第23話 佐和子の恋

「今からずいぶん昔のことなんだけど、学生時代のお母さんはずっと1人の人を好きだった。

 その人は見た目からして惹かれる人ではなかったけど、誰に対しても、何に対しても優しい人だった。

 学校のウサギ小屋の清掃なんかもかってでてやる人でね、放課後や休み時間に友達と遊んだりしてなくて、それよりも、動物の世話をしている変な人だったわ。

 けど、そんな大人しくて変わってる人にお母さんは惹かれたの。

 高校生になってもお母さんの気持ちは変わらなかったけど、告白する勇気なんて全然なくて、そのまま卒業して、大学でお母さんは東京に。その人は地元の大学へと進学して別々になった。


 その後、今から22年前にお母さんは東京で結婚した。

 相手は会社の同僚でね、とても優しく素敵な人だった。だからこの人となら幸せになれるかなと思って結婚したの。この人とだったらあたたかくて素敵な家庭が築けると思ったから。


 結婚して一年が過ぎたときに、中学の同窓会の案内が届いた。

 母さんは参加することにしたの……」

 





「それじゃ行ってきます。明日には帰ってくるから」


「そんなに慌てて帰ってこなくていいよ。久々の地元なんだからゆっくりしておいで」



 新妻佐和子は、夫航平との家を出て同窓会出席のために地元へと向かう。


 気分はとても良かった。

 懐かしい友人に会える。みんながどんな風に変わっているのか、それがとても楽しみだった。



「久しぶり!みんな元気してた?変わらないね」

「久しぶり!ねーねー、あの人見た?すごい綺麗なってる!」

「え?どこどこ?」


 中学を卒業して10年、そうなると話は尽きない。

 昔仲が良かった者、昔は話したことがあんまりない者、名前すら思い出せない者……どの人と話しても新鮮だった。


 ふと会場の奥に目をやった、3人の男性が楽しそうに話してる。 


 そこにその人はいた。


 小学校から高校まで同じ学校で過ごした彼……

 落合和弘さん。

 クラスでは人気のない彼、けど誰よりも優しい彼、ずっと好きだった彼……。



 7年経っても変わらない、いや以前よりカッコよくなった彼を見ていると当時の想いが一気に甦ってくる。


「佐和子、落合くんとこいって話してきたら?」

「え……」

「そうだよ!せっかくだし話してきなよ!」


 友人が後押しする。

 戸惑いながらも、心の中に彼と話をしたくて仕方ない自分がいるのがわかっている。

 目を瞑り、意を決して足を踏み出す。当時は全然無かった勇気を振り絞る。


「お……お……落合君!久しぶり」


「南野さん?だよね!久しぶり」


「わたしのこと覚えててくれてた?」


「もちろん!

 だって今日来たのは、南野さんが来るって聞いてたからで……僕、会いたかったんです、南野佐和子さんに。

 7年ぶりだね、でもちっとも変わらないね」


「私に会いたかった?」


「うん。南野さんと久々に会ってじっくりと色々話したいなーって思ってたんだ。

 ほら、俺らって小学校から高校まで一緒だったじゃん?なのに中々話す機会がなかったことない?だから、せっかく学校ずっと一緒なんだから、色々話したいなーって思ってたんだよ。

 それが心残りでね、だから今日は、南野さんとあったら色々と昔話を語り合いたいって思ってたんだよね。どう?南野さんさえよければ今度いつか時間ある時に話さない?今日はこんなに参加者がいるから南野さん独占したら怒られそうだ」


「私と……話したい?」


「あぁ。ダメかな?」


「これから!抜け出してどこかで話さない?2人で!」


「え?いいの?俺は地元だからいつでもみんなに会えるけど、南野さん久々なんじゃ?」


「私も!今日来たのは落合くんに会いたくてなの!だから落合くんと話したい!同窓会なんてもう十分会いたい人には会えたからもう十分だから。

 だから今からどう?」


「南野さんがそれでいいならいいよ。じゃ2人で抜けようか」



 こうして落合和弘と南野佐和子は同窓会を抜け出し2人でバーへと行った。バーではカウンターではなく、角にあるひっそりとしたボックス席に2人横に座り、お酒を呑みながら多くのことを語り合った。小学校の思い出から何から。今まで話せなかったこと全てを話すかのように何時間も何時間も語り合った。


 酔いが進むにつれてついに恋バナへとなる。


「佐和子さんは、僕の初恋の人なんだ。

 だからなんていうか、会いたかったんだ。

 いやー、やっぱ南野さん、佐和子さんはやぱ可愛い」


「初恋?!落合くんわたしのこと好きだったの?」


「うん。中学一年の時から。

 南野さんさ、覚えてないだろうけどね、体育祭でリレーを走った俺にお疲れ様って言ってタオルを渡してくれたんだ。それが俺には天使に見えた。なんつーか神々しくて綺麗で可愛くて、本当に天使に見えたんだ。

 でも南野さんは隣のクラスの神田だっけ?そいつのこと好きだって聞いてたから、恋の邪魔はしたくなくて。ほら、好きな人には幸せになって欲しいってやつ?だから当時は俺の気持ちなんて誰にもなーんにも言わなかったけどね」


「なんで神田くん?どこからそんな変な噂が!

 嘘でしょー?そんなー。

 わたしが好きなのは……好きなのは……当時も今も、落合君だけです……」


「え……」


 咄嗟に手を後ろにして指輪を外した。


「えっと……

 南野さん……佐和子さん……

 今のって本当?」


「うん……好きなの……落合くん……」


 落合は、佐和子に顔を近づけ、ゆっくりとキスをする。佐和子は嫌がるどころか、恥ずかしそうにうつむき嬉しそうに和弘をみる。


 この日、旧姓南野佐和子は、落合和弘と初めて結ばれた。

 10数年分の思いをもって結ばれた。しかしそれは、落合に既婚者であることも、これきりだということも伝えずにだった。


 生まれて初めての浮気だった。

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