしまいました。椎名さんのご両親、海斗くんからすると祖父母になられますが、その2人から、自分達は高齢だからもし佐和子さんさえよければ、海斗くんを引き取り育ててもらえないか?とのお話なんですが、どうされますか?」
「すぐに迎えに行きます!どこに行けばいいですか?」
「わかりました、それではその方向で手続きをしていきたいと思います。とりあえずうちの事務所に一度お越しください。
まずはそこから始めましょう」
わたしは落合に伝え、すぐさま弁護士事務所へと2人で向かった。
事務所に海斗はいなかった。私たちは手続きと並行にすぐさま海斗を連れて帰りたいと申し出た。
翌日、海斗がいるという椎名の親戚の家に行くも海斗はいなかった。夕方までいたのに姿がなくなったというのだ。
慌てて近くを探すも見あたらない。
警察に捜索をお願いしに行った。
その後、落合も合流してみんなで海斗を探しまわっていた。
夜、元夫と海斗が住んでいた家の近くの交番に、海斗が連れて来られたという連絡が入った。
私たちはその交番へと急いだ。
交番に行くと、大きく成長した海斗がいた。
「海斗、そう、それがあの交番なの。
今日あなたが見たあの交番。あの交番でお母さんはあなたと再会したのよ」
母の話は俺にとって全てが衝撃でしかなかった……。
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