第20話 7歳の覚悟


「海斗くんから見て雄一郎さんってどんな人?

 海斗くんの前ではどんな人なのかな?」


「え?……どういう意味ですか?」


伸次郎からの質問で固まってしまう。


「深く考えなくていいよ、言葉を選ぶ必要もない。

 僕たち夫婦の前とはやっぱり態度からしても違うようだから、どんな風にうつってるかなって思って聞いてみたんだ。正直に、正直に教えて欲しいんだ」


  どう言う意味だろう?

  俺の抱いている感情のことが知りたいのか?

  いやまさか……それは知られてないはず……


  ならば思ってることを言えばいいのか? 

  いつもどんな態度なのかを言えばいいんだよな?

  俺の思う通りでいいんだよな?



「僕の前での雄一郎さんは、変な人ですよ。

 冗談言ったり、馬鹿なことしたり、人をからかったり。でも時々真面目なこと言ったり、大人ぶったり、俺を守るとか?そんなこと言ったり……

 僕からしたらとてもじゃないけど信用できる人には見えなくて……、けど、でも、でも誰よりも僕は信用してます。

 そんな人です」


言いながらだんだん恥ずかしくなった。


「そうですか、それはよかった。

 雄一郎さんはあなたの前では甘えられてるんですね。本音が言えてるんでしょうね。まだまだ子供の一面も出せてるんですね……。

 ホント、本当に雄一郎さんにも甘えれる相手が出来て良かった……」


 伸次郎は泣き始めた。

 ボロボロと大粒の涙を流して泣き始めた。

 俺は狼狽え会長の机の上にティッシュ箱を発見し2枚ほど取り、伸次郎へ渡す。


「ありがとう、ありがとう。すまないね、嬉しくてついね、涙が出てきたよ」


「いえ……あの……」


「聞いているかわからないんだが、雄一郎さんと僕たちは本当の親子ではないんだ」


「え…………」


 伸次郎は涙を拭い、ゆっくりと話し始めた。



「雄一郎さんはね、私の4歳上の兄、純一郎の子供なんだ。

 兄は私とは違ってとてもハンサムでね、頭もとても良くて何をするにもすぐに出来てしまう、センスの塊のような人だったよ。


 そんな兄は雄一郎さんが2歳の時に離婚をして、それ以来ずっと雄一郎とふたり実家に戻ってきて一緒に暮らしていたんだ。

 その頃の雄一郎さんはとても元気よく活発なイメージだったな。愛嬌もよくみんなをいつも笑顔にしてくれていたよ。

 私の父母もまだその頃は元気だったから、彼の面倒をよくみていたな。

 それはそれは本当にみんなで可愛がってたんだよ。


 そんなみんなを笑顔にしてくれる雄一郎さんは、今からもう21年も前になるんだが、あの日より僕たちの前で、子どもらしく笑ってくれなくなったんだ。

 そう、あの日から……


 21年前、その頃の私は医者としても人としてもまだまだ未熟でね、30歳になってやっとインターンとして働いてる時だった。


 宿直をおえて帰ろうとしていた時、アメリカから一本の電話がなったんだ。

 それは……


『成瀬純一郎さん、ヘリの墜落にて死亡……』


というものだった。」


そう伸次郎が言った瞬間、俺の脳裏に不思議な光景が見えた。




“かいと、かいと”

“かいちゃーん、こっちよー”


若そうな夫婦?が幼い自分に手を差し出してきている



  だれだ?

  俺はこんな人たちを知らない……


“キキーーー!ガッシャーーン!”


 車が何かがぶつかった音がした。



 そこで俺は我にかえり、再び伸次郎の話に耳を傾ける。


「当時、患者にとってもより良い新たな病院を作ろうと考えていた兄は、アメリカに視察に行って病院を見て回っていたんだ。そこで移動に利用していたヘリが乱気流に巻き込まれてね、墜落してしまったんだ。


 兄が34歳、雄一郎くんはまだ7歳の時だった。


 僕は慌てて実家に帰った。

 既に実家にも連絡はいってて、家の中は真っ暗だったよ。朝の光が眩しかった時間なのに、家の照明だってついてたはずなのに僕には真っ暗な家の中に見えた。


『雄一郎くん!雄一郎くん!』

 僕ら夫妻は雄一郎くんを抱きしめた。

 そしたら雄一郎くん、僕を抱きしめ返していうんだ


『おじさん、大丈夫ですよ。僕は大丈夫です。

 この家は僕が守らないといけなくなったから、僕はしっかりした男になります。

 だから大丈夫ですよ。

 僕がこの家を家族を守りますから』


 若干まだ7歳なのに……

 この子は父親を失ったばかりなのに……

 なんて気丈なんだ


 僕らが雄一郎くんを守らないと、助けないといけないのに若干7歳の男の子は、僕らを助けようと支えようと考えてくれてたんだ。


 あとから聞いたんだが、それは兄との約束だったそうだよ。

 兄は遠出をするたびに雄一郎くんに言ってたそうだ。


『お父さんはこれから出かけてくる。

 中々帰ってこれないかもしれない、そんな時はお前がこの家を助けてくれ。守ってくれ、支えてくれ。

 お前なら出来る!

 お前ならこの家を、家族を守れる。

 お前は立派な男の子になれるから大丈夫だ。

 そのときは頼んだぞ!雄一郎!』

 

 雄一郎くんは涙一つ流さず葬式も何もかも気丈にふるまっていたよ。

 ひょっとして、父親の死ということの意味がわかってないのかもしれないとも思ったけど、そんなことは無かった。

 しっかりと理解してしっかりと自分の役割を勤め上げたんだ。


 その後、私たちの父母の意見もあって、雄一郎くんを私たちの養子として迎えることにしたんだ。

 彼はね、一緒に暮らしていてもわがままや甘えなど言ってきたことは一度もないんだ。私たち夫婦を困らせたことが一度もないんだよ。

 常に勉強に励み、手伝いも自らして、何一つ、何一つ彼に注意したことは無かった。

 それを当時の私たちはありがたいと思っていた。


 その後私たち夫婦の間にも子どもが出来たこともあって雄一郎さんは、アメリカへ留学したいと言ってきたんだ。

 言われた当初、私たちは反対したんだ。


 兄の命を奪ったアメリカの地に行かせるなんて……と。

 でも『父が命を落とした場所だから行きたい』と言われたらもう何も言えなくなった。


 私たちは雄一郎くんをアメリカに行かせることにしたんだ。

 こうも考えた。兄が生きていてもきっと留学させたんだろうなってね。


 その後、日本へ帰宅した雄一郎さんは行く前よりも更にしっかりした人物になって帰ってきた。


 雄一郎さんがアメリカに行っているあいだに私たち夫妻の子供は、すくすくと育っていった。わがまま言ったり、親の言うことを全く聞かなかったり……そりゃもう大変だった。

 子どもらしい、そんな行動をとる我が子を見ていると、どれだけ、どれだけ雄一郎さんがうちで我慢をしていたのだろうかと考えれば考えるほど、涙が止まらなくなってしまったよ。



 私たちに子どもが出来なければ、雄一郎さんはもしかしたら甘えれたんだろうかと、何度も何度も何度も考えた。ずっとずっと申し訳なく思っていたんだ。


 だから、雄一郎さんがいま、海斗くんの前で甘えたりわがままが言えたり出来てるのが本当に本当に嬉しいんだ。


 ありがとう、海斗くん。ありがとう。」



 伸次郎から、何度も何度も感謝され、手を握られた。その手の力は力強く温かい手だった。


 伸次郎の話は終わった。伸次郎から聞かされた雄一郎の話はどれも驚きだった。その後、客人が来たとかで、俺は会長室を後にした。


「あとは大丈夫です。もうすぐ雄一郎さんも終わると聞いたのでその辺を散歩してみます」


 子ども時代の雄一郎のことを考えながら、俺は病院の周りを歩いてみることにした。



   あんなに子どもっぽい人が

   7歳の時どんな精神状態だったんだろうか

   何を考え、何を思っていたのだろうか

   ほんの少し、

   優しくしてあげようかな

   俺で雄一郎さんが甘えられると言うなら

   いっぱい、いっぱい甘やかしてあげたいな 

   俺は

   雄一郎さんの家族じゃないけど

   

   けど

   俺でいいと言うなら

   俺は

   雄一郎さんの心の支える人になりたい




 雄一郎のことを思い

 雄一郎のことを考えながらトボトボ歩く。



   しかし

   あの時のあの光景はなんだったんだろう

   あの2人は誰だったんだろう?

   交通事故?

   わからない

   思い出せない

   あれは一体……


 どれくらい歩いたのか、気づくと病院からかなり離れたところを歩いていた。

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